953.カテドラル水晶  Quartz Cathedral (ブラジル産)

 

 

Cathedral Quartz カテドラル水晶

カテドラル水晶 錐面や柱面に軽微のねじれ小面がみてとれる
−ブラジル、M.G., コリント産

複雑なカテドラル式の錐面を持つ標本
(やや暗めに撮影しているが、実際はごくごく淡い煙水晶

錐面に現われた三角式の面成長模様と、柱面のマクロモザイク

渦巻き型の面成長(層成長)の起点が複数存在することが分かる

カテドラル水晶の錐面に生じている三角形状の分画模様
錐面と柱面の境界角(かど)に微斜面も見える
No.48 の標本 -ブラジル、M.G.、レスプレンドール産

 

水晶において、結晶がアライメントをずらして成長してゆく(かのような)機構は、何か本質的な性格を持っていると思われる(cf.No.950)。
一般に結晶は確率的事象として欠陥を含んでいる。むしろ欠陥(特に転位)が駆動力となって結晶の成長速度を大幅に増進させるのがセオリー、とさえ言える。構造上の点欠陥には元素(原子)の置換・欠落・過剰、結合鎖の不全などが想定されている。水晶 SiO2 の場合の典型モデルを下図に示す。

元素の置換は原子間の結合距離や結合角の異同をもたらす。異なる電荷数の元素の組み込み、例えば珪素(Si4+)を置換してリチウム(Li+)やアルミニウム(Al3+)が入ると、電荷バランスを補償するために異物(陽イオン)を引き寄せる傾向が生じる。ごく少量の Na, K, Ca, Mg, H2Oなどが構造の空隙に割って入ることがあり、 Ti, Fe, H, Cu, Ag, P も介入しうることが知られている。Si4+のイオン半径 (0.26A)と比べると、Al3+やGe4+は 0.39Aとやや大きく、 Li+は0.59Aでかなり大きい。ピレネー産の石英(水晶)には Si:Ge= 9:1に達するものが報告されている。こうした置換は一方で SiO4四面体の形状にいくらかの歪み代をもたせると考えられる。原子(イオン)の欠落した空孔や結合鎖の機能不全は構造に脆弱性をもたらし、やはり歪みの元となる。

歪みの結果、結晶格子の配列に転位(群)が導かれ、転位のなかには何時までも解消されずに結晶面の層成長をリードしてゆくものがあると信じられている。
とはいえ、点欠陥に始まる分子レベルの歪みが、ただちにマクロな形状の歪みに繋がっているかどうかははっきりしない。直観的には、ある程度の大きさを持った単結晶(領域)がアライメントを僅かにずらしながら集合した(準)多結晶体と捉えた方がもっともらしいと思われる。仮に構造上の欠陥がなくても、アライメントは自然にずれてゆくのかもしれない。(cf. No.952
またドフィーネ式双晶やブラジル式双晶など、電荷バランスの分布に局所的な偏り(対称性の低下)を伴う双晶現象も視野に入れる必要があろう。ブラジル式双晶はそもそも多結晶体の性質である。双晶面とマクロな接合面とが必ずしも一致しない現象も、形状の不均衡に寄与すると思われる。要するに私が今言えることは、「クリアな説明は難しい」ということくりあである。

さて、ここに挙げる水晶は一部の人々の間で、「カテドラル(大聖堂)」と愛称されるものだ(※補記)
全体として一本の大きな単結晶の形をしているが、ディテールを見ると柱面の一部に小さな錐面が現われていたり、柱面から錐面への遷移領域が階段状を呈して局部的に相互遷移を繰り返す形を特徴とする。そのため柱面の下部が幾分太くなる傾向があったり、錐面の一部が細かく分かれて尖塔や小窓を連ねた形に見えたりする。すなわちキリスト教世界の教会建築に見られる伽藍・大聖堂を連想させるのである。澄んだ結晶はまさに水晶宮で、精霊が宿っているといいたい気分に誘われる。上の標本など、なんとなく天上的に清らかなのである(と個人的に思う)。
こういう水晶を見ていると、錐面や柱面はいつどこでも分枝的に発現しうるのだと思える。すると普通の、柱面と錐面がきっぱりと分かたれた一回性の単結晶こそ摩訶不思議、奇跡的に整った形状のようにも思われたりする。
ところでカテドラル水晶の結晶面をよく見ると、分岐している等価な柱面同士や錐面同士は、しばしば平行関係からわずかにずれて傾いている(旋回している)ことに気づく。そしてマクロモザイク構造を伴ってもいる。ということは、この種の一本独鈷に見える結晶も、実際にはやはりアライメントのずれた小結晶体が集合して一つの全体秩序の下に統合されているのであろう。

上の標本はブラジルのコリント地方産。ディアマンティナの町(かつてダイヤモンド採掘で賑わった)から西に100kmほどに採集エリアがあり、さまざまなタイプの美麗水晶を出してきた。きわめて複雑な端面を具えた「ロケット・クリスタル」が有名だが、これは今日、アーティチョークとかパイナップルとか呼ばれる類のものである。
この標本の錐面の頂の部分は、小さな面がコテで重ね塗りしたかのように現れている(2枚目の画像)。この面はその下にある錐面に対してやや傾いており、向かって左側よりも右側の方が外に出ている。言い換えると柱軸周りに左巻きに回って被さっているように見える。では柱面も含めて全体的にその傾向があるのかといえば、そうでもない。右巻きに被さったように見える面もある。実際のところは、相互に角度を持った小面が重なり合って、どの面が外側にあるかで見かけの巻きが変わるのだ。

下の標本は同州のレスプレンドール産と標識されたもの。今から四半世紀ほど前の新宿の国際ショーで、ブラジル産に強い外人業者さんから購った。ラベルに Cathedral Quartz とあり、以来この形状が私にとっての「カテドラル」の規範となった。
複雑な分岐面を持ち、よく見ると s面や x面などの微小な結晶面も出ている。これら小面の並びからするとドフィーネ式の双晶領域を含むらしい。柱面にマクロモザイクがあり、錐面には渦巻き成長ステップが束ねられたらしい、膨らみのある三角式の成長模様が観察できる。小さな結晶なのだが、いろいろな特徴が見えて見飽きない。

 

補記:「一部の人々の間で、『カテドラル(大聖堂)』と愛称される」と書いたのは、私には別の形状/カテゴリーに思われる水晶を「カテドラル」と呼ぶ向きも少なくないから。
ワニの背中のデコボコのように両頭式の錐面・柱面が位相を揃えて並んだ形状をカテドラルという人々があり(私はこれを「ジャカレー」と覚えている)、スケルタルな骸晶式の結晶をそう呼ぶ向きもある(フェンスター fenster の類)。
小窓の並んだゴテゴテした幾何学的集合体を「エレスチャル」と称して、カテドラルと同義的に使う人々もある。
エレスチャルとは「セレスチャル Celestial」(天上的)をもじった造語で、本性的には形状よりもむしろ内部に高次の精神的存在が宿っていたりチャネリング出来たりする霊的な水晶を言うのらしいが、そりゃちょっと盛り過ぎじゃないのか、と私としては思う。
上述のように、私だって天上的と感じるカテドラル形の水晶があるけれど、カテドラル形の水晶がみな天上的かと問われれば、イエスとは言えないはずである。それが自然の理ではないか。

cf. ヘオミネロ博物館の「カテドラル」水晶

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