977.水晶(ブラジル式双晶) Quartz Brazil law twin (ブラジル産) |
No.972〜976 に述べてきたのは水晶の共軸式貫入双晶についてで、180度回転対称の配置をとる2種の個体の組み合わせ(左手+左手または右手+右手)、あるいは右手と左手の2種の個体の組み合わせによって説明出来る類の複合結晶体である。前者と後者とを組み合わせたタイプの双晶もある。今日、それぞれドフィーネ式双晶、ブラジル式双晶、ドフィーネ・ブラジル式双晶(コンバイン双晶)と呼んでいる。
これらの双晶は食像を作ると容易に識別することが出来、一見単結晶にしか見えない水晶も実は双晶になっているのが通例だということが分かっている。逆に言えば自然界の水晶はたいてい双晶領域を含んで存在するのだが、破壊的な検査をしない限りそれと知ることは難しい。ただ錐面と柱面との肩の部分に微小傾斜面が現れている場合は、その配置によって双晶と分かることがある。この種の標本を形態上の双晶と呼び、我ら鉱物愛好家は認めて喜び舞い踊る。
形態上の双晶は(幾分の珍奇気分を伴って)古くから観察されてきたに違いないが、ヨーロッパの鉱物界がこれを結晶学的に定義したのは19世紀前半のことである。文献はドイツの
C.S.ワイス(1816年)が先駆けで、彼は回転対称性の双晶(ドフィーネ式双晶)を明確に意識した。ブラジル式双晶の形態も(稀なタイプとして)観察したようだが、ただその対称性は回転操作の組み合わせによって解釈出来るものと考えた。
イギリスのハーシェルは水晶の微小傾斜面の観察(左右手の判定)によって透過偏光の旋回方向を予測出来ることを示したが(1820年;cf.
No.940)、彼をして戸惑わせる一個の標本があった。H.J.ブルックのコレクションで、複数の微小傾斜面(斜向面)を持ち、これらが頂点に向かって互いに反対向きに巻いているのだった。そのため右手水晶とも左手水晶とも呼びかねた。彼としては輪切りにして旋光の方向を調べてみたかったのだが、ブルックはこんな珍しい標本を切り出すことを拒んだ。当然であろう。
今日いう形態上のブラジル式双晶だったと思しいが、この形態を正しく左右対掌体の混在として定義した(文献で示した)のは
G.ローゼが最初ということになった(1846年)。cf. No.975
ローゼの示した理想結晶図は、その後のほぼあらゆる鉱物書のお手本とするところであるが、実際問題として、(微小傾斜面の配置で識別できる)形態上のブラジル式双晶を見る機会は乏しいと言って過言でない。
ブラウンズ/スペンサーの「鉱物界」(1912)の図版53には下の画像(fig.4)が示されて、「紫水晶:右手結晶と左手結晶との双晶、ブラジル産」とあるが、本文には次のように書かれている。
「fig.4は左手結晶と右手結晶との共晶である。fig.2や fig.3の双晶(※ドフィーネ式双晶のこと、 No.974に画像を示す)は一般的である。しかし fig.4のような形態が明瞭に発達した双晶はきわめて稀であり、ごくわずかなコレクションにしか見出されない(図に示したのはコブレンツのグスタフ・セリグマン氏のコレクションである)。この種のものは、ブラジル産の紫水晶において見られ、ブラジル・ツインとして知られる。 trapezohedral (ねじれ双角錐)面(※ x面等)の双晶配置が見られることは稀だが、(※この種の双晶が)きわめて一般的であることは、結晶の光学的検査によって証明されている(※文脈からすると、ブラジル産の紫水晶には「隠れブラジル・ツイン」がありふれているという意味だろう)。」
もちろんそれから一世紀が過ぎて、パワーストーン市場が途方もない隆盛を謳歌する現代では、fig.4のような標本にお目にかかれる機会は当時よりはるかに多いはずだと言えるかもしれない。それでも私の実感としては、形態上のドフィーネ式双晶を見る機会は結構あっても、形態上のブラジル式双晶の標本はやはり珍しいように思う。
ここに挙げたのはブラジル産の普通の透明水晶である。頂点が短いノミ形になった結晶だが、もっとも大きく発達した錐面と、頂点の稜線を形成するひとつ置きの3面との整合性から
r面と z面とを判別すると、一番目の画像のトレース図に示したようになる。すると
r面下と考えられる柱面の左右の肩に鏡面対称形の微小傾斜面(
x面)
が現れていることが分かる。形態的なブラジル式双晶の配置である。
二番目の画像は結晶を右に回して左半分を見せたものだ。先の画像の左肩の左手
x面から、肩を一つおいた左側の肩にやはり左手 x面が現れており、こちら半分が形態的に左手水晶になっていることが分かる。
一方、結晶を左に回して右半分を見せたのが三番目の画像だ。一番上の画像の右肩の右手
x面のすぐ右隣の肩に右手 x面が現れており、こちら側は形態的に右手水晶になっていると思しい。ただしこの並びは形態上のドフィーネ式双晶の配置である。
こうした観察により、この標本は少なくとも結晶表面においては左手水晶と右手水晶との混合体であり、形態上のブラジル式双晶であると言ってよさそうである。
一点疑義を挟むなら、一番目の画像の左側の
z面下の柱面に、右手 x面と(等価と)思しい微小傾斜面が現れているのをどう解釈するかである。この肩には左右に微小面があるわけで、このような形状が何を意味するかは今のところよく分からないと言わざるを得ない。(これは
No.940 や No.969の標本にも見られる配置だ。)
通常 r面下の柱面に現れる微小傾斜面が z面下の柱面に補面として現れることは、ごく低い頻度で観察されるそうだが(形態上のブラジル双晶の出現より稀と書いた文献がある)、その結晶学的な解釈に踏み込んだ鉱物書には私はまだ行き当たっていない。(※補記3)
なお、一番上の画像の正面の柱面を見ると、中間に縦方向の段差が走り、条線の具合が左右で違っていることが分かる。左側の下部には、おにぎり形△を少しつぶしたような、やや扁平な三角丘の凹模様が見える。実はこのタイプの幾何模様もまた、ブラジル式双晶が持つ特徴の一つと考えられる。そしてこの周辺の内部構造はラメラ状ないしブロック状(サテライト形)である可能性が高い。 cf. No.976 (ブラジル双晶の領域分布の図) No.986 (ブラジル双晶のサテライト)
補記1:肩に現れる微小傾斜面にはミラー指数の異なる数種類がある。頻度が高いのは
s面(1 1 2 1)と x面(5 1 6
1)だが、ほかに ρ面(2 1 3
1)、u面(3 1 4 1)、y面(4 1 5
1)、ν面(7 1 8 1)、 n面(12 1 13
1)等が定義されている。これらの面は柱軸回りの巻き加減が異なるが、柱面との間になす境界稜線の仰角(あるいは俯角)はいずれも同じであり、これらが並んで出現する時の境界稜線の仰角も等しい(約48度)。ただし傾斜柱面や錐面との間になす角度はそれぞれ異なる。下図にそのイメージを示す。
s面は柱軸回りの巻き加減が、 r面と z面に対してちょうど中間にあたるので、左手
s面なのか右手 s面なのかは r/z面の判定とともに慎重に扱わなければならない。しかしほかの面は基本的に
r面下に見られ(本文に上述した補面の例外はある)、r面下の左右にある場合はいずれによっても形態上のブラジル式双晶と解釈出来る。
補記2:1番目の画像の正面に現れた微小傾斜面は、柱面との間の境界稜線の傾斜が通常(約48度:上図参照)より立っているように見える。これはおそらく柱面の部分が柱軸と平行でなく、やや傾いた傾斜柱面になっているためと考えられる。境界稜線の傾斜は柱面の(奥に向って倒れる)傾きに非常に敏感で、数度倒れるだけで大きく増す。下図にそのイメージを示す。
例えばΨ面は柱面よりも 約4度だけ向うに傾いた面だが、境界稜線の仰角は
65.6度になる(柱面に投影した角度。以下も同じ。自分で計算したので数値が精確かどうか少しアヤシイが)。
約8度傾いた d面との間の稜線は垂直になる。そしてこれより大きく倒れると境界稜線はさらに回転してゆき、M面(14度傾いた面)に対しては柱軸対称に反転して
52.9度の傾きを持つ。同様に錐面(38.2度傾いた面)との間の稜線は
13.7度の傾きを持つ。本文中で、x面の上縁は錐面と柱面との間の稜線(水平線)に対して傾いているとコメントしたのはこのこと。
一方、柱面及び各種の傾斜柱面と、錐面とがなす境界稜線はつねに水平線である。
補記3:M.デクロワゾーの水晶に関するモノグラム(1855)には、 z面下の柱面の縁に生じるいくつかの面を示した結晶図があるので引いておく。 q面、ρ面、λ面、X面などがこれにあたる。基本的に傾斜柱面(大傾斜面)を伴って生じるものらしい。図中、P面が今日にいう r面、e1/2面が z面、e2面が m面(柱面)で、傾斜柱面は 一般に e(y/x)の形で示されている。