901.トムソン沸石 Thomsonite-Ca (イギリス産)

 

 

Thomsonite-Ca

Thomsonite

トムソン沸石-(Ca) var.コンプトナイト 玄武岩中
-スコットランド、ダンバートンシャー、キルパトリック産(原産地標本)
Ex. Cummings collection; ex. Carnegie Museum of Natural History 2002 auction

 

 

◆トーマス・トムソン(1773-1852)はスコットランドの化学者である。薬学を学ぼうとエジンバラ大学に進んだ時、ジョゼフ・ブラック(1728-1799)の化学講義に接して感銘を受け、以後その道に進んだ。
学才豊かで 23歳の時には兄のジェームズが編集する「ブリタニカ百科事典」三版の補遺に協力し、化学、鉱物学、植物性・動物性物質及び染色の項目に記事を書いた。
1800年から11年までエジンバラ大学で化学講義を担当し、ラボを開いて実技指導にもあたった。化学分析に長け、学生たちに定量分析法を教えた。
1804年の夏にドルトンと出会い、彼の原子理論を知ってその支持者となった。1807年にドルトンの見解を公表し、その後も理論を支持する実験結果を発表して普及に貢献した。1811年に王立協会フェローとなる。
1812年の秋からスウェーデンを旅行して、ウプサラ大学やファールンの鉱山を訪ねた。鉱山監督官の J.G.ガーン(当時68歳)にも会った。
1813年に科学年報を創刊。1817年、ジョゼフ・バンクスの推薦でグラスゴー大学の化学講師となった。翌年、年棒50ポンドの欽定教授に任命された。(当時、化学の教授はかなり高収入の職業だった。)

トムソンは生涯、多数の無機・有機物を分析した。実験結果に満足できないときは何度でもやり直すことを厭わなかったという。著書「化学の体系」は多くの新しい塩類を記述している。ただ未知の元素の発見には縁がなかった。
彼が報告した新鉱物で現在も種として残っているものに、褐れん石 Allanite や方ソーダ石 Sodalite がある。いずれもギーゼッケがグリーンランドで採取した標本から発見された。 cf. No.678 アカディー沸石 Acadialite も彼の命名。cf. No.457 
トムソン沸石 Thomsonite はトムソンを記念した鉱物である。

◆19世紀の前半は定量分析法が発達して、さまざまな化学物質が分類記載された時期で、鉱物学の分野でも、かつて知られた鉱物が組成や物性(主に結晶形態や光学的屈折性)によって整理され、種・亜種として細分化されてゆく。

No.536 に沸石 Zeoliteの語源を示した。1756年にクルーンステットが記した沸石は当時は一つの鉱物と考えられていたが、やがていくつかの種に分けられていった。アウイは 1801年に3つの沸石を示している。束沸石 Stilbite、方沸石 Analcime、重土十字沸石 Harmotomeである。
束沸石はアイスランド、ノルウェー、ドイツのアンドレアスベルク、ドフィーネ地方等で以前から知られたもので、この中には1822年に識別される輝沸石 Heulandite にあたるものも含まれた。
方沸石はイタリアのチクロピ島産(クラシック標本。No.536の上の画像)。
重土十字沸石はハルツ山地のアンドレアスベルク産で、デラメテリエらが 1795年にアンドレアスベルク石 andreasbergite/andreolite と呼んだものである。
そして束沸石と方沸石との中間的な結晶形を示す沸石をメソタイプ Mesotype と呼んだ。中間的なタイプの意。

この他の沸石類では、菱沸石 Chabazite と白榴石 Leucite も知られていた。
Chabaziteは Bosc d'Amticがギリシャのオルフェウス神話中の石 chabazion から採った名で、産地は不明(1788年)。Leucite は白ガーネットと呼ばれていたイタリア産のものを A.G.ウェルナーが白色に因んで呼んだ(1791年)。

1803年にクラプロートはドイツのバーデン・ヴュルテンベルク産のソーダ沸石 Natrolite を報告した。アウイが「メソタイプ」と呼んだものの一種である。
濁沸石 Laumontite は採集者のGillet de Laumont に因む。ウェルナーが記したものを 1805年にジェイムソンが Lomonite と、1809年にアウイが Laumonite とし、1821年にレオンハルトが Laumonite とした。大気中で次第に白濁して、しまいに粉末化することで知られる。アウイは「風化性の沸石 zeolithe efflorescente」と書いた。ブリタニー地方の huelgoet 鉱山から。

1813年、ゲーレンとフックスは、ドイツ産の「メソタイプ」で、ソーダ沸石の亜種的なものとしてスコレス沸石 Scoleciteを報告した。
1816年にフックスはフェロー諸島産の「メソタイプ」を分析し、ソーダ沸石とスコレス沸石との中間的な成分のものとして中沸石 Mesolite を示した。(3者の違いは No.439 ソーダ沸石の項を参照)
1816年、C.G.ジスモンディは吹管で加熱しても沸騰現象を見せないローマ近郊産の沸石を Zeagonite と名づけた(沸騰しない意)。同年 v.レオンハルトがギスモンド沸石 Gismondite /Gismondine とした。後に灰十字沸石 Phillipsite が識別される(混合物だった)。
と、ここで記載史を止めて、トムソン沸石の話に入ろう。

◆当時「メソタイプ」と呼ばれた沸石は概ね放射細柱状(繊維状)の結晶形を持つもので、上述のようにソーダ沸石、中沸石、スコレス沸石に細分されていた。
1820年、イギリスの H.J.ブルックはスコットランドのオールド・キルパトリック産のメソタイプを調べて、これらと異なる性質のものを発見した。T.トムソンが成分を分析し、ブルックは彼に献名してトムソン沸石 Thomsonite とした。

1821年、ブルースターはベスビアス火山の溶岩中の空隙に産するブロック状の結晶が、魚眼石でなく別種の鉱物であることに気づいてコンプトン石 Comptonite と名付けた。コンプトン伯に因む。(当時、魚眼石は沸石の仲間と考えられていた。)
1822年、 J.ベルセリウスはフェロー諸島産の粒状の沸石が、中沸石に近い性質のものと認めて、メソール、Mesole,Mesolineと呼んだ(その後レビ沸石 Levyneが識別される)。
1857年、M.F.ヘドルはフェロー諸島産の沸石の中で、半透明の蝋のような球状のものを別種とし、フェロー石 Faroelite と呼んだ。極薄い繊維状の結晶の集合体である(後に中沸石とされる)。
これらは今日ではトムソン沸石の、外観の異なるものということになっている。すなわち、細柱状結晶の放射集合、ブロック状の結晶、粒状、球状といった見かけの違いは、鉱物種を定義する本質的な性質ではなかったのだった。

トムソン沸石は組成式 NaCa2(Al5Si5)O20・6H2Oで代表される種で、これより珪素分に富むものも存在する。カルシウムをストロンチウムで置換したものがある。ほとんどの場合カルシウム優越種で、1997年の沸石分類の見直し以降 IMA名称は灰トムソン沸石 Thomsonite-Ca となっている。
Sr 優越種はストロンチウムトムソン沸石 Thomsonite-Sr と呼ばれる。2001年にロシアのコラ半島ユクスポールに報告された。日本ではひすい輝石を含む曹長岩中に報告がある。
(灰)トムソン沸石は沸石の中では珪酸分に乏しいもので、玄武岩やアルカリ玄武岩の晶洞中に産するのが普通。方沸石、中沸石、ソーダ沸石、灰十字沸石、魚眼石などと共産する。石英やモルデン沸石など珪酸分に富む鉱物とは共存しない。

多様な形態を示すため鑑定は難しいが、針状〜細柱状のものは先端部を正面から見ると長方形〜細長い六角形をしており、正方形に見えるソーダ沸石と区別できる。結晶形は角柱状でなく板柱状となる。ただ球状に集合したものは先端がソーダ沸石でも中心部がトムソン沸石となっていることがよくあるそうだ。
中沸石、スコレス沸石、ゴンナルド沸石との区別は厄介だ、と加藤博士は述べられている。火山岩中のトムソン沸石の柱状結晶の脈は、結晶の伸長方向が脈壁に垂直になっているとも仰る。

多様な産状を示すこともあって別称が多い。楽しい図鑑2は 「21の異名がある」と書いているが、IMAの廃名リストに次の21ケがある。
Comptonite, Faroelite, Mesole, Mesolitine:上記
Lintonite リントン石:後述。

Bagotite バゴー石:オンタリオ地方 Bagot 産。 1889年。
Gibsonite ギブソン石:スコットランド、レンフルーシャー及びダンバートンシャー産。
Koodilite:1847年デュフレノイ記。おそらく不純物。
Ozarkite オザーク石:1846年 C.U.シェパード記。白色塊状。アーカンソー州マグネット・コーブ産。オザーク山地に因む。
Scoulerite スカウラー石:1840年R.D.トムソン記。不純物。標本提供の J.Scouler 博士に因む。
Winchellite ウィンチェル石:リントン石の別称。ミネソタ州の地質学者 N.H.ウィンチェルに献名。
Tonsonite:不明。誤綴? 

Carphostilbite, Karphostilbite, Sphaerodesmine, Sphaerostilbite :束沸石 Stilbite との類似から、色・球状を示す。麦色束沸石、球状束沸石。
Metathomsonite(水分量が異なる), Picrothomsonite(含マグネシウム), Strontium thomsonite (含ストロンチウム):亜種的に特性を示す。 
Triploclase, Ttriploklase :物性。1832年ブライトハウプト記。へき開3方向の意。

この他に気づいた名を挙げておく。
Echellite 梯子石:1920年 N.L.ボーウェン記。カナダのセクスタント・ポーテージ産のものが、組成 (Ca,Na2)O・2Al2O3・3SiO2・4H2Oと分析され、成分の指数比が 1,2,3,4と調子よかったためフランス語の echelle (ハシゴ)に因んだという。
Chalilite:1831年 T.トムソン記。 赤茶色の塊状で北アイルランドのラーンに産するもので、不純物。フリント(火打石)との類似から。
Harringtonite ハリントン石: 1833年 T.トムソン記。トムソン沸石と中沸石の白亜状の混合塊。トムソンの友人でダブリン在のハリントン氏に。

最後に亜種名リントン石 Lintonite について。スペリオル湖の畔、ミネソタ州クック郡グランド・マレーで採取された灰緑色のジェードに似た石に与えられた名である。
原試料は 1878年にミネソタ大学のS.F.ペッカムらが湖北岸の地質調査の際に採集した小礫で、トムソン沸石などのさまざまな沸石に伴って見出された。いくつかは微小な銅の粒を含んでいた。
翌年、化学部の上級生だったローラ・A・リントン(1853-1915)が分析を行った。組成や比重はほぼトムソン沸石に一致したが、トムソン沸石らしい結晶構造は見られず、ごく微小な粒状組織で特徴的な緑色だったため、名称を与えて区別しようということになった。そして、「並々ならぬ根気と技量を示した」彼女に献名したと言われる。
半透明で緻密な上質のリントン石はカボッションに磨くとシャトヤンシー効果を示し、装飾貴石に用いられる。特に地元のラピダリストに人気がある。緑色とピンク色に交代する同心円状の縞模様を示し、うまく磨くと目玉のように見える。ミネソタ州とミシガン州の湖岸にいくつか産地があって今日でも採れるが、よい模様の出るものはだんだん貴重品になっているらしい。標本市場にも時々回ってくるが、色の組み合わせにちょっと不気味な印象がある。

◆画像の標本は古いもので、元はカミングズ・コレクションの一品。カーネギー自然史博物館から放出された品を入手した。ブロック状の結晶形を示すことから、カミングズはラベルにコンプトン石と手書きしている。

補記1:ジョゼフ・ブラック(1728-1799)はスコットランドの化学者・医学者。フランスのボルドー生まれ。グラスゴー大学で W.カレンから医学と化学を学んだ。水酸化ナトリウムの生成で学位をとった。師の後を継いで同大の教授となり、1766年にエジンバラ大学の教授になって終生とどまった。二酸化炭素の正確な発見者。ラボアジェに半世紀先立って燃焼時の酸素の役割を予見した。

補記2:ジョン・ドルトン(1766-1844)はイギリスの化学者。カンバーランド州イーグルスフィールドの生まれ。57年間にわたって続けて 2万回の気象観測記録をとった。1802年に混合気体について分圧の法則を発見した。気体に関する研究多数。原子の考え方を取り入れて、化合物生成時の定比例の法則(1799年プルーストが唱える)や、これを発展させた倍数比例の法則(1803年ドルトン)の理論的説明を試みた。ただ分子の概念が未知だったため、1808年のゲイ=リュサックの気体反応の法則と矛盾があった。1808年に図形でシンボライズした化学記号を作った。1818年にベルセリウスが作った文字記号が普及したため、今日では用いられない。