492.ひすい 豆ヒスイ  Jadeite (ミャンマー産)

 

 

Jadeite 豆ひすい

曹長石混り(?)ひすい輝石 
−カチン州の東岸の山(笑)、ミャンマー産
Amazonite アマゾナイト
アマゾナイト(パーサイト) −ブラジル産

 

上の標本は、標本商さんのお店の棚の下に文字通り転がっていた。ほかの普通のひすいの破片にまざって、ひとつだけ感じの違う石があり、手にとってこれはなにかと訊くと、ひすいではある、と微妙なことをいうのだ。仔細は知らないが、ロットで仕入れてみたものの、売らずに結局某ミュージアムの方に研究にどうぞと差し上げた。そちらで鑑定されたところ、やっぱりひすい輝石だったという。「全部あげたと思っていたけど、残ってたのねえ」と笑う、その程度のもの?
産地を問うと(ラベルがついてなかったので)、普通のひすいが採れるヤマと河を挟んで反対側のヤマだそう。なんじゃそりは(←おじゃる風に)。 
しばらく後、大阪ショーで同類の標本を別の業者さんが二束三文的に売っているのをみかけた。どうもあまり商売に向かない品らしい。

 色目はNo.487で挙げたマウシッシッの緑色に似ている。この部分がひすい輝石とすればクロムリッチなひすいだろう。あるいはユーレアイトかもしれないし、また白い部分がひすい輝石なのかもしれないが、JGGLの会報に「豆ヒスイ(白い豆をちらしたヒスイ)」として類似のルースが紹介されているから、やはり緑色部分がひすい輝石なのだと思う。白色部分は曹長石か沸石類か。破面のでこぼこや触感から、全体的に砕けやすい細粒の集合のように思われる。ポーラスな感じもする。いわゆるヒスイの強靭さは持っていなさそうだ。

けれど、鉱物学的には(というほど本格的でもないが)面白そうな標本だと思う。それは濃いめのエメラルドグリーンの地に、波頭が砕けたような白い筋が細かい模様になって幾重にも甍を重ねているからだ。この感じは、ラピダリストの間でパーサイトとして知られるアマゾナイトに似ている(下の標本)。
この石は微斜長石が長い時間を経て固体のまま2種の鉱物に分離(離溶)する性質により、緑のアマゾナイト(カリ長石)と白い曹長石との肉眼的な互層構造を持つにいたったものである。
上の標本はアマゾナイトと違って(単)結晶というより微細粒のようだから同列には語れまいが、例えばあるひとつの鉱物の塊であったものが継続的な変成作用を受け、生成時とは違った新たな環境に適した構造の2種の鉱物に分かれた、それもおそらく固体に近い状態で…といった状況が想定出来るのではないか。それ以上のことは、あまりはっきりと言えないのだが。

ここでひすいの生成反応について触れてみる。
鉱物同士の類縁関係や変成過程を説くとき、ありふれた成分である二酸化珪素(SiO2=石英)や水分の過不足が論じられることがしばしばある。その伝で行くと、ひすい輝石はNaAlSi2O6の組成を持つ、含ナトリウム・アルミノ珪酸塩であるが、この組成にさらに石英1分子が加わったものが曹長石であり、逆に石英が1分子足らないものがかすみ石に相当するとみなせる。また、ひすい輝石に水が1分子加わったものは方沸石(NaAlSi2O6・H2O)の組成に等しく、ひすい輝石2分子から石英1分子をはずし、水2分子を加えるとソーダ沸石(Na2Al2Si3O10・2H2O)の組成式が導かれる。

こうした関係から、ひすいの生成過程として(中間反応はどうあれ)、次のような種々の反応を仮定することが出来る。
 1.曹長石 → ひすい輝石+石英 
 2.かすみ石+曹長石 → ひすい輝石x2
 3.方沸石 → ひすい輝石+水
 4.ソーダ沸石 +石英 →(ひすい輝石+水)x2

このうち、もっとも重視されているのは1の反応である。これは曹長石が(低温高圧の環境で)分解して、ひすい輝石と石英になることを示している。ひすい輝石と石英とが共存している地層があれば、そこに低温高圧型の変成作用が働いたと考えることが出来る。(P−T図で、0℃約600MPa/6kbar− 1000℃約2500MPaの間に直線を引いた左上方側−低温高圧側に安定領域がある)
もっとも、宝石質のひすい原石が石英を伴うことは実際にはまずないそうだから、少なくともすべての宝石ひすいがこの通りの反応で出来たとするのは早計のようだ。
(以前、東京のK社さんで、ひすいの切断片中に、水晶の六角柱断面が入った標本を見せていただいたことがある。それは某学者さんに依頼されて海外のショーで探してきたものだったが、上記の反応が起こった証拠になると教えていただいた。またトルコ産の紫色の石で石英とひすい輝石との混合物が知られている→No.93追記、 No.919

ほかの3つの反応式を見ると、いずれも反応後に石英は現れず、2では生成物がひすい輝石のみ、3と4は、ひすい輝石と水とが生じる。水は簡単に脱け出して残滓を残さないと考えられるから、塊状のほぼ純粋なひすいは、これらの反応を経由して出来た可能性がある。(1の反応では仮に石英がそっくり抜け去ることが可能だったとしても、その中間過程なり痕跡なりを示す岩塊がまったく存在しないのはおかしなことだ)
とはいえ、かすみ石とひすい輝石が共存する例(2の場合)はこれまた知られていないそうで、一方ひすいの巨塊をそっくり生み出すほどの方沸石やソーダ沸石(+石英)の巨塊も考えにくいという(3、4の場合)。つまりは宝石質ひすいの生成過程はいまだよく分かっていないのである。
このページのひすい(豆ヒスイ)やマウシッシッのように、ひすい輝石と他種鉱物の混合物が、なにか突破口を開く糸口になりはしまいかという気がする。

補記:ひすい輝石と石英の組み合わせは、実験室的には、ひすい輝石単独の場合よりも、高圧条件での生成を示すという(300℃、12,000気圧に達する)。

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