986.水晶(ブラジル式双晶4) Quartz Brazil law twins (ブラジル産) |
一見、純粋で透明な無垢の水晶が、実際にはさまざまな不均質性や対称性を伴った組織構造を抱えている、ということは
19世紀中葉のヨーロッパ科学界で広く知られるようになっていた。
光学的検査、特に偏光を用いた検査は有力な確認手段であった。
1810-20年代には左右対称的な旋光性の存在が明らかにされ、ひとつの結晶の中で左旋性の領域と右旋性の領域とが、三角形や薄層状の形態を伴って寄木細工のように入り混じることが分かっていた。
cf.No.940,
No.984
フッ酸などの酸を用いた表面腐食検査(と反射光検査)によっても、その証拠が得られる。人工食像の研究は
1816年には始まっていた。腐蝕検査はまた、旋光性は同じ向きでも三方晶的形態の向き(回転対称性)の違いで区別される2種の構造が入り混じった状況をも明らかにする。cf.
No.970
今日流に言うと、ブラジル式双晶(光学的双晶)やドフィーネ式双晶(電気的双晶)の面上分布が分かるのであり、20世紀前半に水晶発振子が発明された時、両者を組み合わせた検査は、結晶構造的に均質な領域をあぶり出し、水晶板を切り出すための重要な手法となった。cf.
No.972, No.981
水晶の結晶形の研究はドイツの C.S.ワイスが先駆的で、G.ローゼは
1846年、それまでに知られていた世界各地の水晶のさまざまな形態を体系的に分類した。
フランスではパリのA.L.O.L.デクロワゾー(1817-1897)のモノグラム「水晶の結晶化及び内部構造について」(1855年)が古典的である。彼はフランスやイギリスに保管された標本を能う限り調べ上げて、双晶を含む多岐にわたる形態を論じ、No.977
補記 3の引用図のように、多種の大傾斜面(傾斜柱面)や肩の微斜面(斜向面)を記録した。切断面を希フッ酸で腐食して現れる条線や溝について述べ、また光学的手法によって認められる組織の分布を、当時のフランスで急速に進化しつつあったカロタイプ写真の複写技術を利用して、図版に示した。次の二つの画像はその例で、ブリュースターが報告した縞状構造(フリンジ)がよく表現され、異なる旋光性領域の存在が矢印符号によって示されている。(図中の
PやE1/2 は
アユイ(仏)やレヴィ(英)が採用した面符号で、それぞれ
r面、z面のこと。)
ブリュースター・フリンジは、どちらかというとブラジル産アメシストのような低温熱水生成の水晶に特徴的と考えられるが、薄片(ラメラ)状ないし多角形状に断片化したブラジル式双晶は、一般の(無色、煙色)水晶でも普通に観察される。その研究によってデクロワゾーは、「全体にわたって均質な水晶の結晶は、鉱物学的にもっとも珍しいものの一つだ」と判断した。
下図は No.976に引用したレイドルトの図(1855年)の再掲で、2種の双晶領域をフッ酸処理した面の反射光沢の違いによって区分したもの。当時の鉱物学者たちが報告した結晶形態や双晶セクションの分布モデルは今日でも教科書的に扱われて、たいていの鉱物書が右に倣っている。
デクロワゾーやレイドルトの図のように、双晶境界が断面全域に細分して散らばっていると、発振子に用いる水晶板は切り出しようがない。
しかし、ブラジル産の良質の水晶では双晶境界の分布はずっと控えめである。ドフィーネ双晶の領域は互いに比較的大きな面積を留保して配分する傾向がある。ブラジル双晶の領域は普通は(右手水晶か左手水晶か)どちらか一方が支配的になって結晶全体のトーンを決めており、もう一方は孤立した小さな島状多面体ないし薄板片を形成して、かつ比較的周縁部に集中する傾向が認められるのだ。
そこで、偏光透過検査によって明らかになる周縁の島状(ブロック状)ないし薄板状の領域をなるべく避けて材料取りし、その後、結晶軸に対する角度を定めてある程度の広さの(所要の厚みに近い)板片を切り出し、フッ酸処理にかける。そして表面に観察されるブラジル双晶やドフィーネ双晶の境界を股がないように必要サイズの発振子を切り出してゆくのである。(ブラジル双晶と比べると、ドフィーネ双晶の境界は幾何学的な性質が弱く、不定形になりがちである。)
ちなみにデクロワゾーは、ブラジル産の水晶には十分な大きさの純粋なものがあって眼鏡店で利用されると述べており、19世紀半ばには光学材料として定評を得ていたようだ。
ブラジル双晶によって生じる周辺部の孤島状多面体や薄板の形状・配向については、フランスのクリストフ・ゴドフロワの研究が詳しい。Dana 7th(1963)のブラジル双晶の記述は彼に多くを負っている。以下の5点の画像はゴドフロワの "Sur les groupements de cristaux de quartz a axes paralleles."(1933年) から引いた。
以上見てきたように、対掌性の異なる(右手、左手)領域を共にもつ水晶=ブラジル式双晶は、偏光透過検査や腐食・光学検査によって確認することが出来、たいていの水晶がドフィーネ式やブラジル式の双晶領域を含むことが経験的に明らかにされている。しかし天然の水晶を通常光下で観察してもなかなか分からない。
とはいえ自然の溶食作用を受けたものの中には、結晶面上に現れた模様や面反射光の程度の違いによって、双晶境界が認められるものもないではない。No.973
と No.974
にドフィーネ式双晶と関連するこの種の境界を見せる標本を示した。
このページにはブラジル式双晶と関連する境界(ゴドフロワの図の
A-B-C山形三角形)を表面に見せる標本を示す。
一番上の標本は、No.316で紹介したノボ・オリゾンテ産のルチル入り水晶である。表面で光を反射させると、複雑な幾何学模様が現れる。細い条線の連なりや山形の二等辺三角形が見られ、ブラジル式双晶のラメラや多面体の集合状況に呼応すると思しい。
次の標本(3番目の画像)は No.945
のレムリアン・シード・クリスタルで、z面下の柱面の下部に山形三角形が現れている。
その下、4番目の画像は No.977で紹介した形態的なブラジル式双晶の結晶。r面下の両肩に微小傾斜面(x面)が現れている。その間の柱面は左と右とで面成長速度の違いによるらしい段差を持ち、階段面の一部が山形の輪郭を持っている。これらもおそらくブラジル式双晶の微小セクションの分布に呼応していると考えられる。
5番目は No.974で示した画像の再掲。この標本は錐面上にドフィーネ式の双晶境界を示すが、柱面にはブラジル式と思しい双晶境界が観察される。
最後に 6、7番目の画像は No.49
と No.969で紹介した、食像の発達した結晶である。さまざまな幾何学形状の輪郭が見られる。
よく観察すれば、柱面に現れる幾何学的な(溶食)模様によってブラジル式双晶と察せられる標本はままあるもので、一般に形態的なブラジル式双晶の徴として知られる両肩の小面を探すより、遭遇頻度はむしろ高いと思われる。
補記:A.L.O.L.デクロワゾーは、ジャン=バティスト・ビオとともにパリ大学で学び、高等師範学校、国立自然史博物館の鉱物学の教授となった。余談だが、デクロワゾーのモノグラムで「ドフィーネ双晶(ラ・マクル・デュ・ドーフィネ)」と呼ばれているのは、明治以降の日本に言う日本式双晶である。