312.鋭錐石 Anatase (ロシア産) |
鉱物の結晶化は、環境中に存在するさまざまな元素が、より安定な(≒より低いエネルギーの)状態に移行しようとする試みと考えることができる。その過程で元素は相互に相性のよい(例えば粒子として大きさが似ているとか、イオン価をバランスするとかの)組み合わせを見出し、また適当な空間的配置(構造)を積み重ねてゆく。
ここで面白いのは、同じ(またはよく似た)成分の鉱物であっても、温度や圧力など晶出環境によって、もっとも安定な構造が変化する事例があることだ。
例えば、炭素は超高圧下ではダイヤモンド構造を作って安定し、常温常圧下では石墨構造で安定する。この場合、ダイヤモンドは地表では不安定ということになるが、遷移速度が極めて緩やかなため、私たちが数世代経たところで石墨に変化することはない。一方、鉄や水晶のように、温度に応じて結晶構造がすみやかに遷移する鉱物も少なくない。(cf.
No.78高温石英)
このように、同じ成分で結晶構造の違う鉱物同士を、同質異像(polymorphs)と呼ぶ。2種の構造を持つものを
dimorphs、3種のものを trimorphs という。
二酸化チタンを成分とする鋭錐石 (Anatase) は trimorphs で、 金紅石(Rutil)、板チタン石(Brookite)と同質異像の関係にある。
Anatase とはギリシャ語のアナタシス−引き伸ばし−に発し、正八面体をひとつの軸(c軸)に沿って引き伸ばしたような両錐形を示すことによる(命名アウイ(1801))。その形から
Octahedrite(八方石)と呼ばれたこともあった。錐面の頂部が平らになっている(c面
(001面)がみえる)こともある。
鋭錐石や板チタン石は、不純物の度合いにもよるが、赤熱温度(500-915度)以上に加熱すると、結晶構造が最終的にルチルのそれに変化する。逆にいえば、これらは低温環境で晶出したと考えることができ、マグマの分漿−造岩作用末期に現れる水晶に、ちんと乗っかっているのは道理といえる。
一方、ルチルは金線状になって水晶に入っていることがある。それぞれの生成条件はどんなふうに違っているのだろうか?
この3種のなかでもっとも広い温度圧力条件で安定なのはルチルで、その構造は二酸化マンガン鉱(Pyrolusite)や錫石(Cassiterite/二酸化スズ)と共通している。
追記:亜極ウラル、サランポールのドードー鉱区は 1920年代から石英を掘った鉱山で、付近のプイバ鉱区などと共にさまざまなアルプス脈式の共産鉱物の美晶を出した。この種の標本は
90年代、ソビエト解体を機に西側市場にもたらされるようになった。鋭錐石は面白いことにプイバには出ず、もっぱらドードーに産した。概ね1cm以下のサイズだが、稀に2.5cmに達するものがあった。
画像の標本は数ミリサイズながら、当時の日本のベテラン・コレクターはそのレベルでも国産には考えられない品だと唸ったものである。(2021.8.12)
補記:マグマの分漿化に伴って形成される珪酸塩鉱物のテトラ珪酸フレームは、温度低下に従って、ネソ⇒ソロ⇒イノ⇒サイクロ⇒フィロ⇒テクトのように複雑化コースを辿るとの仮説がある。これも温度によって晶出可能な安定構造が変化する例といえよう。この場合、形成された珪酸フレームは温度が下がっても組み換わらない。
データの一例 | 金紅石 | 鋭錘石 | 板チタン石 |
形態 | 正方晶系 | 正方晶系 | 斜方晶系 |
軸率 | 0.644 | 1.777 | 0.8416:1:0.9444 |
硬度 | 6-6.5 | 5.5-6 | 5.5-6 |
比重 | 4.18-4.25 | 3.82-3.95 | 3.87-4.08 |
へき開 | a(100)完 m(110)完 s(111)不明瞭 |
c(001)完 p(111)完 |
m(110)完 c(001)完 |