701.菱マンガン鉱 Rhodochrosite (中国産)

 

 

菱マンガン鉱と水晶 -中国、広西チワン族自治区、Babu鉱業地区 産

 

「鉱物採集フィールドガイド」(1982)を手にした人は誰でも、「鉱物標本は自分で採集してナンボ、購入は下の下」という草下氏の信念あるいは意地を、全編を通じて強く感じとらずにいないであろう。(cf. No.468)
それは蒐集家の心得というより、むしろ採集家の矜持なのであるが、氏が喝破した通り、「できるだけ大きく美しく、しかも傷ひとつない完全な結晶や標本を手に入れて、どんなものだと他人に見せびらかす」のが「無上の楽しみなのである」限り、そして「アマチュアからこの楽しみを奪ってしまったら、あとにたいしたものは残らない」のであればなおさら、これは採集家が採集家仲間に対して通すべき仁義でもあろう。

とはいえこの矜持は、大方の採集家のコレクションが、つねに自己採集品だけで構成されていることを意味するものではない。むしろ、そんなことはまずありえないといってよい。なぜなら採集家は採集家である以前にまず蒐集家であり、蒐集家の標本への執心は、つねに採集家の矜持を上回るからである。
大きく美しく、しかも傷ひとつない完全な結晶や標本を得るために、購入を含め、交換や救出、供与・寄贈の交渉など、あらゆる手段を尽くすことは、むしろ蒐集家の身上である。実際のところ、鉱物愛好家からその執心を奪ってしまったら、あとにたいしたものは残らない。(草下氏にしてもオーストラリア産の紅鉛鉱はやはり欲しかったのだ →No.699

もちろん、自己採集の望みがある限りそれに賭ける、勉強のための参考標本は(押さえで)買ったとしても、それを上回る逸品を目指して幾度となく産地に通う心意気は採集家にあらまほしきものだ。
一方、自己採集の望みの乏しい海外産標本なんかは、あれこれ考えずに買ってよしとする、それもまた潔きかなである。スイートホームの菱マンガン鉱、カリフォルニアのベニト石、ボリビアのフォスフォフィライト、モロッコの淡紅銀鉱、インドのカバンシ石。世界は広いのであるから。

つらつら書いたが、現代の日本ではたいていの趣味が消費のひとつの形式となり、ブームは商業主義と分かちがたく結びついている。なので、90年代の鉱物ブームを支えた愛好家の多くは、標本の購入に小賢しい理屈を並べる必要をほとんど感じなかっただろうと思われる。言い換えれば、自己採集にこだわっていれば鉱物ブームはなかった。

画像は中国産の菱マンガン鉱。記憶がもうひとつ定かでないが、市場に出回り始めたのは2005年よりも後だったと思う。コロラド州スイートホーム産の標本が高額化して敷居が高くなったいま、中国産は蒐集家にとっての福音になるのではないか、と私などは期待したものであるが、あいにく本家に及ぶ品質のものはこれまでのところ出ていないようである。今後に期待か。

 

補記:ある古い国産品コレクターさんによると、昔は石を金で買う風習がなかったのだという。学者さんは献上されるのを当然と思い、甘茶はいかに親しくなってタダでもらうかに血道を上げた、と。岐阜県田原の採石場あたりでは、ガマのあるハンパな石材を破らせてもらって酒手を置いて帰るのが慣例だったが、これも石を買うのでなくお礼をするという感覚だった。
従って、タダでもらうことの出来ない貴重な標本を金で譲ってもらうなどという所業は、唖然とするほかない新手の奇襲戦法だった。なぜ思いつかなかったのか!(金銭づくで話を持ちかけることは失礼に当たるという感覚もあったろうし、吝くもあったのだろう。)

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