1008.水晶 R-G式双晶 Quartz Reichenstein-Grieserntal law Twin (日本産)

 

 

ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式双晶

水晶 ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式(R-G式)双晶
 −長野県南佐久郡川上村 小川山産 (以下の画像も)
この単晶ペアは正対位置にある外側の錐面同士が平行で、
グリーゼルンタール・タイプ(G式)と思しい

ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式双晶

日本式と異なり、柱面が向かいあった形の双晶
(赤標識の貼ってある面)
この2面は互いが層成長のステップとして働き、
他の柱面より成長が早まる傾向があるため、
他の柱面と比べて幅が細りやすいと言われる。
凹入角からグリーゼルンタール・タイプ(G式)と思しいが、
左側の単晶の対向柱面は先端側が大傾斜面になっている。

ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式双晶

グリーゼルンタール・タイプ(G式)の双晶
(赤標識のペア:どうやって判断したのだろう?)
ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式双晶
グリーゼルンタール・タイプ(G式)の双晶らしい
標識されたペアのほかに複数の単晶が交差しており、
よほど慣れていないと双晶と分からないだろう。
(複数照明をあてた画像です)

 

日本の甘茶向けの鉱物書が取り上げる水晶の双晶はたいてい日本式のみである。少しマニアックな本になるとドフィーネ式ブラジル式とが加わる。他の形式については殆ど顧みられない。
例えば、水晶から語りが始まる益富博士の「鉱物」(1974)や、水晶に特化した堀博士の「水晶の本」(2010)で紹介されているのはこの3種だ。後書は他の形式について、「より希少なものはまだたくさんあるが、それは水晶コレクターにまかせておけばいいだろう」、「個体数が少なく、標本的な魅力に欠けるため、あまり話題にならない」と流しているが、口絵には特殊な双晶標本を載せる(但し形式未確定)。ちなみに「楽しい鉱物学」(1990)に水晶の双晶の話題はないが、「楽しい鉱物図鑑」(1992)では軍配形日本式の画像が載り、ドフィーネ式の名も見られる。

一方、シリアスな国産水晶コレクターの間では、 20世紀の終わり頃から「エステレル式」と称して「ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式」を取り沙汰する風潮が生じた。鉱物同志会の記念写真集(2017)には乙女鉱山産の「ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式」(以下、R-G式と呼ぶ)の画像がある。
砂川博士の「水晶・瑪瑙・オパール」(2009)は、六方晶系の高温型石英では菱面体面で2つの個体が接合すると「エステレル双晶」となるが、三方晶系の低温型石英では構造が完全にマッチしないため、見かけの接合面に沿って転位が導入され、日本式双晶になると述べる。この説に従えば、低温水晶の R-G式双晶は、日本式の形状に遷移しなかった例外的な(希少な)存在ということになろう。多数の日本式に交じって少数発見される産状にそぐう。補記1

水晶の双晶形式について その2、及びその3で書いたように、R-G式双晶は古く 1851年にG.ローゼがシレジアのライヘンシュタイン産について報告したのが最初の例である。ローゼが描いた結晶図はその2に示した通り風変りな4連双晶であったが、水晶の主要結晶面である錐面同士が鏡対称的に接合して双晶をなすものとして想定されていた。また対向する柱面の直上の錐面同士が平行する(同時に反射光を返す)性質を示した。ところで、錐面同士で接合した時、対向する柱面同士のなす凹入角(傾軸角)は 76°26'となるはずだが、上記の錐面同士が平行になるのは補角に相当する 103°34'で接合した時である。後者の場合、双晶面は天然にまず見られない面になる。このことは後の結晶学者たちの頭を悩ませた(もっとも日本式双晶のみかけの接合面(ξ面)も天然にまず見られないが)。

半世紀後の 1905年、V.ゴールドシュミットはスイスのグリーゼルンタール(谷)産という標本を地元標本商から入手した。下図のように大きな個体の錐面上に小さな別の個体が癒着した形状で、大きな個体は約 9cmの高さがあった。大きな個体の正面の錐面が反射光を返すとき、小さな個体のもっとも大きな面(錐面)も反射光を返した(平行だった)。これらの面を腐食させると三角形の食像が現れたが、鋭角の向きは逆方向だった。そこで彼はこの2個体が双晶関係にあると考え、ローゼの示した双晶形式に呼応するものとみた。
ゴールドシュミットはこの標本を事例として錐面同士で接合する傾軸角 76°26'の形式をグリーゼルン・タイプと呼び、103°34'で接合する形式をライヘンシュタイン・タイプと呼んで、同じ R-G式の範疇に含めた。ただ彼にしてもローゼの標本の接合面をうまく説明することは出来なかった。

V.ゴールドシュミットが報告した
スイス、グリーゼルンタール産の双晶
両個体のサイズが異なり、
「双子」というよりは癒着の形

次いで J.ドラグマンがフランス、エステレル山地の両ピラミッド形の水晶から R-G式双晶の事例を報告した(1911年)。その後高温水晶には比較的ありふれた双晶形式であることが分かり、低温水晶の場合と区別して扱う必要を認めて、エステレル式と呼ぶようになった。 cf. その4
一方それから半世紀ほど、低温水晶については R-G式双晶の事例が報告されることはほとんどなかったのだ。

しかし 1970年代に入ると米国のコレクターらがワシントン州キング郡のデビルズ山地から、多数の日本式に交じって少数の R-G式が産することを明らかにした。その後モンタナ州のPC鉱山にも同様の傾向で R-G式が産することが分かり、かつての日本式の名産地、山梨県の乙女鉱山からも少数の R-G式が報告された。
これらはローゼやゴールドシュミットの標本とは見た目が大いに異なり、むしろ日本式に典型的なV字形に類似のもので、ただ対向する面の配置と傾軸角度が日本式とは違っていた。典型的な形状は下図の「グリーゼルンタール式」のようである。

水晶 ライヘンシュタイン−グリーゼルンタール式双晶

こうしてV字形の(双子的な)R-G式の形状が広く知られるにつれ事例も増え、米国アラスカ州産(ここも日本式を出す)や、ブラジルMG州産、ブルガリア(9月9日鉱山)産が報告されている。また y字(トの字)形の報告もあり、この場合、広い方の凹入角(R-角)が 103°34'となる(R-角のみが顕れたV字形標本もないではない)。
低温水晶の R-G式双晶はフロンデルが Dana 7th (1963)を著した頃は、むしろ存在を疑われていたが、今日では多数の事例を得て確立した形式として受け入れられるようになった。
凹入角を形成するのが正対する柱面同士であること、その角度(結晶学的には柱軸同士の角度)が 76°26'(103°34')であること、また上図に示したように特定の錐面のペアが平行であることにより確認(日本式と区別)出来る。
日本式双晶は一般的な傾向として、周囲の単晶よりも大きく成長していることが多いと言われる。一方 R-G式双晶は日本式ほどには周囲の単晶とサイズ差を生じないようだ。

画像は山梨県と長野県との県境にある小川山産の標本。ある自採派コレクターが別のコレクターに売り、大分経ってから私が買い受けた。 R-G式のペアの標識は採集者によると思われる(同様の標識のついた標本がそれなりに出回っている)。
11x9cmサイズの板状母岩に多数の単晶が生え、R-G式の標識が 4ペアに施されている。私の見立てでは他に R式が 1ペア、 G式が 1ペアあると思う。

補記1:J.ドラグマンによると、高温水晶ではエステレル式についで日本式はありふれた双晶形式であるという。この場合、エステレル式は成長が遷移温度(573度)以上のときに完了し、日本式は遷移点より温度が下がっても成長が続いたのであろうか?それとも一定の割合で、エステレル式のまま成長したり、日本式に遷移したりするのだろうか?

補記2:鉱物同志会の会誌「水晶」(2017 vol.30)に、中国湖北省大治鉱山(鉄山)産の R-G式双晶を、 2015年にネットオークションで入手された記事が載っている。

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