482.鉄電気石 Schorl (ミャンマー産) |
ラスキンはトルマリンの成分を評して、「まともな鉱物の組成というより、むしろ中世医師の処方箋に似ている」と言ったが、実際その構成は非常に複雑である。⇒No.168
トルマリン・グループは、5つのサブグループに分類されて、さらにそれぞれが種に細分されている。Dana's
8th を参考に列記すると次のようである。
アルカリ欠落トルマリン・サブグループ
・ Foitite
フォイト電気石
[Fe2+(Al,Fe3+)]Al6(BO3)3Si6O18(OH)4
・ Rossmanite ロスマン電気石
LiAl2Al6(BO3)3Si6O18(OH)4
・ (未命名) -----
[Mg2(Al,Fe3+)]Al6(BO3)3Si6O18(OH)4
カルシウム・トルマリン・サブグループ
・Liddicoatite リディコート電気石
Ca(Li1.5Al1.5)3Al6(BO3)3Si6O18(OH0.66,O0.33)3(F)
・Uvite 灰電気石(ウヴァ石)
CaMg3(Al5Mg)(BO3)3Si6O18(OH)3(OH)
・Feruvite 鉄灰電気石(鉄ウヴァ石)
(Ca)Fe2+3Al3+6(BO3)3Si6O18(OH)3(OH)
鉄・トルマリン・サブグループ
・Buergerite バーガー電気石(ベルゲ石)
(Na)Fe3+3Al6(BO3)3Si6O18(O)3(F)
・Povondraite ポヴォンドラ電気石
(Na)Fe3+3Fe3+6(BO3)3Si6O18O3(OH)
リチア・トルマリン・サブグループ
・Olenite オーレン電気石(オレン石)
(Na,Ca,□)1-x(Al,Li)3Al6(BO3)3(Si,B)6O18(O)3(OH)
・Elbaite リチア電気石
Na(Li0.5Al0.5)3Al6(BO3)3Si6O18(OH)3(F)
ソーダ・トルマリン・サブグループ
・Dravite 苦土電気石(ドラバイト)
NaMg3Al6(BO3)3Si6O18(OH)3(OH)
・Schorl 鉄電気石
NaFe2+3Al6(BO3)3Si6O18(OH)3(OH)
・Chromdravite クロム苦土電気石(クロムドラバイト)
NaMg3(Cr3+5Fe3+)(BO3)3Si6O18(OH)3(OH)
しかし例えば、リチア電気石とリディコート電気石とは見た目がそっくりで、成分的にも連続なのになぜ別のサブグループなのかとか、鉄電気石や鉄灰電気石はなぜ鉄トルマリンサブグループでないのかとか、なぜソーダ・トルマリン・サブグループだけにクロム成分の種があるのかとか、考えるほどにこんがらがってくるし、実地にはこれらの純粋種よりも(理想組成からはずれて)さまざまな元素を取り込んだものの方が普通だというから、分類を取り決めた意義はなんなのか、もちろん意義はあるに違いないが、そんなに細分化しても理解を遠ざけるだけではないかとか、いろいろ頭を悩ませるわけである。
トルマリングループの共通項としては、共通の基構造を反映した結晶形(異極晶)、電気的性質(後述)、そして柱面にたて向きの条線が発達していることが挙げられる。これによってベリルや燐灰石と肉眼的な区別をつけることが出来る。
トルマリンの中でもっとも普通に見られるのは、Schorl
鉄電気石である。造岩鉱物のひとつ、とまでは言わないとしても、それに近いポジションを許されていいくらい、出るところには出る。ペグマタイトに黒い柱状結晶をなすものはしばしばとても巨大で、地味だけれど存在感のあるよい標本になる。花崗岩中や気成鉱床、スカルン中にウニのトゲのように放射針状に集合して産する例もよく知られていて、市場には母岩を酸で溶かしたオブジェ風の国産標本が出回っている。
No.429(ラズベリル)に外周が鉄電気石、内部がリチア電気石の標本を紹介したが、この例から両種の間が連続的に変化することが分かる。
宝石としてはまず顧みられない前者と代表的な宝石種トルマリンである後者とは、見た目全然違うのに、結晶が成長するにあたってその間の成分のゆらぎはたいして妨げにならないわけだ。
トルマリンは擦ったり圧力を加えたり暖めたりすると静電気を帯びて、空気中の塵を吸い付け、ついで反発する性質がある(⇒No.173)。
この性質は拡大解釈されて、マイナスイオン効果や微弱電流効果といった健康増進に資する万能トルマリンの論拠に奉られている。が、そもそもマイナスイオン効果とはなんなのだ?
仮になにかそういう言葉をあてるに相応しい作用があるとしても、トルマリンは(あらゆる鉱物は)電気的に中性であることによって結晶構造が成立しているのだから、マイナスイオン効果があるなら、大局的には当然プラスイオン効果と呼ぶべき作用も生じているはずである。それについては何故何も語られないのだ?
もう10年以上前になるか、ブラジルのトルマリン鉱山を所有した企業家が、この得体の知れない効能を武器に、トルマリン粉末を使った製品販売のビジネスモデルを提唱した。ほどなく、枕だとかブレスレットだとか靴下だとか、トルマリン・グッズが私たちの国にあふれた。
私は横目で見ていたけれど(だって、塵や埃を吸い寄せ
るだろう安眠枕なんかわざわざ使いたくない)、その後、大手家電メーカーを含めた企業が大挙してマイナスイオン効果を謳ったエアコン、空気清浄機、冷蔵庫等々、いろんな製品を右倣え的に提供したので、その効果はいかにも科学的に立証されたもののように人口に膾炙した。大企業の信用力である。
でも、実際は立証されていなかった。
そのあたりの事情は、
Wikipedia
「マイナスイオン」の項に現時点での分かりやすい記事があるので、そちらをご覧下さりたい。
ちなみに鉱物愛好家でトルマリン効果やらマイナスイオン効果やらを信じた人はきっと多くなかったろうと思う。鉱物関連の啓蒙書はみな、これに関して最初から一貫して否定的な姿勢をとってきた。
ジョン・ラスキンの言葉。
「みなさん、塵には地球と生命と社会のすべての結末が飛沫となってひそんでいるのです、その塵からこそ、新たな倫理を取り出さないで、何が政治なのですか、何が経済なのですか、何が教育なんですか――。」(塵の倫理)
-松岡正剛の「千夜千冊」1045夜より引用−
塵を引きつけるトルマリンを使って、利潤を引き寄せようと画策するのも悪いとは言わない。でもそこにはラスキンのように倫理と良識とを取り出そうとする姿勢が伴っていてほしい。
追記:ショールという語は古く1400年以前から使われており、ドイツ・ザクセン地方の錫鉱山の近くにあった村 Schorl (現 Zschorlau) に由来するという。錫石と一緒に黒い電気石も出たのである。この電気石についてはヨハネス・マテジウス(1504-1565/アグリコラと親交があった)の「Sarepta oder Bergpostill」(1562)に "Schurl" の名で現れ、その後 "Schurel", "Schorle", "Schurl"といったバリアントも用いられたが、18世紀初には ドイツ語圏で "Schorl" が一般的となった。英語圏では同じ世紀に "Shorl", "Shirl" が用いられ、19世紀に "Schorl" となって今日に至る。
cf. No.781
斧石 (ショールと呼ばれたさまざまな鉱物)