969.水晶(食像2) Quartz etched figures (USA産)

 

 

 

水晶  z面の下の傾斜柱面に食像の見られるもの
No.49の標本  -USA、アーカンソー州産

肩に現れたさまざまな微小面と食像
形態的に右手水晶と思しい

上と同じ結晶の別の z面下の柱面の食像、及び柱面の左縁に現れた縦長の面(おそらく浸食による)

拡大画像
上部(傾斜柱面)の食像は右に尾を引く形
同じ結晶のさらにもう一つのz面下の柱面の食像
左縁の上部にやはり浸食によるらしい面が現れている

同じ標本の別の結晶
z面下の柱面の食像と左縁に現れた縦長の面

上の結晶の別のz面下の柱面に現れた食像と左縁に現れた縦長の条線面

また別の(3つめの)結晶
z面下の傾斜柱面の食像と右縁に現れた縦長の面
食像の左右の偏り方が上2つの結晶と対掌

 

No.968のマラウィ産の煙水晶は、z面の下の柱面(傾斜柱面)に強い浸食作用が生じて肉眼的な凹像が現れたもの、のように見えるが、もう一つ同様の例を紹介する。
このページの画像は No.49の水晶で、やはり z面の下の柱面に明瞭な食像が見られる。6つの錐面(r面及びz面)はほぼ鏡面で浸食の様子がなく、r面の下の柱面もまた浸食の様子はないか、あっても軽微である。つまり3つの柱面でだけ選択的に強い浸食作用が起こった、らしいのだが、ちょっと考えると不思議な感じがする。
水晶の両頭理想形状を思い浮かべると、z面下の柱面とは r面上の柱面のことである。一方、r面下の柱面とは z面上の柱面のことだ。結晶モデルを見る分にはこの2種の柱面は上下(柱軸方向)の配置が互いに逆向きになっているだけのように思われる。しかし実際はそうでなく異なる性質を帯びているのだ。水晶は六方石と呼ばれるが、構造的には六方晶でなく三方晶であり、隣接する2種の柱面の組が 3つ連なって六角柱を形成していることが窺われる。一口に m面といっても実質は二群に分かれる。

この標本は群晶だが、いくつかの単晶に共通していることは、強い浸食が起こっているとすれば、基本的に z面下の柱面であること、そしてこの面は頭部の錐面に向かう方向に傾斜した領域(傾斜柱面:下の結晶図の紫色丸及び緑色丸で標識した面)を持つ傾向があることだ。そのため間にある r面下の柱面は先端にゆくほど幅が細ってゆく。これはムソー晶癖の結晶、あるいはレムリアンシードと同様の性質であるが、No.943の疑三角柱状の結晶の柱面とは逆の性質である。
この標本に限って言えば、3つある z面下の柱面のうち、強い浸食はたいてい2つの柱面で起こり、残る1つは比較的軽微の浸食に留まっている。群晶をなす個々の結晶の配置を考慮したとき、浸食が強いのはおそらく水晶が流体(熱水)中にあったとき流れに対向する配置にあった面で、軽微なのは流れに対して裏側に回った面ではないかと想像される。

さて1番目の画像の単晶だが、正面に見えている錐面は z面で、その左に大きく発達した r面が見られ、両者の間の肩に s面や x面などの微小面がはっきりと出ている。竹を斜めに切ったような偏奇した巨大な錐面はドフィーネ晶癖と呼ばれる形状で、No.941に書いたようにアーカンソー産水晶の観察によると、熱水の流れの裏側に生じやすい成長の遅れた面である。z面下の柱面は上部が軽い傾斜をなす傾斜柱面になっており軽微な浸食がみられるが、その下の柱面はほとんど浸食の様子がない。従ってこの観察に整合している。
秋月「山の結晶」によると s面や x面は3つの r面の発達に偏りがあるときに現れるという(私としては、そうとも限らないと思うが)。
s面、x面の r面に対する配置からすると、形態上の右手水晶といえる。x面の表面は擦りガラス的で他の面より透明度が低い。下図に結晶面の配置を描画した。

1番目の画像の結晶面図

この単晶の特徴は s面や x面のほかに、z面下の柱面にいくつかの微小面が出ていることである。柱面の左縁にはs面の下に縦長の整った面があるが、s面に近いところは幾分 s面に向かって丸みを帯びた傾斜になっている(結晶図の桃色丸標識の面)。s面との間の稜線に平行な条線が見られる。この面の右側には二段の傾斜柱面があり、下の広い方の傾斜柱面には右に尾を引く食像がある(2番目の拡大画像参照)。食像の左右の偏奇性は No.968の標本での観察と同じ傾向である。
これら縦長の面と広い傾斜柱面は、あるいはプラス方向の成長だけで現れるのでなく、マイナス方向への成長、すなわち浸食作用との協働によって生じるのではないかと疑われる。

同じ単晶の別の z面下の柱面を観察したのが3番目の画像である。この面では浸食作用が激しく、右に尾を引く食像が盛大に出ている(4番目の拡大画像を参照)。柱面の上の方と下の方では食像の形状に違いがある。理由は私には分からないが、ただ上の方は長い傾斜柱面をなす領域で、下の方は柱軸にほぼ平行な柱面の領域であることを指摘したい。
なお、左側の柱面(r面の下の柱面)にも食像が見られ、その形状は少し異なっている。この形状については改めて取り上げるつもり。下図に結晶面の配置を描画した。

3番目の画像の結晶面図
破線より上は傾斜柱面の領域

先に説明した z面下の柱面と同様に、小さな s面の下の左縁に縦長の面が現れているが、随分と長く伸びている。s面に近いところはやはりカーブを描き、s面との間の稜線に平行な条線が縦長の面全域にわたって観察できる。柱面の食像の形状が変わるのはこの縦長の面の下端あたりが境で、別の見方をするとこれより下が柱軸にほぼ平行な柱面、上が長い傾斜柱面となっている。

5番目の画像は、同じ単晶の残るもう一つの z面下の柱面である。浸食の程度は強い。食像に関して上の説明とほぼ同じことがいえる。下図に結晶面の配置を描画した。

 

5番目の画像の結晶面図
z面下の柱面と、左側の r面との間の稜にも浸食によるらしい細長い面が現れている
破線より上は傾斜柱面の領域

この箇所では z面下の柱面の左肩が r面に接しているが、この間に細長い、やや丸みを帯びた面が現れている(結晶図の茶色丸標識の面)。おそらくこの面の出現も浸食作用と何らかの関係があると思われる。

6番目と7番目の画像は、別の単晶の z面下の柱面を2面示した。この単晶は z面の下が発達した傾斜柱面になって長く伸び、結晶形は r面下の柱面が狭まって、三角柱に近い形になっている。そのため z面はごく小さく視認出来るか出来ないかといった感じである。 s面や x面は観察できないが、右に尾を引く食像からすると、おそらく右手水晶と思われる。下図に結晶面の配置を描画したが、この単晶でも先と同様に柱面の左縁に縦長の面がだらだらと下に伸びていることが分かる。これらの縦長面は先と同様の右上がりの斜め条線が全域に見られる。

6番目の画像の結晶面図

7番目の画像の結晶面図
(6番目と同じ単晶)

8番目の画像はさらにもう一つの単晶(3つ目)である。下図に結晶面の配置を描画した。先の2つの単晶と異なるのは、柱面(傾斜柱面)の食像の左右の偏りが逆で左に尾を引いていることである。また r面と柱面との間に生じる細長い面及び縁の縦長面が右縁に現れていることだ。
おそらくこの単晶は左手水晶なのだと思われる。

8番目の画像の結晶面図

以上、 浸食作用を受けた z面の下の柱面の様子を示したが、傾斜柱面の食像の左右の偏りは、少なくとも形態的な右手水晶では右に尾を引く傾向があり、No.968の標本や市川博士の観察と一致する。
また r面と柱面との間に現れた細長い面は、市川博士の遊泉寺産紫水晶(右水晶及び左水晶)に描かれた溝と同じ配置と思しく、浸食によって現れた可能性が高い。
また柱面片縁の縦長の面もいかにも浸食によるものに見受けられる(※補記2)。傾斜柱面は比較的浸食作用に弱いようである。あるいはこの面自体が浸食作用との協働で成長する性質の面なのかもしれない。理論的に高指数面は低指数面より弱いと考えられる。

cf. No.970

追記1番目の画像の結晶図に示したのと同様の構成の微小面群を、No.940 の標本にて示す。No.940の一番目の画像に見えている領域である。

上の画像の結晶図
x面、x面の上の微小面(茶色丸)、s面、
s面の下でカーブを描いて伸びる縦細面(桃色丸)、
s面の下の微斜面(水色丸)、z面直下の狭い傾斜面(濃緑丸)、
z面の下の傾斜柱面(紫色丸)、r面と柱面の間でr面の縁に
現れる細面(濃空色丸) cf. No.970
これらがセットになって錐面と柱面との間の肩を
形成するように思われる。
z面下の傾斜柱面やx面は肌が粗い傾向がある。

微小面の領域の拡大画像 
傾斜柱面と x面とは肌が粗い(軽い浸食がある)
s面の下の縦細面は、s面直下でカーブを描いてから柱面の稜沿いに下に伸びる。
下部は稜線が明確でなく、傾斜柱面同様に肌が粗い。

 

補記:柱面によって浸食の強弱が異なることに絡めて流体(熱水)の流れを想定したが、群晶の配置からすると流れの方向と食像の左右への偏りはあまり関連がなさそうで、おそらく尾の引き方は結晶構造によって決まると思われる。

補記2:z面下の柱面の片縁に現れる縦長の面は、浸食作用の窺われない(肉眼的な食像のない)結晶でも傾斜柱面に伴って見られることがあり、単に傾斜柱面の出現に伴う半面像という見方も出来る。

ちなみに市川博士のフッ酸を用いた人工蝕像の研究によると、錐面や微小面は弱い酸中でも蝕像を生じるが、柱面(柱軸に平行な面)のみは強い酸を用いないと蝕像が生じないという。天然の浸食がどういう種類の酸(あるいはアルカリ)によって行われるかは一概に言えないだろうが、仮に純粋なフッ酸であるとすれば、この標本の場合、錐面に食像が発達せず、傾斜柱面に発達しているので、傾斜柱面は錐面よりもフッ酸に弱いと考えられる。しかし柱面(柱軸に平行な面)にも食像が生じていることはこの観察に整合しない。

 

鉱物たちの庭 ホームへ