820.バストネス石 Bastnasite (パキスタン産) |
パキスタンは20世紀における宝石鉱物のメッカのひとつで、ベリル(アクアマリン、モルガナイト)やトルマリンなどの途方もない美麗結晶がしばしば愛好家を瞠目させてきたのであるが、21世紀に入る頃からさまざまな希産種標本がこれに加わるようになったと感じる。おそらく世界的な鉱物市場の成熟に伴う現象で、インターネットの普及と相まってマイナーな標本の需要が(換金性が)急速に増大したことと密接な関わりがあるだろうと思う。というのもこの頃からパキスタンに限らず世界各地の希産種標本が同時的に提供され始めたからである。ネット効果により、それまで市場経済に乗らなかったものが乗せられるようになったのだ。
スカルドゥ産のヴェイリネン石(バイリネン石)然り、ザギ(ザガ)山地産のチタン鉄鉱(結晶)然り。このページのバストネス石もその一つである。アフガニスタンとの国境に近いペシャワールは近隣に産する鉱物標本の集散地であるが、ここに本鉱が出始めたのは
1999年2月頃だったという。当時はアフガニスタン、クナールの山岳地帯シンワロ産との触れ込みで、険しい山道を何時間もかけて登って採集にゆくがバストネス石が見つかることはきわめてマレだと語られた。
しかし
2001年にはすでに西洋圏の標本商たちは本当の産地がザギ山地にあると知っていた。そこはペシャワールから北西にわずか
30キロの土地で、山地といいながら
150〜200m ほど隆起した低い丘陵が 3 x 5 km
の範囲に広がっているに過ぎない。周囲は平坦な高原で、峻嶮な山岳部に入る手前の前衝地帯なのである。
そしてこうした情報があっという間に世界中の愛好家にも伝わるのが今の時代であり、需要は急速に立ち上がって、翌年にはザギ山地のほか、カイバー地方のトル・ガルやスペラ・ガルなどからも標本がぽこぽこ出てくるようになった。いずれも(やや片麻岩化した)アルカリ花崗岩帯にあり、多くはアルプス式熱水脈中に産してペグマタイトに生じたものは少ないとみられている。
ザギ産は当初、分離結晶だけが提供されていたが(風化後の崩落土や沖積土から採集されたもの)、トル・ガル産ははなから母岩付で出回った。ザギ産のバストネス石は6cmに及ぶ自形結晶があり、世界最大級と折り紙がつけられた。類縁のパリス石やゼノタイム、またジルコン、くさび石、ルチル、チタン鉄鉱、トール石、ジェンス・ヘルバイト、蛍石なども一級品が出ている。パワーストーン市場では水晶も銘柄品っぽく扱われているようだ。
バストネス石は組成 (Ce,La) CO3F。セリウムやランタンなど希土類のフッ化炭酸塩で、セリウム優越種は
Bastnasite-(Ce), ランタン優越種は Bastnasite-(La)
と区分される。パキスタン産は概ねセリウム優越種で、
Ce:La の比は 2.5-3: 1程度が典型とみられる。このほかネオジウム
(Nd)優越種や、イットリウム (Y)
優越種も存在する。緻密な結晶構造のため比重が5前後あり、炭酸塩としてはかなり重たい(白鉛鉱はもっと重たいが)。
ちなみに
-(La), -(Nd), -(Y)
種といっても必ずしも成分比が過半を越えるわけでなく、組成式第一項のサイトに含まれる各種希元素のうちでもっとも比率が高いというニュアンスである(希土類鉱物では一般的な区分法)。他に含まれる希元素には
プラセオジム(Pr), サマリウム(Sm), ガドリニウム(Gd), ジスプロシウム(Dy), エルビウム(Er)
などがあり得る。放射性のトリウム(Th)を含むことは普通にある。フッ素 (F)成分が水酸(OH)成分に置換されたものもある(水酸バストネス石、ただし結晶構造は異なるという)。
本鉱の原産地はスウェーデンのバストネス鉱山(鉄鉱山)で、1825年にベルツェリウスが
"flusspatsyradt
cerium"とした黄橙色の物質が最初の記録とみられるが、1832年にビューダンは basicerine
(セリウムの塩基性化合物)と、1838年にヒーシンゲルは
"basiskt fluor-cerium"(塩基性フッ化セリウム)とそれぞれ命名しており、19世紀には
"hydrofluocerite"(水酸セリウムフッ化物)、"fluocerine"
の名でも知られた。ちなみにバストネス石の名は産地に因んで
J.J.N.Huot が1841年に与えたものである。
水(水酸)成分が含まれることを示したのはヒーシンゲルだったが、ノルデンショルドは1868年に再調査を行ってこれを否定し、"hamartite"
という奇妙な名を与えている。ギリシャ語で「間違いをした」という意味だという。鉱物学者は時々ヘンなことを考える。
ヒーシンゲルやノルデンショルドはバストネス鉱山でも本鉱はきわめて珍しいものだとみていたが、実際にはほかのセリウム鉱物と混合して、微小な粒状で普遍的に存在している。ただ標本クラスの板状自形結晶はやはり稀である。パキスタン産のような数センチサイズの結晶はやはりボナンザとして扱うべきものだろう。