664.クライン石 Kleinite (USA産)

 

 

Kleinite クライン石

Kleinite クライン石

Kleinite クライン石

クライン石 -USA、ネバダ州フンボルト郡マクダーミット鉱山産

 

水銀の特異な性質、銀のように白く輝きながら素早く動きまわり、掴もうとすると逃げ、加熱すると飛び去って消えるめまぐるしい性質は古くから人々の注目するところだった。ヨーロッパでは「生きている銀」、クイックシルバーと呼ばれた(cf.No.663)。
中国では「火に遭うと飛散し、跡形もなく姿を消す」この液体金属は、文字通り「水のような性質で銀に似て」おり、「霊而最神」(霊妙にして神秘の最たるもの)とされた。

古代中国では血のように赤い辰砂が生命力を象徴する物質、霊魂の宿る依り代として呪術的に信仰されてきたが、春秋期以降、神仙思想の広まりとともに長生薬としての水銀の効果が説かれるようになった。羽化登仙して空を自在に飛行し、下界の俗塵を遠く離れて雲上の高山に独り座し、霞を食べて清廉恬淡の長生を楽しむ仙人は、きわめてリアリスティックな精神風土の中で生きる中国知識人のひとつの憧れとして夢想された。そして水銀は辰砂や雄黄(orpiment) とともに不老長生、軽身の性質を宿す物質とされた。昇華しやすい水銀の力を体に採り入れることで、仙人の軽やかさ、自在さ、あるいは若々しさの性質が身に具わると考えられたのだ。
もちろん水銀の毒性は知られており、そのまま服用すれば却って死を招きかねなかった。そこで煉丹術師は火によってその性質を変え、激しい毒性(反応性)を穏やかにし、純度を高めて薬剤に適する物質に変化させようとした。伏火、殺毒という。火によって毒を伏し、昇華しやすい水銀を固定して飲用に適するものとするのだ。
こうした水銀(辰砂)を医薬とする思想・実践法は、アラビアに伝わってアラビア錬金術のエリクシルとなった。そして遠くヨーロッパにまでこだまを響かせた。例えばパラケルススの「毒をもって毒を制す」流儀は正しくその衣鉢を継ぐものである。彼は水銀をはじめ、さまざまな毒性鉱物を用いた薬を調製して治療を行った(cf.No.662No.666)。
また、我らが石、賢者の石(cf.No.651)の幻想に煉丹薬の面影を求めることも難しくない。

画像の標本はクライン石。組成 Hg2N(Cl,SO4)・nH2O。窒素や硫酸基を含む塩化水銀の水和物である。わりと珍しい鉱物で産地も限られている。柱状結晶をなすが、3番目の拡大画像では結晶構造に由来する擬似六角形の面も見えている。
標本にはレモン黄色の結晶(クライン石)のほかにオレンジ色の柱状結晶がついている。いずれ水銀を含む2次鉱物に違いないが何なのか分からない。
クライン石は日光にあてていると色が濃くなりオレンジ色〜茶色に変化するが、暗闇で保管しておくと元のレモン色に戻るという。エグレストン石(Eglestonite)が共生する場合、こちらはいったん色が濃くなるとずっとそのままだそうだ。遮光保管が望ましかろう。

補記:「…インディア諸島から来たソコルトリーノ・アロエ、最高の傷薬です。水銀、死人を生き返らせると言うが、正しくは気絶した者を目覚めさせる草です。砒素、非常に危険で、飲むと命を落とす劇薬です。瑠璃草、肺病によく効きます。郭公草石蚕(かっこうちょろぎ)、頭蓋骨折に効能があります。乳香、これは肺炎や重度の炎症を抑えます。…ムーミア。滅多に手に入らないもので、ミイラ化した死骸を解体して作ったものですが、いろいろな薬の調合に用いると、奇蹟に近い効果をあげます。薬用マンドラーゴラ、これには覚醒作用があります。…酸化亜鉛、眼病の特効薬です。」(エーコ「薔薇の名前」上p172)

補記2:インドのマーダヴァ(14C)は「水銀は彼岸(パーラダ)と呼ばれる。輪廻転生の繰り返しを超えるための乗り物となるからである」(全哲学綱要)と述べた。またB.ダシュは「インドでは錬金術は手段であった。生身解脱(ジーヴァン・ムルティ)を成就するため、宗教的修法を十分な期間実践できるように、行者の健康を積極的に増進させるべく水銀を調製することがその真の目的であった。」と述べた。水銀は一面ではそのまま解脱薬(中国流にいえば羽化登仙の妙薬)であり、一面では長生のための若返り薬として認識されていたのである。

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