978.水晶(双晶の識別4) Quartz (インド産)

 

 

 

水晶 錐面(r面)の下に微小面が並んで現れたもの
−インド、ガネーシュ・ヒマール、ヒンドゥン産

 

水晶の結晶面には多数の種類があるが(cf. No.947)、一般向けの鉱物本が取り上げるのはたいてい錐面(r面とz面)と柱面のみであり、左水晶・右水晶の識別や貫入双晶の識別に絡めて s面や x面に言及していれば詳しい方である。
mindat は傾斜柱面(大傾斜面)の一つである M面を加えて6種の面で結晶を表現したモデルを提示するが、これはむしろ例外的なケースだろう。
s面、 x面はいつでも現れるわけでなく、現れても相対的に微小であるのが普通だから、関心を持って見る人でなければあることに気づかないほどだ。傾斜柱面はどういうわけか等閑視されがちな面で、錐面と柱面との細かな繰り返しで生じるに過ぎないとみなす鉱物本もある(※補記1)。結晶学の理論からすると、高指数面は出現頻度が低いはずのもので、出来れば存在してほしくないくらいなのかもしれない。他の面の出現頻度はなお低い。
従って水晶(結晶)はせいぜい s面、x面までの5面で構成されるかのようにみなされるのが通例で、鉱物に造詣のある方たちの間でも面の配置をこれら5面でのみ解釈してしまうことがあるようだ。言い換えると、ほかの面が出ているのにその可能性に思い至らない盲点が生じる。

錐面(r, z)、柱面(m)、微小傾斜面(s, x)、
傾斜柱面(M)の6面で表現した結晶モデル
右手水晶の例


一方、ブラジル式双晶は、r面下の柱面の左右両肩に微小傾斜面(x面)が現れた形態の4面モデルが伝統的に示されてきた。cf.No.977
そこで我々鉱物愛好家は、まずは x面が出てないか、出ているならどんな配置で並ぶかに気が向くのだが、世の中でブラジル式双晶と呼ばれる標本の中には、時に上述の誤解に立って解釈されたものがなきにしもあらずだ。
ひとつには M面などの傾斜柱面を x面と判断してしまう例である。下図のように柱面(m)の上に x面と M面とが並ぶと、M面が対称配置にある逆側の x面であるように見えてしまうのだ。

しかしよく観察すると、x面の上縁の稜線は錐面に対して幾分肩の側が吊り上っているのに対し、M面の上縁は水平(柱軸に垂直)になっている。またM面の下縁と柱面との間の稜線も水平である。条線が現れている場合はこれも水平な線になり、柱面に現れる条線に平行する。(錐面にも時に水平な条線が現れることがある。cf. No.974の標本
一方、 x面と柱面(m面)との境界の稜線は約 48度の傾斜をなし、水平にならない。 x面に(稀に)条線が現れる場合も水平な線ではない(cf. No.965No.969No.971 の標本を参照)。これらの特徴によって、図のM の領域は逆側の x面ではないと分かる。

本ページの画像はこの例を少し複雑にしたカタチの標本である。ネット通販で入手したもので、業者さんは、一つの柱面の両肩に x面が確認出来ること、ブラジル式双晶の可能性があることを謳っていた(※補記2)。もちろん釣られて購ったのだ。えへん。
ただネット上の画像を見るだけでは判断に迷うところがあったので、まあ授業料と思ってぽちったわけ。そして手元で調べてみて、次のことに気づいた。

1)マクロモザイクタイプの結晶である。正面の錐面(r面)に縦の分割線が複数入っており、柱軸に垂直な条線(水平線)が観察できる。条線はマクロモザイクの縦分割線を挟んで不連続。
2)画像の右側の柱面には水平な条線がある。左側の柱面にも水平な条線がある。(これらが柱面であることはほぼ確実。)
3)錐面下の左側に微小傾斜面らしき面が見られるが、上縁の稜線は左肩に向けて約23度上がっている。この面が x面なら約14度のはずで、少し傾斜がきつい。おそらく u面と思しい。(計算してみると、s面なら 65.5度、ρ面は 36.3度、 u面は 23.8度、y面は 17.4度。) cf. No.977 補記1。 

4)錐面下の右側にも微小傾斜面らしき面が見られるが、あいにく上縁の稜線は水平である(錐面や左右の柱面に現れた条線に平行)。また下縁の稜線も水平。この標本の正面の下半分は別の結晶が剥がれた破面になっており、下縁の稜線のすぐ下から破面の領域に入る。しかし、わずかに下の(柱)面が見られるので、下縁の稜線が水平であることは確か(破面が形成する線ではない)。以上のことから、この面は傾斜柱面と思しい。
5)上記3と4で示したように左は u面、右は傾斜柱面だとして、その間の領域だが、上の方は幅の狭い結晶面が横に並ぶ複雑な凹凸構造になっている。x面のすぐ右脇には水平な条線がみられ、おそらく傾斜柱面の一種。u面の右の境界稜線は、4に示した傾斜柱面の左側上の稜線と同程度の傾斜角であることから、この間の領域(の上の方)は u面と傾斜柱面との細かな繰り返しになっていると思しい。

6)間の領域の下の方はほぼ一様な面をなし、あたかも柱面のように見える。業者さんはおそらくそう考えて、左の微小傾斜面を x面と判断したのだろう。しかし、この中間の面には水平な条線がみられない。(u面の右下の斜め稜線に平行な、短い条線がいくつか見える。)
おそらくこちらこそが x面であろう。そうだとすると、右の傾斜柱面との間の境界稜線のなす角度からみて、傾斜柱面の種類は M面と考えられる(計算すると、u面と M面の間の稜線の傾斜は 81.4度、 x面と M面の間の稜正の傾斜は 52.9度)。 cf. No.977 補記2
以上を図にすると面の配置は次のようになっていると考えられる。

u面と M面とが直に接して、下半分の領域が破面でなく通常の結晶面を見せていれば、下図のような構成を示したと思しい。

以上をまとめると、この標本は形態上のブラジル式双晶ではない、という結論に至る。
このように主要5面以外の面が存在する可能性を視野に入れ、面間の稜線が柱軸に対してなす角度(柱面へ投影した角度)から妥当な面指数を検討すると、面の種類や構成への理解が進む。そして形態をより的確に判断出来ると思われる。
…と初めてやってみて大いに感激している私。

 

補記1:水晶の柱面には柱軸に垂直な条線がよくみられる。これは柱軸方向への成長の途上に存在した、錐面の下の稜線(水平線)や傾斜柱面の下の稜線(水平線)が、柱面上に残した痕跡と考えることも出来る。あるいは、柱面が成長するとき(成長層が積み上がるとき)は平らな面でなく、ともすれば柱軸の上下方向に細かな傾斜面を出現させやすいと考えることも出来る。この種の揺らぎを抱え込みやすい準平面なのだろう。

補記2:一説によると、(結晶構造上の)ブラジル式双晶であるかどうかは光学検査や腐食検査によって初めて判断できるもので、形態だけでは不確かであるという。業者さんが「可能性がある」と濁したのは、この種の破壊検査にかけるわけにゆかなかったからと思われる。

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