久しぶりに機会があってデンバー近郊へ。休日、同行の若い人を案内して自然科学博物館を訪れた。
私はもちろんクアズ・ホールの鉱物標本とコノフレンコ氏の貴石細工がめあて。記憶に従って地階へのアクセスを探したが不思議と見当たらない。仕方ないので館員の女性に、「昔地階にこんなコレクションがあって…」と問うと、「ああ!今は3階に展示室があって、」と進路を教えて下さった。「私は博物館の展示でこのコレクションが一番好き」とおっしゃり、にこっと笑われた。賛成。
行ってみると(少し分かりにくい場所だが)ちゃんとあった。見ているうちに既視感が湧く。もしかして…と記憶の奥の細道を辿れば、どうやら私はこのホールを見た覚えがある。コレクションが地階にあったのは
2009年のことで、その後数年のうちにホールが出来て、展示場所が移っていたと思われる。すっかり記憶から抜けているが…。
コノフレンコ・ホール。
博物館に貸与された20点の作品のうち19点が展示されている。
ワシリー・コノフレンコ氏の略歴が英語とスペイン語で紹介されている。
「刈り人」
農作業で刈り入れをしている様子。農夫のシャツはベリル(緑柱石)だそう。(ちょっと意外。蛍石かと思った。) 鞄のベルトはルビー。ズボンは縞入りのカルセドニー。洗いざらしたデニムの質感。刈り取った草(麦?)をルチル・クオーツで表現。
「パンと塩」
家にお客を迎えた男がパンと塩を乗せた盆を捧げる伝統的なスタイルを表現。深緑色のジャケットはネフライト。ボタンはオパール。パンは方解石のノジュールで、風化した表面がうまくパン皮の質感を出している。
「浴槽の樽」
風呂に浸かりながらサモワール(紅茶)を楽しむ年配者。
コノフレンコの少年時代、故郷のドネツクでは人々がこんなスタイルで風呂を使っていたという。樽に熱い湯を張り、中に浸かると熱が逃げないよう周りにタオルか毛布を巻いた。そして大人たちはよくお茶を楽しんだ。人物のヒゲや頭髪のセットは20世紀半ばのロシア人のスタイル。
樽はペトリファイドウッド(木化石)。床は同心円模様の出たジャスパーで、床にこぼれた石鹸泡を表現。サモワールは金属製で、細かいエナメル細工が施されている。
「サウナU: おんな」
ロシアには職業的な蒸し風呂(サウナ=バーニャ)施設があり、親しい友人同士や家族で入りにいく。風呂で汗を流したあとは寝台に横たわってリラックスし、白樺の小枝を束ねたもので軽く叩いてマッサージしあうのが流儀。ただ解説によるとこの作品で枝箒を使っているのは職業的なマッサージ師(男性)らしい。
コノフレンコは作品を作る前にしばしばスケッチを描き、粘土で模型を作ってレイアウトの構想を練った。この作品は模型が残っている。
「セイウチ」
熱いサウナを使った後は、凍えるような冷たい水風呂に入るのもロシア人の愉しみだとか。夫婦者の戯画。奥さんは気持ちよく水風呂で火照った体を冷やし、傍らで旦那さんは寒そうに順番を待っている。
風呂はアメシストで縁取りされた晶洞の口で、水面は半透明のメノウ。前後に掻き除けたらしい雪(方解石)が積んであり、外気は(風も吹いて)ずいぶん冷たいのだろう。
「痩せと太っちょ」
痩せたマッサージ師がよく太ったお客のために懸命に働いている様子を戯画。床材はタイガーアイと黒曜石とメノウ。寝台は淡色の縞メノウ。裸の二人の姿がベロレツク産の肌色石英でよく表現されている。よく見ると肌色のなかに黒っぽい斑点が入った箇所があり、不健康な胃腸や加齢によるシミなどを示しているらしい。コノフレンコ夫人によると、マッサージ師は
80年代にコノフレンコが親しくしていたニューヨークのある警官がモデル。彼のミトンはインカローズ。
「春」
ロシアでは若い男が若い女に求愛するとき、バラライカを弾いて姿の見えない相手に歌いかける、というのが伝統的な観念としてあるらしい。首のつまったシャツを着て、装飾したベストを羽織り、真っ白な帽子をかぶり、ラプティ(農夫の草鞋)を履くのが正式だとか。まさにこの作品のように。
構想スケッチでは、彼は木化石のスツールに座って歌うことになっていた。が、ある日コノフレンコはアメシストの群晶を目にとめて、春の盛りの花群れのようだと思った。そして男は紫の花を背負って歌うことになった。
「囚人たち」
シベリアの労働キャンプで囚人たちがシェルター(防寒小屋)を作っている様子。新しく送られてきた人々の最初の仕事は自分たちが住む小屋を作ることだった。囚人たちの帽子と胸には番号を打った銀板がついている。ゼブラストーンの囚人服の背中についたルビーの赤丸は、監視兵が心臓を狙うときの目印。
コノフレンコ夫人によると、ソルジェニーツインの著作に想を得た作品で、右手に立っている男の姿はソルジェニーツインの1953年の肖像写真に酷似するという。
「スワンの歌」
何かの伝承をモチーフにしたらしい作品。漁師が彼方を見て手を伸ばし、声を上げている。足元に仕留めた黒いスワンが息絶えている。胸には矢が刺さる。解説によると、連れ合いを失って逃げてゆくもう一羽のスワンを引き留めようとしている。
漁師の帽子はタイガーアイ、シャツは赤玉ジャスパー、ズボンはソーダライト、胸当ては雪斑黒曜石、ベルトは紅色コランダム。
「氷上の釣り」
コノフレンコは釣りを描いた作品をいくつか作った。本品は冬場の凍った湖上での釣りを表現した。左手に紅いコランダム(ルビーのミトン)をはめ、首回りはラピスラズリのスカーフで防寒している。帽子はメノウで、オーバーはラブラドライト。オシャレである。銀の釣り棹に金の釣り糸。足元の氷はルチルの入った水晶で、ルチルの細い針が氷上を走るひび割れを示す。画像では分かりにくいが、男の右脇に釣った魚(メノウ)が二匹置かれている。ちなみにコノフレンコ自身は、釣果よりプロセスを楽しむ方だったという。
次の作品は鉱物標本と共にクアズホールに展示されるもの。
「獲物を探すハンター」
冬の狩猟シーンを戯画。厚い手袋をはいた漁師がライフルを持って獲物を探している。左手を腹ポケットで暖めている。ライニング付の毛皮帽はラブラドライト。防寒着には粉雪が散っているようだ。漁師は茂みを背に前方を見ているが、実は茂みの背後に雪ウサギがいる(鏡に映った背面に注目。)
以下はコノフレンコ氏の紹介ビデオから。
ロシア帝国時代にあったファベルジュの工房。18-19世紀頃、ウラル山地に産するさまざまな貴石を利用した石細工産業が隆盛した。
cf. 孔雀石の話3
ロシアで展示されているコノフレンコ作品の一つ。
ロシアのコノフレンコ作品の展示。
中央のカバは塊状の孔雀石から彫り出したもの。口の内側はベロレツク産石英、歯はカショロン。舌は紅色コランダム。画像では分からないが目はダイヤモンド。
代表作のひとつ、ダニーラ (Danila)。
バジョーフの連作「孔雀石の小箱」に出てくる山の女王の厚意を受けた若い石工ダニーロ。(「石の花」、「山の親方」の主人公)
ソ連時代にコノフレンコはバレー「石の花」の舞台セットとして大きな孔雀石の小箱を作り、それが彼のこの道への事始めになった。本作品の小箱は小ぶりだが、作法通り孔雀石の模様を活かしたモザイク。蓋は開閉可。ダニーロの目はサファイア。金色の髪を束ねる輪は金製。カショロンの白シャツにメノウのエプロン。長靴は赤茶色のジャスパーで台石は縞メノウのモザイク張り。
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