584.針鉄鉱 Goethite (モロッコ産)

 

 

Goethite ゲーサイト 針鉄鉱

Goethite ゲーサイト 針鉄鉱

ゲーサイト -モロッコ、エル・ラキディア、タオズ産

 

指輪物語に出てくるドワーフ(小人)のギムリは、その種族性からの順当な嗜好で、山や地の底の洞窟が肌にあっていた。「山に近くなればなるほど元気が出てくるのだ」と彼は言った。 人間の場合も同様に、生来、山に惹かれる一群の人々がいる。イギリスのラスキンやドイツのゲーテ(リンク先付記3参照)などはさしずめその代表格で、山や鉱物は彼らの活力の源だった。

本鉱は FeO(OH)の組成を持つ酸化水酸化鉄(III)の鉱物で、学名をゲーテに因んでいる。和名を針鉄鉱というのは、そのさまざまな形態のひとつに針状の結晶形があるからだ。
画像の標本はまた別の形態を示しており、微小結晶が脈をなして層状に重なり、カルセドニー(めのう)などと同様の集合形をとっている。表面は腎臓状というのか、多数のあぶくが泥濘にぼこぼこと泡立ちそのまま固まってしまったようである。鏡面的な光沢があるので、つい鏡鉄鉱(赤鉄鉱)という言葉が念頭に浮かぶ。

 酸化水酸化鉄には同質異像(多形)があり、素人には分類が厄介である。針鉄鉱(ゲーサイト)はα-FeO(OH)に相当するものだが、アルファがどういう状態なのか、3次元空間のイメージ喚起能力に乏しい私にはよく分からない。そもそもα鉄だってイメージできない。
対してγ-FeO(OH)にあたるのが鱗鉄鉱(レピドクロサイト)で、両者は自然界に普遍的に存在し、普通に共存している。いずれも斜方晶系の構造を持つ。我々愛好家レベルでは特に区別しなければならない理由が見当たらないし、現実に不可能でもあるので、実用的に含水酸化水酸化鉄を主成分とする鉄鉱石の古くからの名称 Limonite (褐鉄鉱)を用いる方がむしろ好都合に思われる。ただしこの名は種名として認められていない。
この他にβ-FeO(OH)にあたる赤金鉱(Akaganeite: あかがねこう)がある。赤い金か銅(あかがね)の鉱物のようで紛らわしいが、赤金はこの鉱物が発見された鉱山だ(1956年発見、62年記載)。正方晶系の構造を持つ。通常の環境下では不安定で、針鉄鉱と加水赤鉄鉱とに分解してしまう。従って模式標本は存在しない。
水分のある環境では鉄が容易に腐食され、いわゆる赤錆を生じることは誰しも経験することだが、この錆は褐鉄鉱にほぼ等しい。考えてみると、ゲーテの名はごくありふれた物質に当てられたわけで、普遍を求めた万能の天才に相応しい成り行きといえようか。鉄分は活力の元でもあるしね。

君知るや 鉱物の国
リモナイトは花咲き くらき洞の中に
こがね色したるパイライトは燃える
青く晴れたる瑠璃より午後の気流は立ち昇り
ミラライトしづかにラウモンタイトは高くそびゆ
知るやかの国 遠く 彼方へと
おお愛しき リトよ  君とともに行かまし 
 performed by minium

cf. 君よ知るや南の国

補記:沼地に出る含水性の鉄鉱(沼鉄鉱 ボグ・アイアン)をドイツでは Wisenerz 沼沢地の鉱石とも呼んだ。これをギリシャ語の Leimon (沼沢地)に換えてハウスマンが Limonite の語を作った(1813年)。たいてい赤錆の吹いた赤褐色をしているので、褐色の鉄の鉱石 Brauneisenerz と通称し、訳名はこちらに拠って和田博士が褐鉄鉱とした (1878年)。

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