889.ベスブ石 Vesuvianite (カナダ産)

 

 

vesuvianite asbestos

ベスブ石 −カナダ、ケベック州アスベストス産

 

カナダ・ケベック州のアスベストスは、高品質の石綿(アスベスト)を産することで知られた。ロシアのアスベストに次ぐ、世界第二の大鉱床である。
モントリオールから東に160キロ、もとは樹林に覆われた起伏の乏しい丘陵地で、18世紀の初め頃はただ地味の乏しい林地だった。近在の農夫のおかみさん方は、ウェッブズ・リッジと通称される岩棚の岩石を砕くと長い繊維が採れることに気づいて、これを織って手袋や鍋つかみなどを作ったという。繊維は頑丈で耐火性があった。
1881年(※MR Vol.35-No.2, 2004 には1879年と)、ウェールズ系の山師エヴァン・ウィリアムズがこの地を訪れ、売りに出されていた林地がクリソタイルの鉱床であることに気づいた。彼は地元の富裕な農家W.A.ジェフリーに、購入して鉱山として経営することを勧めた。
それから14年ほど、夏のシーズンになると小規模な石綿採掘が行われたが、利益はとんとんといったところだった。ジェフリーは 1895年に利権を手放し、これを買い取ったフョードル・ボアスは石綿会社を作って機械化採掘を始めた。採掘量は飛躍的に伸びて、原鉱からの石綿生産法も改良されて産量を増した。
1918年からはカナダ系のジョンズ-マンヴィル社が経営権を握り、以後長きに渡って運営した。露天掘り孔は時とともに拡大してゆき、1969年には隣接する住居地の移設が必要になるほどだった。1977年には径 2km、深さ 310mの巨大孔となり、石綿生産量は日産 2,200トンに及んだ(年産60万トン)。開口縁の東に作られた町アスベストスは大賑わいで、数百人の鉱夫とその家族の住宅が建ち並び、彼らのための娯楽施設や公共サービス施設も充実していた。

石綿というと人体への有害性から今日では多くの国で使用禁止製品となっているが、その危険性が広く知られ始めたのは 1960年代頃からである。70年代にはジェフリー鉱山でも鉱夫の健康に配慮して採掘〜石綿製造法の改良に取り組み、飛散物を出さない操業が試みられた。80年代には鉱夫や住居エリアへのリスクは事実上存在しないと言われた(※現在は虚偽だったとされている)
しかし消費者側はそうはいかず、石綿の需要は80年代以降激減した。鉱山は産量を落とし、底部の高品位鉱を主体とした採掘にシフトした。カナダ政府の財務支援を受けつつ操業を続けたが、2001年に支援が打ち切られると、新たな採掘も行われなくなった。露天掘り孔の深さは 350mに達していた。

蛇紋岩帯を掘るジェフリー鉱山は往時、鉱物愛好家への神対応で有名だった。グロッシュラー(灰ばん柘榴石)を始め、さまざまな美麗鉱物結晶を産したが、一般人が鉱山の敷地内で標本を採集することは、通常の安全面に加えて石綿の健康問題もあって禁止されていた。しかし新しい採掘エリアで結晶鉱物が見つかると、会社はその岩石を回収してズリ(捨て石)として敷地のすぐ外側に積み上げておくのだった。そしてその「採集家ズリ場 collector's dump」では誰もがなんの制約もなく採集に耽ることが出来た。(もちろん何かあったら自己責任である。)

ベスブ石はジェフリー鉱山の目玉鉱物のひとつで、たいてい淡緑色をしていたが、時にピンク〜赤紫色の結晶が出た。色の濃いものはルベライト(赤色のリチア電気石)に似ている。
赤紫色のベスブ石は比較的珍しいものである。シンカンカスの甘茶鉱物学(1964)にはケベック州モントリオール・クロム坑産の微小結晶が挙げられているが、1980年代にはジェフリー鉱山産がこのテのベスブ石の一手卸元として知られた。クロム鉄鉱と共産し、またクロムを含有するという。発色はクロムに因るとも言われるが(そういう口ぶりで売られていたりするが)、最近の関連記事は慎重で、言及を避けているようにみえる。
楽しい図鑑(1992)もそれらしいことを書いているが(含クロム、と)、発色要因とは言明していない(文脈的にそう受け取ることは可能)。

No.890 含クロム・グロッシュラー に続く。

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