619.ジルコン2 Zircon (パキスタン産ほか) |
ネソ珪酸塩鉱物であるジルコンは融点が高く、硬度もそこそこ、風化によく耐えて分解しにくいので、初生火成岩中はもちろん、変成岩や堆積岩中にも広く分布している。風化残留物として漂砂堆積層から採集される砂状のジルコンサンドは資源として重要であり、耐火材、鋳物砂、研磨材、あるいはガラスや特殊合金への添加材原料としても用途が広がっている。
夜間に川床の砂地や山間の畑地などを紫外線ランプ(SW)で照らしたとき、金色〜茶色に光る砂粒があれば、それはおそらくジルコンであろう。ルーペで観察してみると、先端が四角錐に尖った柱状結晶が見られるかもしれない。ジルコンは正方晶系の結晶構造を持っているからだ。六角柱状であればおそらく水晶だが、水晶はまれに淡黄色に蛍光するものの、ふつうは蛍光しない。
残存性の高い本鉱は、年代測定が可能な場合、非常に古いものが確認されることがある。西オーストラリア州ジャック・ヒルの礫岩堆積層から採集されたジルコン粒子には約44億年前と計算されたものがあるし、日本では最近富山県の宇奈月で約37億5千万年前のジルコンを含む花崗岩が見つかっている。花崗岩自体はこれよりずっと新しく 2.56億年前に出来たとみられるが、マグマが地中を上昇してくる際に件のジルコンを含んだ古い堆積岩を取り込んだものらしい。日本列島では目下最古の岩石である。
なぜこんなふうに年代を評価出来るかといえば、微量に含まれるウランに拠るところが大きい。放射性元素であるウランが一定の崩壊率で壊変して(最終的に)鉛になってゆく性質を利用し、同位体比を評価することで年代を判定する方法がそのひとつ。この方法では最初に鉛がどれだけ含まれていたか分かっている必要があるが、都合のいいことに出来立てのジルコンは相対的に鉛をほとんど含まないと考えられるのだ(モナズ石も同様。厳密にはウラン濃度の異なる部位を多点分析して初期鉛濃度を評価する)。上記の例はいずれもこの原理を利用して2次イオン質量分析計によって年代決定された(Shrimp
U-Pb法)。
またウランの崩壊はα壊変が支配的であるが、わずかな確率で自発核分裂を起こす。その時互いに逆方向に飛び跳ねた(重たい)分裂元素が周囲の物質に直線状の飛跡を残すので、この傷痕が単位あたり何本あるかを数えることにより年代を評価する方法もある。こちらはウランの含有率(量)を精確に知る必要がある。なおこの種の傷痕は熱を受けると修復される傾向があり、ジルコンでは200-300℃以上の環境でリセットされるそうだ。
一般に放射性元素を含む鉱物は放射線エネルギーを受けて結晶構造が次第に無秩序化(メタミクト化)してゆくが、ジルコンの場合、比重、硬度、屈折率の減少といった物理的変化を伴う。メタミクト化の程度は放射性元素の含有量や経過時間によって個体ごとに異なるから、ひとくちにジルコンと言っても物性はまちまちである。構造のしっかりしたジルコンをハイ・タイプと呼び、損傷が進行するにつれ物性値が低くなることから、ミドル・タイプ、ロー・タイプと呼んで区別している。面白いことに適当な熱履歴を与えると、これらの損傷もまた修復されてハイ・タイプに戻る。宝石にはもちろんハイ・タイプが望ましい。
放射性を帯びたジルコンを身につけて大丈夫かという心配については、まあ微量なので、小さな宝石を数個持っている程度では問題視されないといっておく。
問題になるとすれば、むしろジルコンサンドを大量に輸送したり使用するケースであろう。モナズ石(モナザイト)の輸送に絡む騒動がひと頃ニュースになったことがあるが、ジルコンサンドも実は同類で、量が集まると無視できない強さの放射線を振り撒くものである。
最近は国際的にテロ対策が厳しくなって放射性物質の輸送に官庁の目が光っているが、その以前から放射線量が異常値を示す貨物が輸入検査でひっかかることがあった。予め内容物が正確に申告されていればいいのだが不審物扱いされるとちょっとした騒ぎになる。もちろん公道を搬送する際には法令規制値以下に収まるよう、小分けして運んでもらわなければならない。これはコンテナ一杯の鋳物砂といったお話なので、宝石とは桁違いの線量である。
オーディオの分野ではジルコンサンドが理想的な制振材として用いられてきた。放射線の影響は粉塵(やラドンガス)を吸入することによる内部被ばくが大きいと考えられるので、完全に密封してあればたいした害はないような気がしないでもないが、私自身は生活空間にジルコンサンドを置くのはちょっとためらいがある。まあ、少量なら…?
ジルコンはウラン以外にも様々な重元素を含むことが珍しくない。例えば亜種のシルト石 Cyrtolite (ギリシャ語の kurtos(曲がり)に因む。湾曲石:面が著しく湾曲している)は、ウランのほかにイットリウムなどの希元素を含んでいる(ふつうメタミクト化している)。ふつうロー・タイプで、結晶形は不明瞭で丸みをおび、メタミクト化によって黒っぽく曇っていることが多い。岐阜県に産する苗木石も同様で、球状の集合体で産し、イッ トリウム、ニオブ、タンタルなどを5%前後、トリウム、ウランなどを8%程度含み、色は緑・灰・褐色で樹脂〜ガラス光沢を示す。長野県産の山口石は希土類元素のほかに燐(やウラン)を多く含む。愛媛県からは、希土類、燐、トリウムを含む大山石や、希土類、ニオブ、タンタル、トリウムを含む波方石が出る。水分を多く含む(風化分解された)ジルコンにはマラコン malaconという名称がついている。ギリシャ語の malakos(軟らかい)にちなみ、和名は軟風信子鉱といった。
ジルコンの標本は黒っぽく地味なものが多いが、ノルウェー産の赤褐色の結晶は母岩付きでサイズも頃合いなので定番品のひとつとされている。供給ソースが一手と言われ、わりと高値が維持されてきたが、最近は多少緩和された気がする、というか、鉱物標本全体の価格が高くなっているので逆に値ごろに感じられる。慣れはこわいものである。
上のパキスタン産の画像は分離結晶ながら形が整い、多少なり透明感があって美しい。これも定番であろうか。
次のマラウィ産は多数の柱状結晶が緑れん石上に散らばったもの。マラウィは昨今エジリンやユージジム石などで例外的な巨晶を市場に送り出しており、これもその類のものか。現場は一体どうなっているのか、興味深々である。
このサイズの標本になるとさすがに背景線量(バックグラウンド)の2〜3倍の放射線がガイガー管で計数出来る(本当の放射能鉱物と比べればささやかなものであるが)。紫外線でオレンジに蛍光するのが美しい。闇の中のオレンジ。聖杯の探求。
下の画像の標本はハフニウムを5%ほど含む亜種でアルヴァイトと呼ばれる。ジルコニウム鉱物はハフニウムを必ず含んでいるが、ジルコンではだいたい1〜4%がふつうである。ハフニウム優越種はハフノンと呼ばれる。ちなみにトリウムが優越する種はトール石、トール石の珪素の一部が水で置換されたものがトロゴム石である。(「日本希元素鉱物」では、ベリリウムを特に多く含むものがアルブ石
Alvite とされている)
ウクライナ産のジルコンの変成物(メタミクト化?)には
Auerbachite
という名がついている。これを研究したアウエルバッハに因んでヘルマンが命名した(1858)。
コフィン石やゼノタイムはジルコンと同じ結晶構造の鉱物である。
cf. No.521 ウラン−鉛法
補記:日本では明治半ば頃から石英・長石・錫石などを目的に各地のペグマタイトで採掘事業が行なわれ、また宝石原石のトパズが採集されたり、さまざまな希元素鉱物が発見されるようになった。岐阜県福岡村(当時)では明治20年頃から付近の砂鉱を採集してスズ鉱を選鉱していたが、東京の金石舎を介して出回った残砂からフェルグソン石、コランダム、金緑石や苗木石(明治37年命名)が発見された。苗木石は当時の分析でジルコンが示されなかったが、後に変種ジルコンと分かった。砂鉱からは恵那石(ウランを含んだトール石/ウラノトール石)も見つかっている(1932年)。
波方石(はがたせき)は愛媛県越智郡波方村(当時)、大山石は同郡大山村(当時)で採集され、1926年に報告された。いずれも変種ジルコン。山口石は長野県西筑摩郡山口村(当時)産の変種ジルコンで
1932年に命名された。
この他、変種ジルコンとして報告された国産鉱物は数多い。
長島父子の「日本希元素鉱物」(1960)には本邦産希元素鉱物として次の和名石が紹介されている。飯盛石(種)、阿武隈石(Y-ブリト石)、野木沢石(Brockite)、岡本石(含Bi
マイクロ石)、河辺石(種)、石川石(疑義あったが現在は
IMA種)、人形石(種)、恵那石。
なお手代木石はイルメノルチル、長手石は含リン褐れん石。北投石は含鉛放射性重晶石で、秋田県鹿湯温泉渋黒沢のものは渋黒石と呼ばれていた。