970.水晶(食像) Quartz Etched figure  (ブラジル産)

 

 

 

No.939 のツイン標本を別のアングルから

上の画像に基づく結晶図
破線は境界が明瞭でないところ

ツインの左側の結晶 z面(錐面)の下の柱面 2-1 上部の食像。
左に尾を引く。右側の錐面(r面)の左肩に s面があり、
左手水晶の形態を持つ。
s面の左下に条線がある(r面を構成する稜に平行)

s面の左下の領域の拡大(顕微鏡画像)
細かい食凹が散らばっている様子をみると、
整った(条線を伴う)微小面が出来た後から
浸食が起こったように思われる。

ツインの右側の結晶も z面の下の柱面に食像が現れている

柱面1-2の拡大画像。食像は右に尾を引く。
左の r面の右肩に細長い s面があり形態的な右手水晶
結晶面の構成は上の結晶図を参照。
左側の縁に、縦細の面が生じかけているように見える。
柱軸の上から見下ろした形。No.939に書いた通り、
この標本は左水晶と右水晶とのツイン
それぞれs面が(小さいが)3つとも視認できる。
右の結晶(1)は z面下の柱面のうち 1-1, 1-2の2面に
食像が見られる。左の結晶(2)は z面下の柱面の3面ともに
食像が見られる。r面下の柱面は軽い条線があるが、
おおむね平滑で浸食の様子がない。

青線は錐面の頂点から r - r 面、 r - z 面、r - s 面の間の
稜を辿った軌跡。左の水晶(左手水晶)は r面の左側の稜を、
右の水晶(右手水晶)は r面の右の稜をなぞる
(それぞれ s面のある側)。
左手水晶は卍式、右手水晶は逆卍式、
あるいは風車状の三脚巴紋(トリスケリオン)が描ける。

 

No.968 から水晶の z面下の柱面(傾斜柱面)に現れる食像について述べてきたが、もう一例をブラジル産の標本に示す。No.939の山入りのツイン水晶で、姿の整った概形を持つ。錐面はいずれも平坦で稜は角が立っているが、r面が柱面と接する縁の部分にはあたかも摩耗したかのように擦れた印象の微斜面(細長い結晶面)が出た箇所がある(上の2枚目の結晶図に水色丸で標識した面)
柱面では r面の下の面はほぼ平坦で、軽く条線(柱軸を垂直に切る水平線)も見えるが、z面の下の柱面は3面とも浸食を受けたと思しい無数の陥没部が現れて相貌を違えている。
このように柱面の性質が浸食(食像)において二群に分かれるのは、No.968, No.969 の標本とも共通の性質と思しい。
食像の様子は z面に近い上部と遠い下部とで違っているが、これは No.969と同様で、上部は多少の傾斜柱面になっている(ただし柱面/m面 との境界は明瞭でない)。食像の形は No.968とも No.969ともまた違うのだが、左右のいずれかに尾を引く傾向は共通している。
1枚目の画像で左にある結晶は形態的な左手水晶で、食像は右下から左上に跳ね上がる長辺が特徴。三角形というより多角形的であるが、この跳ね上がりが左に尾を引く印象を与える。3枚目に 2-1の領域の柱面を拡大して示す。
1枚目の画像で右にある結晶は形態的な右手水晶で、5,6枚目の画像に 1-2の領域の柱面を正面に示した。食像は No.968の標本にわりと近い形状で、左下から右上に跳ね上がる二等辺三角形ないし多角形である。右に尾を引く印象を与える。
この標本でも、水晶の対掌性に応じて食像にも対掌的な特徴のあることが認められる。

「尾を引く」という感覚は、「単なる思い込み」「そう思って見るからそう見える」というキライがなきにしもあらずだが(照明のあて方で随分見かけが変わる)、顕微鏡を使って微小な凹像を観察すると、この傾向はいっそう明らかと思われる。⇒食像のディテール

さまざまな食像形状(小さな食像の重ね合わせとして発達)

 

さて、No.968に市川新松博士が観察した天然食像の図を示した。図版V
博士の用いた遊泉寺産の紫水晶は錐面にも柱面にも食像が観察されており、錐面では(柱面を向いた)下向きの三角形▽が、柱面では左右いずれかを向いたクサビ形が基本となっている(形状は産地によって異なる)。右手水晶で見ると、z面下の柱面 a の食像はクサビが右を向き、r面下の柱面 b では左を向いている。
これがドフィーネ式の双晶になると、a面と b面との区別が曖昧になり(領域が入り乱れ)、一つの柱面に両方向を向くクサビ形が現れて、一見訳の分からない不規則な分布である。しかし、もしこれらの分布範囲に境界を見出すことが出来るとすれば、その境界線はおそらくドフィーネ双晶の接合面に相当すると考えられよう。
このように食像を調べることによって、形態的な特徴が現れていなくても、@右手水晶と左手水晶との判別が出来る、Aドフィーネ双晶の領域の有無とその境界を判断することが出来る、というのが博士や先行研究者らの主張であった(ただし z面と r面とが適切に識別出来ることが前提になると思われる)。
博士はまた、錐面に現れる微斜面(vicinal faces: 成長丘)の三角模様も左右水晶の別に応じて対掌性を持っており、判定に資することが出来る(食像で判定するよりさらに正確)と指摘した。
また食像の形状や出現する面の方位は、水晶が持つ結晶構造や電気的特性(局所的な極性分布)を反映していると考えられ、当時(まだX線回折による分析が知られなかった時代)は構造を窺う有力な研究手段ともみられた。

とはいえ、食像の発達した天然水晶の産出はそれほど多いわけではない。すべての面に食像が現れるとも限らない。そこで管理された条件下で人工的に食像を作って観察してはどうか、という発想が出てくる。
実際、水晶の人工食像の研究は早く、 1816年にイギリスの化学者ダニエルがフッ酸を用いて錐面や柱面に現れた凹像を観察したのが事始めという。
フッ酸(弗化水素酸)は金や白金以外のほとんどの金属を侵し、ガラスも侵してしまう危険な試薬であり、もちろん水晶(石英)を腐食して溶かす。フッ酸は蛍石(フッ化カルシウム)の成分であるフッ素と水素との化合物であるが、蛍石は欧州で昔から鉱石を溶融するための融剤(フラックス)として利用されていた。
1777年にスウェーデンのシェーレは蛍石(フローライト)の粉末を硫酸で加熱するとレトルトのガラスが腐食されることに気付いた。硫酸の働きによって蛍石から追い出された酸の作用と考え、この酸をフロール・ザウアー(蛍石酸/フッ酸)と呼んだ。科学界では「スウェーデンの酸」と呼んだ。
この酸は実はレトルトの成分と化合した別の酸を含む混合物だったが、1809年にフランスのゲイ・リュサックが鉛製のレトルト中で蛍石と硫酸とを熱することによって純粋なフッ酸を得た。ダニエルの実験はそれからほんの数年後に行われたわけである。しかしその後、知見の蓄積はさほど進まなかったようだ。

市川博士の研究はほぼ1世紀後に行われ、博士自身はモーレングラーフ氏らの先行研究をさらに推し進めたものと述べているが、日本はもとより世界的にも先駆的な業績と目されている。博士は先行研究で示されなかった微小面上の食像について記述し、錐面の特定の箇所に生じる食溝について詳しく示した。水晶球に施した人工食像や長期間の浸食で生じる形態の変化についても興味深い観察を述べている。
ちなみに 1927年のA.P.ホーンズ「結晶の食像の性質、起源及びその解釈」も依然古典だそうで、食像の研究が盛んになるのはこれ以降のことらしい。日本では東北大に気運が興った。
博士が竹森産の天然水晶をフッ酸に漬けて生じた食像をスケッチした図を次に示す。

上図は左手水晶のものだが、右手水晶の場合は(どの結晶面でも)食像の形が柱軸を通る平面を鏡面とした左右対称形になる。錐面に生じる食像は r面と z面とで形が違い、また 左手水晶と右手水晶とで左右対称なので、左手右手の別、ドフィーネ双晶の有無、そしてブラジル双晶の有無や領域をも判別出来ることが指摘されている。(図中の稜の二重線は食溝)

人工食像の形は先に挙げた天然食像と明らかに異なっているが、この点について博士は次のように推論している。
「前記の天然蝕像中、就中、模型とすべきものは遊泉寺産の紫水晶にして、モーレングラーフ氏の柱面の蝕像は一般に之を日本産のものに応用し得べからざるが如し。
ここに最も注意すべきは天然蝕像の稜に存する細溝の位置及び面に現る蝕像の向き方は人工蝕像と全く正反対なることにして、これその原因は腐蝕液の性質を異にするに因るものなるや明らかなり。
そも水晶は熱あるいは圧によって電気を起こすものにして、前者は焦電気と呼び後者は圧電気と呼ばるることはすでに先輩の研究によって明らかなり。水晶はまた以上のほか、腐蝕液に浸食せらるる場合にも、互隔の稜に異性の電気を起こすものなり。余はこれを蝕電気と名づけたり。この場合において、フッ酸の如き陰性イオンを有するものは、水晶における陽性の稜より腐蝕を始め、アルカリ塩類等の如き陽性イオンを有するものは水晶における陰性の稜より腐蝕を始むるにより、天然及び人工の蝕像には方向互いに反する細溝(稜においての)及び蝕像を生ずるによるものなるが如し。これによって見れば、天然蝕像液中において水晶球あるいは、両頭の水晶を腐蝕せしむるときは、人工蝕像とその方向全く相反する不正四面体様の原形を生ずることは疑いなき処なり。」

言い換えると、人工食像はフッ酸によって浸食された凹像だが、天然食像はフッ酸でなくアルカリによる浸食で生じたと考えられ、水晶に作用する電気的特性が異なるためにその方向が反対なのだろう、というのである。
ちなみに水晶はフッ酸のほか、300℃以上では燐酸、アルカリ、アルカリ金属化合物の溶液ないし雰囲気中で浸食される。
博士の考えが当たっているかどうか私は分からない(アルカリ環境で人工食像を作る実験をすれば確かめられよう)。しかし当たっているとすれば、フッ酸によって浸食された天然水晶があれば、やはり人工食像と同じ方向性の凹像を持っているのであろうし、逆に No.968-970で示した食像の例が博士の観察に整合するということは、これらもまた遊泉寺産と同様の浸食環境(アルカリ)で生じたということになろうか。

ともあれその後、フッ酸による人工処理はいろんな人が研究して、食像の形状に共通認識が持たれるようになった。そして水晶の双晶の有無等の判別に用いられた。
下図は Dana 7th(1963)にフロンデルが示したフッ酸による食像の理想形状である。


錐面に現れた形状は、よく見ると r面のものと z面のものとでクサビ形の傾きが若干異なる。そのバリエーションをもう少し詳しく示した例が下図である。

こちらの図では錐面の食像の辺は幾分カーブを帯びている。
フッ酸処理によって概ねこうした形の食像が得られるはずだが、繰り返すが危険な試薬なので、甘茶愛好家があえて手を染めることはけしてお勧めしない。天然食像を見て楽しんで善しとしたい。

ところで遊泉寺産の水晶の錐面の天然食像は下を向いた三角形▽で示されていた。このテの下向き三角は No.967のスイス産煙水晶の錐面にもみられ、パワーストーン世界ではトライゴーニックと呼ばれて、特別象徴的なイメージが付与された形状である。この形がフッ酸処理で生じる一般形でないのは面白いところだ。
ついでに言うと、フッ酸を用いてもその濃度や環境によって、生じる形状、進行速度はかなり異なるそうである。また腐食剤の種類や濃度によって食像の形が異なることは一般にみられる現象で、例えば燐灰石はさまざまな酸に溶けて食像を生じるが、形状は酸の種類で著しく異なる。

錐面の食像について、東北大の大森博士は、柱軸方向の浸食によって生じる凹像との関連を示唆された。水晶はふつう柱軸方向への成長速度が格段に速いと考えられ、そのため 柱軸に垂直な c面(錐面の頂上を水平に切った時にあらわれる平面)は見られない。人為的に c面を作って腐蝕すると(あるいは水晶球の柱軸の極付近では)、正三角形の中央のとがった凹像が得られる。凹像の内面は三角形の2頂点と中心点とを結んだ二等辺三角形3つで構成される。これらの面指数は{ 1 1 2 2}でξクシー面に相当する。そして、この面を錐面上に投影した形状が、錐面上の食像のクサビ形なのだという。(しかしそれならなぜ r面と z面とで形状が異なるのか説明できないが。)
ちなみにc面上の三角形の食像は、腐食が進行すると風車状の尾を伸ばして、左手水晶では反時計回りに巻き、右手水晶では時計回りに巻く。ちょうど8枚目の画像に示したトライケリオンのように。
このページの食像の話は以上。

テキストが長くなったが、結晶面の構成について触れておきたい。
この標本は No.969の標本と同様に z面の下の柱面が浸食され、同様に z面の下にいくつかの微小面が現れている。2番目の画像(結晶図)に示すように、z面直下の傾斜柱面(緑色丸で標識)や、 s面の下に丸みを帯びながら傾斜して縦細に伸びてゆく面(桃色丸で標識)などだ。
縦細の面は、この柱面では縦方向の稜線が明瞭でないが、反射光の現れる角度を調べると明らかに柱面と異なる傾きを(左右方向に)持っている。浸食が進むと稜がはっきりしてくるのかより曖昧になるのか、なんとも決め難いが、ただ、平坦な面や直線的な稜が現れるには、浸食作用だけでなく面成長が進行しなければならないと思われる。
左手水晶の、左側の r面と柱面(2-1)の間(s面が現れない側)にある水色丸で標識した面は、上述の通り r面の縁が摩耗して現れたかのような面で、No.969の標本では観察されなかったものだが、逆にNo.969では s面の現れる側で同様の微傾斜面が見られた。この2種はあるいは同様の性格であるかもしれない。
この左手水晶では r面の右稜が柱面と接する箇所が3つあり、いずれでも水色丸標識の面に相当する面が存在する。右手水晶は r面の左稜が柱面と接する箇所が1つあり、ここにこのタイプの微傾斜面がみられる。

以下にほかの柱面の結晶面構成を示す。

右手水晶(左側の結晶)のr面左稜に水色丸標識の長い面がある。
この面の傾きは錐面に対して緩く、 s面とは異なる。

 

なお、このツイン水晶は、左手水晶と右手水晶とが r面下の柱面を対称鏡面とした配置で接合している。(7番目の画像の説明参照)。仮にこの先成長が進んで、結晶同士が融合して一つの大きな単結晶形をなしたとすると、ちょうどこの対称鏡面を双晶面に持つブラジル式双晶になったはずだ。

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