730.ナギャグ鉱 Nagyagite (ルーマニア産)

 

 

ナギャグ鉱(鉛色/へき開面)、 基層は菱マンガン鉱、上層は水晶
-ルーマニア、トランシルバニア、サカルンブ (ナジャーグ)産

 

トランシルバニア地方はローマ時代すでに産金で知られていたが、18世紀の初め頃、ナジャーグ(現サカルンブ)の森で豚を放牧していたイヨーン・オルミンデアヌという農夫が、裂け目が眩しいほどに輝いている岩をみつけた。この森では金属が採れるに違いないと考えて領主のボルン男爵家に知らせた。男爵は何年もかけてあたりを調べて黒い葉状鉱石の鉱脈を見つけた…ということになっている。彼は最初それを黄鉄鉱だと思ったが、オーストリアの研究者に調べてもらうと金を含んでいることが分かった。
1746年、女帝マリア・テレジア(1717-1780)は金山開発を支援することに決め、翌年ボルンと仲間のヴィルドブルクは最初の坑道を開いた。彼らはこの立坑を「マリア立坑」と名づけたが、地元の民びとは「ジプシーの立坑」と呼んだという。その森に彼等の生活道具を修繕するジプシーが住んでいたからだ。
黒い鉱石からは確かに金が取り出せたが、成分にはよく分からないところがあった。やがて同様の鉱石がズラトナやバヤ・デ・アーリエス(オッフェンバーニャ)でも見つかり、のちにはブルジョニ山脈でも見つかって、この地方は金の大産地として知られるようになる。冶金学者の I.E.v.ボルン(1742-1791. 上記ボルン男爵の息子/ Bornite 斑銅鉱に名を残す)は鉱物誌をまとめている。19世紀にかけて無数の縦坑が掘られ、1748年から1876年の間におよそ40トンの金を産した。サカルンブの町は繁栄し、1835年には鉱山学校も作られた。

この葉状鉱石の成分は1780年頃にはまだ不明で、ハンガリーの化学者ラーマチャハージは、錬金術用語を使って「未熟な金」と表現した。
ズラトナのマリア・ロレット坑(ファチェバーニャ/ファチャ・バーイ/ face of the mine)で採れる別の金鉱石は「ファチェバーニャの白い葉状金鉱石」(I.E.ボルンはそう記した)とか「アンチモン性の金色鉱(黄鉄鉱)」と呼ばれていたが、ルプレヒトはこれを「モリブデンを含む銀」として、自然アンチモンを含むと考えた。故国トランシルバニアを旅行して鉱物標本を収集したミュラーは、1782年に同様の鉱石を調べてむしろ硫化ビスマスとしたが、翌年には考えを変え、未知の金属を含んだ金鉱石(疑わしい金)だと述べた。この物質についてもっと確証を得ようと考えたミュラーは、1796年ドイツの化学者クラプロートへ試料を送り、クラプロートは1798年、新金属をテルルと名づけて発表した。彼は1789年にヨアヒムスタールのピッチブレンドから新しい金属元素を発見して、天王星(ウラヌス)に因んでウランと命名していたが、今度は対して大地(大地の女神の名でもある)を持ってきたのだった。(cf.No.218
ところで同様の鉱石(「銀を含むモリブデン鉱」)は当時ドイチェ・ピルゼン(現プルゼニ)でも見つかっており、これを研究したキタイベルが 1789年に独立にテルルを発見している。
後にクラップロートとキタイベルはテルル発見の経緯について互いに書簡を交わした。それによるとキタイベルは、1790年には鉱物学者エストナーとピルゼンの鉱山監督官ハイジンガーとから、彼が発見した金属は「おそらくナジャガイト、すなわち「トランシルバニアの灰色の金」(とI.E.ボルンは記した)の中にも隠されているだろう」と告げられ、その後実際にナジャガイト中にテルルの存在を認めたことが知られる。

ナギャグ鉱は鉛、金、アンチモン、テルルの硫化物で、理想組成式 Pb12Au2Sb3Te6S16。黒っぽい鉛色の金属質で、へき開が発達した葉片状の薄板をなし、柔らかいので折り曲げることができる。顕微鏡的なものはテルルを伴う世界各地の金鉱床に産するが、肉眼的な標本が多産したのはナジャーグのみだという。
化学組成は必ずしも一定でなく、金の含有量もそれに応じて変化するため、長らく謎の鉱石とされていたが、近年金とテルルの置換関係が明らかにされて謎が解けた。金・テルルの層とほかの金属硫化物の層とが規則的に集積した鉱物と考えられている。自形結晶は正方形に近い板状。学名は産地の古名(ハンガリー名)ナジャーグに因んで Nagyagite であるが、地元ではやはり地名に拠ってサカルンバイト Sacarambite と呼ばれる。和名はナギャグ(ナギヤグ)鉱または葉状テルル鉱。黒テルルとも称する。(葉状テルル/ Blatterine/ Blaettertellur は J.J.Huot (1841)、黒テルル/Black Tellurium は Aikin による名(1814))

サカルンブは本鉱のほか、クレンネル鉱、ムスマン鉱、ペッツ鉱、スタッツ鉱などのテルル金銀鉱の原産地でもある。ナギャグ鉱標本は今日入手が難しいもののひとつで、この標本もかなり古いコレクションの還流品。

補記:モリブデン鉱(輝水鉛鉱)は葉状で産する鉱石の代表格。

cf. ヨハネウム4 (葉状テルル)   ウィーンNHM蔵

Sowerby Exotic mineralogy よりナギヤグ鉱

ナギヤグ鉱山の遠景

 

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