161.菫青石  Cordierite var. Steinheilite   (フィンランド産ほか)

 

 

やわらかい光 生まれる前に見た光 いま石に依って私のもとへ

スタインハイライト 癒しの石−フィンランド、Orijarvi産

アイオライトのキューブを3方向からみたもの(多色性を示す) 
−マダガスカル、アンボロンベ産

石英中の菫青石の結晶−茨城県日立鉱山産

 

 

菫の花のような青に映える、楚々とした風情のこの石は、ヨーロッパでは18世紀の終わり頃に宝石として意識された。サワビーの「エキゾチック・ミネラロジー」(1811-1820) によると、「よく知られているのは 30年ほど前にスペインのガータ岬付近で発見されたもので、片麻岩中に粒状に散らばり、あるいは多量のガーネットを含む風化した粘板岩中に産した」「当初、著述家たちは青色石英と呼び、また宝石業者らはウォーター・サファイヤ(サフィール・ドー)と呼んでいた」ということで、やがてフランスの鉱物学者ら(アユイら)が、石英でもサファイヤでもない別種の石ではないかとみて アイオライト Iolite と呼んだ。ギリシャ語の Ios (スミレ)にちなんだ名で、優しく滲んだ、淡い青紫色に拠ったと思われる。
フランスの鉱山技師ピエール・ルイ・コルディエ(1777-1861)は、透明なものを異なる方向から観察すると色が違ってみえる性質に気付き、やはり別種と考えて ダイクロアイト(ディクロアイト) Dichroite (2色石)の名を冠した。

はじめこの石は粒状または不完全な(6面ないし12面の柱面を部分的に示す)結晶しか知られていなかったが、フィンランドのorrayervi (Orajarvi)で黄銅鉱塊中に産する大型の完全結晶が見い出され、フィンランド総督を務めたロシア軍将校ファビアン・スタインハイル(1762-1831)に因んで スタインハイライト Steinheilite と名づけられた。命名者はベルツェリウス。スタインハイルは北部地方の鉱物学の進歩に大いに貢献した、とサワビーは述べている。やがて成分分析によって、これらが同一の(独立)種であることが示された。
サワビーの解説はここまでだが、 1813年に統一名称が提示され、コーディアライト(コルディエライト) Cordierite が正式な種名となった。以後、鉱物学ではこの名が用いられるが、宝石名は今もアイオライトで通っている。レピドクロサイト(鱗鉄鉱/褐鉄鉱)を含んで赤味の認められる石はブラッドショット・アイオライトと呼ばれる。
多色性(3色性)が強く、向きによって青紫(すみれ)〜青灰〜淡黄褐色(稀に帯緑青色)と、さまざまなニュアンスが観察できるが、この特徴を別にすると、硬度、屈折率(中間値)、比重などは石英に近く、無色〜淡色のレキ石(粒石)はなかなかに紛らわしいという。

サファイヤより淡い青色なのでウォーター・サファイヤと呼ばれたが(上述)、青の濃いものはリンクス・ストーン(リンクス・サファイヤ)、ペリオムと呼ばれた(Kurr著 「鉱物界図説」は濃色のババリア産6面柱状結晶をペリオムとして図示している)
またプリズマティック・クオーツ、スパニッシュ・ラズライト、ヴァイオレット・ストーンなどの名前もあって、往時の人気が偲ばれる。いずれもスペインで発見され青色石英と呼ばれた石に由来すると思われる。スパニッシュ・ラズライトは「スペインの青色石」というほどの意味で、鉱物種のラズライトとは関係ない。(ついでに言うと、当時はラズライトとアズライトの名称上の区別も分明でなかった。⇒cf.No.727

この石にはさらに、ヴァイキングのコンパス、あるいはヴァイキングの太陽石という印象的な愛称が寄せられている。その昔、ノルウェイやフィンランドの船乗りたちは、優れた航海術を駆使して大海を渡った。彼らは太陽が見えない時でもその位置が分かる道具、「太陽の石」を持っていたとの伝説がある。菫青石は北欧に多産することと、明瞭な多色性(それはこの石が光学異方性で、透過する光が偏光であることを示唆する)とから、伝説に結びつけられたものと考えられる。
というのは日中に空から降り注ぐ光線は太陽光が大気を通過する間に散乱されて生じた偏光を含み、その極大到来方向は(曇天では必ずしも明瞭でないが)太陽に対して一定の角度(90度)を持つことが知られているからで、いわく、ヴァイキングは故郷で採れるこの石を慎重に削り出して薄片にし、一種の偏光フィルターとして偏光が著しい方位(そして太陽の方位)を識別することが出来たのだ、と。
ただ実際にどうやって航海に活用したのか、実用的だったのかは確証がなく、後世の愛好家の推測あるいは付会に留まっているようである。(cf.補記)

上の画像はフィンランドの有名産地(スタインハイライトの原産地)の標本。長辺6センチで約4ミリ厚さにスライスされているが、全周を黒っぽい薄い皮膜や雲母様の鉱物が覆っており、母岩に接触していた結晶をそのまま取り出して加工したことがわかる。偏光フィルターにしたのだろうか?
とても古い標本で、1世紀近く学術標本店の倉庫に眠っていたものだそうだ。標本商氏によれば、Steinheilite は stein (石)-heil (無事・幸運)-ite、 すなわちヒーリング・ストーン healing stone であり、この産地の石は「偉大な治癒力」を持つことで知られたという。この名は学術史的にはスタインハイル氏に帰するのだが、あるいは後になって石のヒーリング効果が二重写しに投影されることとなったのかもしれない。とすると、この石も本来何かの治療に使われたのだろうか。(補記2)

あるパワーストーン関係の方がリーディングして下さったところでは、この標本からは「素晴らしいエネルギーが伝わります。それはそれは深いものです。沢山の人を助けてきています。今でもそのエネルギーは衰えていません。(中略)この石は時代を越えて長い間使用されています。人種を隔てず沢山の人々に関係していたように感じます。血のつながりがないような人達に使用されています。もしかしたら、医療に使用されていたかもしません。この石は強い癒し効果がありますね。」ということだった。
空にかざすと優しいすみれ色が透けて見え、オーラソーマのポマンダー、13番のバイオレットを思わせる。おそらく日常的なストレスによって狭まった意識をほぐし、心を落ち着かせ、限界を緩和し、それまで目に入らなかった世界の美しさに気づく手助けになるものではないだろうか? 
荒々しいヴァイキングには全然似合わないが、ムーミン谷の静かな住民たちにはぴったりの気がする。「この石に魚類、鏡、木の枝、裸体婦人を彫刻したものを指輪に嵌入して婦人が所持する時は、如何様の願望をも達せしむる事を得ると伝えた」といい、あるいは女性でなければ、そのヒーリング・パワーを引き出せないのかもしれない。

中の画像はマダガスカル産の石を1x1x1cmのサイコロに切って表面を研磨したもので、多色性を確かめられるサンプル。

下の画像はありし日の日立鉱山に出たもの。宝石質ではないが結晶形のはっきりした国産標本は貴重だという(仲介された標本商氏の受け売り)。含銅硫化鉄鉱(キースラーガー)を主鉱に掘った鉱山で、ズリ山から黒雲母・緑泥石・黄銅鉱を多く含み、かつ石英脈に接した部分を割ってみるとよい、たいてい雲母化して緑色・不透明になっているが、稀に新鮮で透明紫色のものにぶつかる、と草下フィールドガイドにある。
日立鉱山では直閃石片岩中に菫青石が産する例もある。この場合、菫青石のc軸は片理に平行に並んでいる(京都・和束の雲母片岩中に産するものも同様に片理に平行に並ぶ cf. No.176 補記)。
日本の菫青石については、ひま話も参照方。世界の他産地の標本は No.303 参照。
因みに No.77No.176 の桜石は、3連貫入双晶した菫青石が風化して、ある種の雲母に変質したもの。スウェーデンのファールンに出た同様の菫青石分解物はファルン石 Fahlunite と称される。

cf. ヨアネウムの標本(Orajarvi 産)

補記:人間は偏光をほとんど認識できないが、複眼を持った昆虫には識別出来るものがある。蜂は曇り空で太陽が見えないときでも、空の光の偏極を捉えて、長い距離を正しい方角に向かって飛行し続けることが出来るという。「バイキングのコンパス」の昆虫版である。

補記2:スタインハイルは明らかにドイツ姓シュタインハイル (Steinheil)から来ており、このロシア将校はドイツ人だったと思われる。そしてドイツ語では一つの語に複数の意味が存在するのはごく普通に見られることである。 cf. 「ドイツ語を英語に翻訳するときに、そのすべての意味を移すことはできません。ドイツ語はいまだに原始的で両価的な状態にあるからです。またそのためにドイツ語は陰影とニュアンスを含んだ心理学的な意味を表現するのに適しています。…それにはあまりに多くの含意、あまりにも多くの副次的な意味があるからです。」(ユング「夢分析T」)

「エキゾチック・ミネラロジー」手彩色図版87 Dichroite より

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