732.自然テルルほか Native Tellurium (ルーマニア産)

 

 

自然テルルとテルル石(ほか)、水晶を伴う 
-ルーマニア、トランシルバニア、ファチェバーニャ(ファチャ・バーイ)産

 

ルーマニアは「テルルのふるさと」といわれる。実際、サカルンブのナギャグ鉱を始め各地にテルル鉱物が出て原産地として記載されたし(No.730)(そういう意味では日本も幾つかのテルル鉱物の原産地だが)、ファチェバーニャの金鉱石からはクラップロート(1743-1817)が単体テルルを分離し、新元素として確認した(1798年)。そして 1802年には同地の鉱石中に自然テルルが見出され、彼の報告するところとなっている。天然の単体もまた、そこにあったわけだ。
自然テルルはその後、サカルンブ、オッフェンバーニャ、スターニャ、ブラドなどの鉱石中にも見出された。通常錫白色の塊状または微粒で産し、自形結晶は柱状ないし針状。端面のあるものは水晶のような尖頭を持つ六角柱状となる。へき開完全。

画像は原産地の鉱石標本で、「自然テルルの結晶付き!」というので入手した。が、実物は爪の先ほどの小さな母岩に金属光沢の微粒がまみれたもので、とても肉眼で確認できる結晶ではない(ちなみにクリップルクリークにはかつて2cmクラスの結晶が出たそうだ)。総合倍率20倍の実体顕微鏡を覗くと、銀白色金属光沢の粒が沢山見えて、ときに結晶面らしきものもある。しかしどれが自然テルルなのかというと、私にはよく分からない。とりあえず画像を2点載せておく。どこかに写っているでありましょう(笑)。

2枚目の淡黄色半透明の放射状結晶は2次鉱物の テルル石(酸化テルル鉱)。テルル石もまたファチェバーニャが原産地で、私の知る限りでは ハンガリーの化学者カール・ヴィルヘルム・ペッツ(Petz:1811-1873)が、1842年に自然テルルに伴う小球状の本鉱を報告し、1849年テルルに因んで Tellurite と命名された。ペッツは吹管分析による反応からテルル酸を識別したと言われている。
ちなみに 1845年にハイディンガーが記載したペッツ鉱 (petzite) は彼を顕彰したもので、ペッツはサカルンブ産のこのテルル鉱物の最初の報告者でもあった。ペッツ鉱(Ag3AuTe2)はテルル化銀のヘッス鉱(Ag2Te)に「少量の金を含むもの」と原色鉱石図鑑(木下)にあるが、加藤博士によると自形は未報告で「観察同定上参考にできる情報がそろっていない」ということなので、私にはまず識別できないだろうと思う。

2枚目の画像中央の金白色の結晶は、初めてみたとき黄鉄鉱と思ったが、おそらくクレンネル鉱と思われる。クレンネル鉱は、ジェンスによってカラベラス鉱が記載された後にサカルンブから発見された鉱物で、成分は似ているが結晶系が異なる。ハンガリーの鉱物学者ヨゼフ・クレンネル(1839-1920)が発見し、恩師のブンゼンに因んで bunsenine としたが、同じ年、ゲルハルド・フォン・ラスによってクレンネル鉱に変更された。すでに bunsenite という酸化ニッケル鉱が記載されており、混同を避ける必要があったのである。
カラベラス鉱(AuTe2)とクレンネル鉱((Au,Ag)Te2)、そしてシルバニア鉱(AuAgTe4)の3種は、代表的なテルル化金(銀)鉱で、たいていの金-テルル鉱脈の主要金鉱石はこのうちのいずれかである。
カラベラス鉱では銀は必須でないが、普通 2-3 wt%程度を含む。クレンネル鉱は銀が必須元素で 4-6 wt%程度を含む。シルバニア鉱ではさらに銀分が多くなる。カラベラス鉱とシルバニア鉱は単斜晶系、クレンネル鉱は斜方晶系の構造を持つ。Dana 8thほかに、カラベラス鉱とクレンネル鉱は同質異像とあるが、銀分が必須かどうかの違いがあるので、厳密にはそうでない。
合成実験によると、カラベラス鉱は銀分 0-2.8 wt%、クレンネル鉱は 3.4-6.2 wt%、シルバニア鉱は 6.7-13.23 wt%が安定領域という。肉眼による3種の区別はなかなか曲者だが、色が金色に近いか銀色に近いかがひとつの目安であり(面や光源によっても色が異なる)、へき開による条線の程度が参考になり、またクレンネル鉱の結晶はほかの2者と少し違って斜方柱状になることなどで判断されている。しかし微粒で産する場合は難しい。原色鉱石図鑑には、腐食試験による識別法が示されているが、一般のコレクターは標本ラベルを信じるほかないのが実状だと思う。
なお、クレンネル鉱は 1966年に記載されたコストフ鉱 (kostovite: CuAuTe4: 斜方晶系)の金置換体に相当するとされ、現在はこれらがコストフ鉱‐シルバニア鉱群としてまとめられている。しかし加藤博士は、(結晶系の違いによって)、「コストフ鉱‐クレンネル鉱系とカラベラス鉱‐シルバニア鉱系に2分割したほうがよい」と述べている。

補記1:ヨセフ・クレンネルはセムセイ鉱の記載者。⇒No.637

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