1007.水晶(複合形3) Quartz (USA産) |
私たち鉱物愛好家にとって、水晶はもっとも普遍的に目にすることの出来る結晶標本といえる。多数の自形結晶がさまざまな方位で交差する群晶は、ふつう私たちにはただランダムに接合(接触/干渉)しあっているように映る。その形態を双晶あるいは双晶的と思うことは少ない。なぜならそれぞれの結晶(個体)は相互に結晶構造的な関連を持たずに成長し、ある程度成長した後のどこかの段階で初めて遭遇を果たした、ように見受けるからである(その通りかどうかは別だが)。また遭遇して生じた組合せの配置が、無数に可能なバリエーションの一つに過ぎないように、つまり偶々その配置をとったように見受けるからである。
あるいは多結晶体として出現した核(の集合)から多結晶集合体として成長(複合)したかのような形状と見受けるからである。
逆にある形態が私たちに意味ありげに映るのは、接合した個体の間で面や稜線の配置に平行関係や直線関係があるとき、同じ幾何的方位を示す個体の異方接合がひとまとまりの複合体のうちに繰り返し認められるとき、接合している個体のうち少なくとも一方が他方の個体の支持だけによって位置決めされ周囲の物体(母岩やまた別の個体)からはフリーな状態にあるようなときである。ここに一方の個体は結晶方位が他方のそれに対して規則的な(その一部は双晶関係的な)配向を持っているように見え、両者の接触箇所を起点に成長したか付着したかに見える。※補記1
形態的な双晶は 19世紀の初め頃から欧州の科学者間で意識され、アルプス地方産やコーンワル産などの(低温型及び高温型)水晶標本の研究から、さまざまな事例・形式が報告された。また結晶学的な考察から、(双晶操作によって出現し、双晶格子によって裏付けられる)可能と思しい形態が予測されてきた。その出現頻度(実現可能性)が、格子モデルの数学的(対称)次数やエネルギー状態を規定する理論に結び付けて議論されてきた。ただ如何せん一部を除くと、多くの双晶形式は今のところ報告例が乏しい。
ドフィーネ式双晶を除けば、「形態的な」双晶が形成される頻度はかなり低いかのようである。ドフィーネ式にしてもその形態は単結晶とほぼ変わらないし、比較的知名度の高い日本式の出現頻度はドフィーネ式よりはるかに低いのだ。もっとも私は気づかれていないその他の形態が結構あるのじゃないかと疑っているが。
参考にフロンデルの Dana 7th 水晶(1963)を繙くと、低温型水晶の共軸式双晶として ドーフィネ式(1816: C.S.Weiss)、ブラジル式(1846: G.Rose)、及び両者の組み合わせ(Combine)式の 3種が示されている。これらは出現頻度が高く、その事実性というか存在を疑うべくもないが、形態として現れるものは僅かな一部である。 cf. No.975 No.977
傾軸式双晶としては専ら日本式(ガルデット式)が取り上げられ(これも存在を疑うべくもない)、その後に付加的な形式(additional
law)として一括りに 14の形式が示されている。さらに 7つのかなり疑わしい形式が記される(名称は示されない)。
14の形式名称を列記すると、ツヴィッカウ(Zwickau)式、
ゴールドシュミット(Goldschmidt)式、ブライトハウプト(Breithaupt)式、フリーデルの直交(Friedel's
Rectangular)式、ライヘンシュタイン・グリーゼルンタール(Reichenstein-Grieserntal)式、セッラ(Sella)式、シンデル-A(Zyndel-A)式、チフリス(Tiflis)式、チンワルド(Zinnwald)式、レッチェンタール(Lotschental)式、シンデル-L(Zyndel-L)式、ゼードルフ-I(Seedorf-I)式、ゼードルフ-II(Seedorf-II) 式、ディゼンティス(Disentis)式である(記載順)。
フロンデルはこれら付加的形式/双晶則の有効性に概ね否定的で、ツヴィッカウ式とチンワルド式とは比較的確からしいが、ほかの多くは検証が不十分だとしている。低温型の形式と高温型の形式の間で混乱があるし(※両者では産出頻度、実現可能性に違いがある)、いくつかの形式は実例があっても一例だけだという。有効な双晶形式として認めてよいか、その配置が偶発でなく統計的に有意な高い頻度をもって出現するかどうかによって判断すべきだとする。※補記2
また多くの報告例は、日本式に一般的に見られるような等大サイズの(結晶核からの同時成長を窺わせる)双晶でなく、ほぼ独立して成長したかのように発達した結晶面を具えた小さな個体が、はるかに大きな個体の一結晶面上に横たわった、付加的な(あるいは二次生成的な)形状のものであることを指摘している。
フロンデルは傾軸式双晶の 15形式(日本式+付加 14式)を次の3タイプに整理した。
1.コプレーナー(coplanar)な柱面のペアを伴う接触双晶。日本式が好例で、柱軸(c軸)が特定の角度で傾斜して接合する。
2.コプレーナーな錐面(菱面体面)のペアを伴う接触双晶。このタイプの双晶は、接合した錐面が標準位置(※一方の
mrzゾーンが他方の mrzゾーンに平行な位置)からどれだけの角度旋回しているかで記述できる。(ライヘンシュタイン・グリーゼルンタール式が一例。-sps)
3.柱面と錐面(菱面体面)とがコプレーナーに配置された接触双晶。このタイプの双晶は、各ゾーンの相対関係、または
柱面(ないし錐面)の標準位置からの旋回角度で定義出来る。
コプレーナーとは一般に点や線の集合が同じ平面上にあることを示す語で共面(性)と訳されるが、フロンデルが言いたいことはおそらく各個体の特定の面同士が平行関係にあるかどうかだと思われる。
さて、まあ、話が長くなったので、とりあえずここで一区切り。
⇒参考: 水晶の双晶形式について(ガルデット式)
水晶の双晶形式について2(G.Jenzschの示した7つの傾軸式双晶)
水晶の双晶形式について3(F. Zyndelの示した13の傾軸式双晶と3つの仮説)
水晶の双晶形式について4(J.Drugman の示した高温水晶の双晶形式)
補記1:学者さん方のうちには、「配向的付着」と双晶による成長(双晶核からの共時的成長)を別のカテゴリーに区別する向きもある。配向的付着はエピタキシャルな成長に類似の概念で、結晶核生成段階より後に二次的に生じた核ないしすでにマクロサイズに成長した個体が、これよりずっと巨大な個体の面上に規則的な方位関係をとって接合する現象を指す。基盤にあたる個体の成長過程/形態は必ずしも他方の影響/干渉を受けていない
両者を区分する背景には、(後に等大サイズに成長すべき)双晶核の形成は結晶生成の初期段階の、過飽和度がかなり高い状態にほぼ限られるとする知見がある。ただ、高過飽和度の環境が繰り返し起こりうることや、環境中の不純物が双晶核の形成頻度に大きく影響し、必ずしも高過飽和度を要しない場合のあることが認識されてもいる。双晶的関係で付着が起こると、そこから双晶が成長を始める。
補記2:フロンデルの Dana 7th は高温型水晶の傾軸双晶形式として、エステレル(Esterel)式、サルジニア(Sardinia)式、ベローダ(Belowda)式、コーンウォール(Cornish)式、ヴェレスパタク(Verespatak)式、ブライトハウプト(Breithaupt)式、ウィール・コーツ(Wheal Coates)式、ピエール・レビィ(Pierre-Levee)式、サムシュヴィルド(Samshvildo)式を列記している(記載順)。
低温型のセッラ式は高温型のサルディニア式に呼応する形式で(※但し最初の報告例は高温型なのか低温型なのか不明、産地(サルジニア?)も不詳)、低温型のライヘンシュタイン・グリーゼルンタール式(※精確にはグリーゼルンタール式)は、高温型のエステレル式に呼応する形式である。エステレル式はフランスのエステレルに多産して双晶則の成立は20世紀初には疑うべくもなかったが、グリーゼルンタール式は
20世紀後半に入るまで実例に乏しかった。フロンデルも疑っていたかもしれない。現在は、一般に日本式双晶の産地でより低頻度で産出する傾向が指摘されており、形式の有効性が確立しているといえる。
逆に低温型の日本式双晶に比べると、呼応する高温型のヴェレスパタク式(ハンガリーの産地に因む)は頻度がエステレル式より低い傾向がある。(※ジュリエン・ドラグマン(1927)によれば、フランスのエステレル山地やイギリスのコーンウォール地方(ベローダ・ビーコン等)では、高温型水晶の群晶標本1ケあたり、平均3ケの双晶が見られる。結晶個体毎に数えると、100ケのうち2-3ケが双晶になっている。ほとんどがエステレル式とヴェレスパタク式で、ほかの双晶形式は少数。エステレル式とヴェレスパタク式の比率は約2:1という。)