821.バストネス石2 Bastnasite-(Ce) (USA産) |
元素周期表の左から3列目(第3族またはVA族)、その上段3枠までに配置される元素はいわゆる希土類(レアアース)と呼ばれる。原子番号21のスカンジウム(Sc)、39のイットリウム(Y)、そして3段目に入る原子番号57から71までの15元素(ランタノイド:ランタンに似た性質のもの、の意)がこれにあたる。発見された時分は純粋物を得るのが難しく、地球上に僅かしか存在しない物質とみられて希土(稀土)とされたが、実際はそれほど(貴金属類ほど)稀なわけではない。ただ経済資源的な産地は今日でも限られている。
ランタノイドは原子番号が高いものほどイオン半径が小さくなる性質(ランタノイド収縮)があり、イオン半径が大きく軽い軽希土類(ランタン、セリウム、ネオジム、ユーロピウムなど)とイオン半径が小さく重い重希土類(ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウムなど)とに2分して扱われることがある。この区別はおおむね化学的分離抽出過程の2系統(水酸化物の塩基性が強いセリウム族と対するイットリウム族)に倣い、塩の加水分解のしやすさやイオン交換樹脂膜に対する挙動の違いに呼応している。また原子番号の高いランタノイドほど地殻存在率が低い傾向があり(偶数番号で高く、奇数番号で低い傾向もある)、資源的にみれば軽希土類の産地は多く、重希土類の産地は少ないということも出来る。
ちなみに周期表同列の4枠目にはアクチノイド(アクチニウムに似た性質のもの、の意)と呼ばれる複数の放射性元素が配されるが、希土類の鉱床にはこれら(事実上ウランとトリウム)がしばしば共産するため、希土を抽出した残土や廃液の放射性が環境問題になる。
軽希土類でも原子番号の若いセリウムやランタン、ネオジムは産量も多い。バストネス石やモナズ石はその代表的な鉱石である(モナズ石はトリウムの鉱石としても知られる)。
20世紀の中頃まで、希土類の用途といってはガスマントルのホヤ、ライターの着火石、徹甲弾、陶磁器の着色剤、溶接電極材、あるいは鋳鉄の改質添加剤などであった。ブラジルや米国南東部の海岸で採取されたモナズ石の漂砂鉱、次いでインドやオーストラリアの漂砂鉱、あるいは南アフリカの初生鉱床のモナズ石を原料に抽出したセリウム、ランタン、またミッシュメタルと呼ばれる安価な中間精製物(セリウム、ランタン、ネオジム、プラセオジムなどの混合合金)が利用された。生産量は長らく年産1万トンを越えることがなく、インドや南アの鉱床ではトリウム(原子力燃料としての活用を想定)を抽出する副産物として得ていた。
20世紀後半に入ると新たな用途が次々と見出された。研磨剤やガラス消色剤としての酸化セリウム、酸化ランタンを入れた高屈折ガラス、FCC触媒、自動車の排ガス触媒などである。1964年にユーロピウムを添加した鮮やかな赤色蛍光体が発明されたことは画期的であった。当時、米国で実用化されたばかりのカラーテレビは青色や緑色の蛍光素子に比べて赤色の輝度が不足していた。この弱点を克服したのがイットリウムの酸化・硫化物(後に酸化物)をベースに微量のユーロピウムを添加した蛍光素子である。ユーロピウム市場が急速に立ち上がり、その供給ソースとして米国カリフォルニア州マウンテン・パスが脚光を浴びた。というのは、従来のモナズ石原料に含まれるユーロピウムは高々0.05%だったのに対して、ここのバストネス石は倍の 0.1%を含み、かつ巨大なカーボナタイト鉱床の鉱石品位は 5〜15% もあったのである。一方で含有する放射性元素(トリウム)はモナズ石よりも少なかった。 1960年代から80年代にかけて、マウンテン・パスはユーロピウムの高い競争力を背景に市場に君臨した。1965年から66年の間に(酸化)希土類の世界生産量は倍増して2万トンに迫り、1984年には4万トンに達したが、その過半は米国産、すなわちマウンテン・パス産だった。
ネバダ州との州境近く、ラスベガスから 200キロほど南西にあるこの鉱山は、中西部でウラン探査が盛んに行われた時期に発見された。周辺地域の廃坑を回ってウランを探していた H.S.ウッドワードは、1949年4月23日、高い放射線量を示す薄茶色の露頭を見つけた。彼の誕生日だったのでバースデー鉱区と名付けられる。比重の重い岩脈はやがてバストネス石であることが分かった。地質調査が行われ、相次いで発見された鉱区を鉱山会社が買い取り、1952-54年頃から稼働を始めた。方解石や重晶石などの風変りな(カーボナタイト起源の)母岩に含まれるバストネス鉱の品位は局所的に 40%をこえた。希土類の配分はセリウム約 50%、ランタン約 30%、ネオジム 14.3%、プラセオジム 4.4%(ネオジムより原子番号がひとつ若いが奇数番なので存在率が低い)、サマリウム 1.3% というデータがある。そして上述の通り平均 0.1%のユーロピウムを含んでいた。基本的に軽希土類の鉱石であり、重希土類はこれらの数百〜数千分の1程度しか含まれない。
ユーロピウムは 70年代には三波長蛍光灯にも用いられるようになった(ほかにセリウム、ランタン、ガドリニウム、テルビウムも蛍光体に利用される)。新しい強磁性体としてサマリウム・コバルト磁石やネオジム磁石が開発され、後者の耐熱性を改善するためジスプロシウムが添加されるようになった。90年代にはランタンやミッシュメタルを用いた水素吸蔵合金(電池)も実用化された。これらは希土類の特異な性質を以て初めて成立するデバイスで、ほかの元素に置き換えがたい強みがある。その意味で希土類は奇土であり貴土であるといえ、希土とは希望を担う土だと付会する人もある。生産量は増え続け、21世紀に入る頃には年産8万トンに近づいた。
とはいえこの世界にも盛衰はある。カラーテレビが液晶化されて久しく、蛍光灯も急速にLED照明に移行しつつある現在、ユーロピウムの需要は減退しているし、サマリウム・コバルト磁石は半ば過去のものとなった。ネオジムやジスプロシウムは現在の花形だが、2011年のレアアース・ショック以降、使用量を減らした、あるいはまったく利用しない代替技術の研究が急速に進められている。
ちなみに古くから利用されてきたセリウムはガラス消色剤や研磨剤、自動車の排ガス触媒として、ランタンはガラス材、強誘電セラミックコンデンサ、石油精製の触媒などに根強い需要を維持している。とはいえ取引単価は二束三文的である。
21世紀以降、希土類供給は中国がほぼ一手に押さえている。80年代の開放政策以来、国策的に市場参入を推し進めた結果である。最大の産地である内モンゴル自治区のバイユン・オボ(白雲卾博)(もとはモンゴル語で「バヤン・オボ=豊かな丘」)はニオブや希土類に富む鉄鉱床で、カーボナタイトの母岩に含まれるバストネス石は、ユーロピウム含有率でマウンテン・パスを上回るという。希土類は鉄鉱石の副産物として得られるためもともと生産コストが安かったが、95年頃から戦略的に安値攻勢を仕掛けて競合相手を駆逐した。
マウンテン・パスは1965年から85年にかけて黄金期を謳歌した後、中国に押されて市場占有率を落とした(逆に言えば拡大した需要のほとんどを中国産が賄った)。
1998年に希土類を抽出した排水ラインが環境規制にかかると精錬工場を停止、出荷量を絞って貯鉱を捌く体制に切り替えた。そして
2002年に休山した。なにしろコストでは勝ち目がなく、新たな投資が見合わされたのである。こうして中国産のシェアは9割を越えた。
数年後には携帯通信機器やハイブリッド車の活況を受けて生産量は年10万トンを超え、シェア
97%を中国が占める異常事態を迎えた。その要因の一つは、ジスプロシウムを始めとする重希土類の資源鉱床が中国南方(江西省南部の竜南鉱床)に限られることであろう。これは花崗岩類の風化殻(粘土類)へのイオン吸着型鉱床で、カーボナタイト鉱床と比べると濃集の程度はずっと低いものの希土類の回収が容易で、かつ放射性元素を伴わない美点に恵まれている(洗い流されたと考えられる)。中国南方には同じくイオン吸着型の尋烏鉱床があり、こちらは軽希土類を産する。中国はバイユン・オボとこれらを合わせて市場を制覇したのである。
マウンテン・パスはしかし、依然膨大な埋蔵鉱量を抱えている。レアアース・ショックで希土類相場が異常な高値を更新した時、多くの投資家が希土類鉱山の(再)開発に食指を動かした。オーストラリア、マウントウェルドのカーボナタイト鉱床、ロシアのコラ半島やグリーンランド、カナダの超アルカリ閃長岩帯等々。そしてマウンテン・パスに資本が投入され、2012年に再稼働を始めた。環境規制をクリアし、中国よりも生産コストを抑え、さらにネックだった重希土類に富む鉱床を南方8キロの地点に新たに発見したとの触れ込みである。しかし市場が冷静を取り戻して取引価格が落ち着くと、やはりというか最初からそのはずだったのか、採算割れを理由に 2015年に破綻した。直近のニュースによると今年6月に中国系資本が買収して目下再開準備中というが、いずれにしろ中国寡占の時代はまだしばらく続くものと思われる。
画像は典型的なマウンテン・パス産の標本で、バストネス石の脈が見える。数センチ大。気になるγ放射線量はシンチレータで測定しても表面近傍でバックグラウンドと同程度の増分である。
補記:カーボナタイトは地下 50-200km
のマントル上部で生じたとみられる溶融マグマが地殻付近まで上昇して固化した火成炭酸塩岩である。地底でマグマが形成された時、周囲のチタン鉱物などに含まれていた希土類が取り込まれると、上昇するマグマが次第に固化してゆく一方で、ランタノイド元素は(原子半径が大きいため)最後まで残液中に留まって濃集し、地表付近でバストネス石として産すると考えられる。マウンテン・パスは代表的なカーボナタイト鉱床である。ここでは希土類を含むほかの鉱物として、パリス石、くさび石、褐れん石、セル石、トール石、モナズ石なども報告されている。
一方、中国のバイユン・オボもまたカーボナタイト中の産状であるが、鉄やニオブの巨大鉱床を伴い、必ずしもカーボナタイト鉱床に分類されない(カーボナタイトの貫入時期と熱水による鉱化時期とが異なる)。軽希土類が主体だが、マウンテン・パスに比べて
Ho,
Er, Yb
などの重希土類を多少なり多く含む。それでも濃度は軽希土類の百〜数百分の1以下である。
バストネス石、モナズ石、ロパライトは概して軽希土類に富む鉱物で、ゼノタイムは重希土類に富む傾向があるが、重希土類の経済的資源は現在のところ、中国南方の特殊なイオン吸着型風化殻鉱床がほぼすべてといってよく、(漂砂ないし初生)ゼノタイムからの生産はとるに足らない。