660.辰砂 Cinnabar (メキシコ産)

 

 

Cinnabar 辰砂

辰砂 −メキシコ、ソノラ産

 

7世紀、預言者マホメットが掲げたイスラムの旗の下に、やがてアラビア半島、シリア、ペルシャ、中央アジア、エジプト、北アフリカ、果てはスペインまでに版図を広げる大帝国が生まれた。東西の交流が盛んになり、バグダードを中心に各地の文化、技術が集まって、8世紀にはイスラム文化は爛熟の時を迎えた。
それはアラビア錬金術の最盛期でもあった。ジャービル・イブン・ハイヤーン(アラブのゲーベル)は、すべての金属は硫黄と水銀とから成るものであること、両者が完全な調和を保った状態が金であることを述べ、人間において同様に原初の調和を回復せしめる物質たる錬金霊液アル・イクシルについて述べた。
12世紀の十字軍以降、イスラムの優れた文化に接したヨーロッパ人は、熱心に彼らの文化・学芸を吸収するが、錬金術もそのひとつだった。ヨーロッパ錬金術が神託のごとく迎えた物質構成論、賢者の石、エリクサの概念の根幹はジャービル(とその学党)が準備したものといって過言でない。

一方、アラビア錬金術に数世紀先立つヘレニズム錬金術や、より古いエジプト・メソポタミアの冶金・工芸技術には、金や銀の見かけの増量、染色に関しての実践的なレシピは存在するものの、卑金属から金への転換が信じられていたわけではないらしく、健全高貴化変成媒薬としての賢者の石やアル・イクシル(エリクシル/エリクサ)が探求された様子はほとんど見られないという。(補記)
ではアラビア錬金術は、その発想を自ら樹立したのか、それとも別のどこかから拾ってきたのか。

ここで有力視されているのが、辰砂を貴薬とみなす中国の錬金術(練丹術)である。硫化水銀である赤色の辰砂は、加熱によって銀色(白色)の水銀を分離し、これが酸化すると赤(〜黄)や黒色の酸化水銀を生じ(黒化)、還元雰囲気で加熱すればまた水銀に戻り(白化)、硫黄と化合させれば赤色の辰砂(朱)となる(赤化)
こうした変化のプロセスを何度も経て(練って)作られる不老長寿の霊薬が練丹薬であり、4世紀の葛洪「抱朴子」などの神仙術教科書に現れるものである。
練丹薬の調製・服用は7、8世紀の唐代に異常流行し、当然大勢の中毒者を出したが、その信仰はかえって盛んになったという。(cf. No.587 オーピメントNo.590 紫水晶、 No.591 雲母
その知識がシルクロードや海路を越えて当時のアラビアに伝わり、異国趣味たっぷりの摩訶不思議な錬金霊液となった、陰陽思想とギリシャ哲学の元素論とが融合して、陽たる硫黄と陰たる水銀の2元論として体系づけられた、というわけである。
黒化、白化、黄化、赤化の過程は、そのまま辰砂の化学状態の変化として認められたであろうし、おそらくオーピメントやリアルガーといった、やはり中国得意の砒素硫化物に関する観察も影響を与えたと考えられる。
錬金術(アルケミー)を意味するアル・キミアの語源は、エジプトを象徴する「黒い土(ケム)」(≒肥沃な土 No.651cfにある、と一般には言われているが、中国練丹術の金液(Chin- I/ Chin-Iya → Kimiya)に由来するという説もかなり魅力的である。賢者の石はすなわち神仙の石であるわけだ。
葛洪が天然の金でなく、練丹によって得られる金にこそ強い薬効があるとしたことも観念の一致として興味深い。

アラビア錬金術はヨーロッパに入って、キリスト教的世界観の下に独特の思想展開を遂げるが、そのとき錬金の基礎物質として想定されたのは硫黄や水銀に加えて、アンチモン(輝安鉱)やそのレグルス(金属質)であった、と私には思われる。アンチモンもまた化学変化によって黒、白、黄、赤化を起こした。そして人体に有益な錬金薬としては、水銀ばかりでなく新奇な砒素やアンチモンの化合物が歓迎されたのであろう。
アンチモン(輝安鉱)は地中海やアラビア世界では古くから化粧顔料(コール)として用いられていたが、ヨーロッパではアラビア錬金術の導入とともに錬金の原料となった(cf. No.647 付記6)。ちなみにアンチモンと銅を混ぜた合金は金とそっくりの外観を示す…。

(補記)賢者の石が変成をもたらすという考え方は、アガトダイモンが記したとされるカイロ文書やゾシモス(3-4C)の手になる最古の錬金術百科「ケイロクメタ」にもみられ、ギリシャ錬金術にまで遡るともいわれる(W.H.ブロック「化学の歴史」)。しかしその起源はやはり当時の中国との交流に求められるのではなかろうか。

(補記2)No.654※に述べたが、エリアーデは、錬金術師の求める黄金は不死と等価であるという。その見地に立てば、賢者の石の探求と黄金の錬成はいずれも不死の探求なのだといえる。

補記3)李時珍「本草綱目」の丹砂の項に土宿真君の言として、「丹砂は青陽の気を受けてはじめて鉱石を生じ、200年経てば丹砂となって青女が孕み、また200年にして鉛となり、更に200年にして銀となり、また200年にして復び太和の気を得て化して金となる。故に諸種の金は皆丹砂の金の上等なるに及ばない」を引く。
また錫の項に、「錫は太陰の気を受けて生ずる。その気は200年動かずして砒となり、砒が200年経った時始めて錫が生じる」、鉄の項に「鉄は太陽の気を受くるもので、その生成の最初は、まず鹵石が生じ、それが150年経つと磁石になり、また200年経つとその間に孕まれて鉄が生ずる。それがまた200年そのままであると、採掘、製錬の人工を加えずして銅になる。銅はまた化して白金となり、白金が化して黄金となる。」と土宿本草を繰り返し引いている。

(補記4)辰砂の薬は服用すると体内に毒が回ることがあるが、単に所持するだけでも悪を避け、魂を安んずる効用があったらしい。昔、銭丕少卿が毎夜悪夢に襲われて夜通し眠ることが出来なかったとき、ケ州の推官胡用之から「自分も以前同じようなことがあったが、道士からヤジリのような形の辰砂を頭上に置いて寝ると10日ほどで効験があると教えられて、それから悪夢に襲われなかった」と聞き、紅絹の袋から取り出した辰砂をもらった。少卿はその夜から悪夢を見なくなり、神魂が安静を得たという。(本草綱目、丹砂)

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