438.くさび石 Sphene/ Titanite (ノルウェイ産)

 

 

sphene titanite

くさび石(黒)、母岩は緑れん石と石英 -アレンダル、ノルウェイ産
ex.Lord Calbert(1825?-1897) collection ,
then J.Cilen(1916-1997)  collection#10878

 

「集めた石をどうするのか」は、鉱物愛好家にとって、ある意味、愚問であるかもしれない。我々は集めるという行為の中で、すでに至福と苦悩とを存分に味わっているので、つまり今を生きているので、その刹那において明日のことは out of 眼中、野の百合をみよ、であるから。とはいえ、いつか世を去るとき、あるいは万が一、標本への情熱が失せたり、処分する必要に迫られたとき、我が子にも等しい愛情の対象である彼らに、いったいどんな未来を用意してやればいいのか、この難問が一度も頭をよぎらない愛好家もまた、いないであろう。
ありていに言って、ほとんどのコレクションは歳月の中に埋もれ、消滅していくに違いない。なぜなら、万が9999、我々は命尽きる日まで愛する鉱物たちの傍らにあることを選ぶだろうし、そうなれば彼らの未来を決めるのは、我々自身じゃない。岩にせかるる滝川の…など詠ってみたところでどうなるものか、神様からの授かりものは神様にお返しすると思って、後事は風に託すほかない。それは昔も今も決して変わらないであろう。
そこで、いったん私蔵に帰した地上の星である鉱物たちは、みんなどこへいったか、その消息は杳として知れないのが世の習いと覚悟しなければならない。翻って、もし誰かのコレクションが、よしやうらぶれてばらばらに散ったとしても、次代の人々の手に渡る機会を得たなら、実にその僥倖を祝うのが我々の務めではなかろうか。

 ここに紹介する標本は、一度消息不明になった後、見出され今に伝わった、19世紀のコレクション中の一品である。元の持ち主は、ジョン・カルバートといった。
彼が生きた19世紀のヨーロッパは、博物学が黄金期を迎えていた。フィールドで鳥や動物や昆虫や植物を観察したり、標本に造ったり、化石を掘ったり貝殻を拾ったり岩石・鉱物をぶっ掻いて蒐集したり、また自分の観察や考察を記述したりすることは、その時代には教養のあかしであり、高尚な気晴らしであり、なににもまして楽しい遊びごとであった。
以前にも引いたが、奥本大三郎著「捕虫網の円光」に次の一節がある。「1895年生まれのドイツの作家エルンスト・ユンガーは、クリスマスに父から昆虫採集の用具を買ってもらったときのことをこう書いている。『鉱物、植物、動物の採集は、幾世代にもわたる習わしになっていて、息子たちが採集を始めると、年寄りたちは喜んだ。祖父も押葉標本に多くの時間を費やした。かつては、これが教員養成所の教育課程に組み込まれていて、若い教師でこの習慣を終生、忠実に守るようになっているものも多く、生徒たちにとっても有益なことであった』」
かくて少年時代から自然趣味に親しみ、生涯にわたって愉しんだ人々、情熱を捧げたヘムレンさんみたいな人々は決して少なくなかった。しかし、彼らの標本のほとんどは失われて、ない。(余談だが日本では戦前、昆虫採集は健全な少年の趣味として認められていた。北杜夫などもその類の早熟な昆虫少年だった。)

カルバート卿(1825?-1897) は鉱山技師だったと言われている。彼のコレクションは、第二代ロード・ボルチモアを務めたセセリウス(セシル)・カルバートの妻レディ・アン・アランデルが前世紀に集めた標本を受け継いで発展させた、自然史全般に亙る膨大なもので、鉱物分野ではフィリップ・ラシュレイ卿(1811没)の素晴らしい英国産標本をも収める一大モニュメントであった。
彼の死後、他の自然史コレクションの大部分はトッテナム博物館(大英博物館)などに譲られたようだが、鉱物標本は数十年の間、誰の目にも触れず、半ば忘れ去られていた。ところが、1936年頃、アメリカの標本商マーチン・エアマンは、これらがそっくり、ロンドンのとある標本室だか倉庫のような場所に埋もれていたことを知った。カルバート卿には二人の息子があったが、金銭に逼迫したため、ひそかに新大陸での処分を望み、エアマンに売却をもちかけたということらしい。
1938年には10万点を超える標本がニューヨークに運び込まれた。そのほとんどが石炭の煤煙に塗れ、見る影もなく汚れていた。エアマンは人を雇って標本をクリーニングし、はずれていたラベルと丹念に照合し、整理し、目録に印刷して鉱物クラブ等で売りに出した。
この時、鑑定作業を受け持ったのは後にマイクロマウンターとして名を馳せたニール・イェドリンで、イェドリンは報酬を金銭でなく現物(標本)で受け取ることを選び、それが彼のコレクションの中核になったという。
卿のコレクションには、リロコナイトやチャナルシロ産の淡紅銀鉱など、垂涎の銘品が目白押しで、初めてアメリカに渡ったエレミヤ石もまたその中の一つであった。(⇒フラグメンツ かけらの4) 

上の榍(くさび)石は、そのテの華々しい標本には比すべくもないが、ノルウェイ・アレンデル産の古典的な銘品である。黒〜暗褐色の結晶は、おそらくイットリウム(やセリウム)を含む亜種 (Yttrotitanite /Keilhauite イットロチタン石/カイルハウ石) と思うが、分析していないので定かではない。

エアマンによる売り立て後、ジョー・サイレンを含む何人かの所有者・標本商を転々して、今ここにある。出来れば、私で終わりにしたくない。

cf.No.247 ポルダーバート石No.812 くさび石

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