| 1052.冠水晶 Scepter Quartz (日本産) |







「松茸水晶」という、いかにも俗な感じの名称は、何時からあるのか知らないが、明治以来、鉱物学者や愛石家の間ではよく口の端に上っていたらしい。1916年(大正5年)版の日本鉱物誌の石英(水晶)の項に、「平行連晶は普通に多く産す、就中特に多きは松茸水晶と称するものにして、柱状結晶の先端に太き短柱状の結晶の発達せるものなり」云々、と紹介されている。
この連晶形はしばしば累帯構造を示し、太い短柱状の結晶とその内部(根元側)の結晶とで色を違える場合がある。前者が紫水晶あるいは煙水晶で、後者が無色の水晶(あるいは煙水晶との累帯)といった例が知られる。この間に生成環境の条件が大きく変化した(いったん成長が停止した時期があった)と考えられている。cf.
パリ国立自然史博物館の標本 No.595
No.752
1904年版の日本鉱物誌は、鳥取県藤屋の紫水晶の累帯構造を論じ、「往々基体たる暗色の石英基軸となり、紫水晶その一端にのみ発達し、あたかも着冠せるか如き状をなすものあり」と、冠形態を描写している。
一方、1925年の大鉱物学は、山梨県産の双晶水晶に触れたついでに、「また並行連晶をなせる笏状水晶稀に出づ」と述べ、こちらはセプタークオーツ(王笏水晶)の訳語調の描写と思しい。(※日本の「笏」は、束帯を着用する時、右手に持つ一尺ほどの細長い板で、手元側に向かって幅が細っている。おじゃる丸が持っているものでおじゃる。しかし水晶に言う笏状はこの形でなく、西欧の王族の儀礼器で頭部に瘤状に出っ張った飾りのついた杖に擬えたもの。イギリス王室の笏杖は巨大なカリナンTダイヤモンドを装嵌することで有名。)
ついでに書くと、後段に「冠状石英」なる石英が紹介されているのだが、これは累帯構造をなす内部の石英が剥落して、外部のみ残ったものを指している。やはり西洋の環状の王冠(クラウン)に擬えたもので、今日、松茸水晶と類義的に用いられる冠水晶とは少し趣きを異にする。
cf. ロンドン自然史博物館の標本
以上を踏まえて益富「鉱物」(1974年)を繙くと、藤屋産の標本2例が「冠水晶」(カンムリスイショウ)として示されていることや、(一つは「時計台のつく建物のように小さな紫水晶が煙水晶の頭に着生する」もの(※烏帽子形)、もう一つは「尼僧の頭に紫の頭巾をきせたよう」なもの(※骸晶状の錘面を持つ)と描写される)、「この紫水晶がもっと大きく発達すると、いわゆる松茸水晶と呼ばれる」との説明は、日本鉱物界の伝統的用例を整理したものであることが分かる。
松茸水晶の意は、「マツタケのように軸の上に傘がかぶったような水晶、平行連晶の説明によく引き出される冠水晶の好例」とある。
博士は、柱軸を揃えて平行連晶し、基体の上に別の結晶形が載った形態を、先端側の大小を問わず「冠水晶」と呼び、そのうち、キノコの笠のように先端が太ったものを松茸と定義しているわけだ。
今日では匂い濃き国産松茸は産量が乏しく、高価であまりお目にかかれないためか、代わりにキノコ水晶の語が用いられる場合もあるようだ。
画像の標本は三重県の船津産。ここは邦産鉱物収集家の間で、かつて輝安鉱を掘った鉱山として知られた。枡石(仮晶の褐鉄鉱)や水晶も採集出来た。水晶の中には冠水晶が群れをなして生じていることがあり、あまり他の産地に見ない特徴とされた。