985.紫水晶・アメトリン(ブラジル式双晶3) Amethyst/ Ametrine (ボリビア産ほか)

 

 

 

セクター式のアメシスト インド産?
局部的に紫色に着色した水晶のスライス片
・切断面は必ずしも柱軸(光軸)に垂直でない。
・対向する面は平行と限らない。
・下側の標本は偏った5角形の輪郭を持ち、
いわゆるポリヘドラル・アゲートの特徴を示す。
(通常透過光)

アメトリン(スライス研磨片) −ボリビア産 No.31
アメシストの領域に若干の色ムラ縞がある。
通常光(非偏光)

偏光透過照明 紫色の領域のムラが強調されて見える

偏光透過照明+ハーフ検光

偏光透過照明+クロス検光

偏光透過照明+クロス検光 (やや傾斜視線で観察)

 

No.984の続き。
宝石アメシスト(紫水晶)の歴史は No.589に紹介した。ギリシャ・ローマ時代からアメテュストスと呼ばれ、プリニウスはインド産を第一等に挙げている。透明で美しい菫色をしており、インド産の最上のものは完全なテュロス紫色を帯びる、と書く(博物誌 37巻40)。
テュロス紫は、地中海沿岸に生息するツブリボラという小さな巻貝の内臓(鰓下腺)から取り出した分泌物から生じる色で、これで染めた糸や布を日光にさらすと美しい赤紫色に発色した。交易国家フェニキアの特産品としてテュロス(ティロス、ツロ、チレ。現サイダ)港から送り出されたのでその名があるが、布地一枚を染めるのにおそろしい数の貝を砕かなければならず、貝紫染めの布は貴重品で、その色を帝王紫とも称した。フェニキアが衰亡した後も、貝紫染めはギリシャ・ローマ文化圏に受け継がれ、15Cのコンスタンチノープル陥落頃までビザンチン文化圏に伝わっていた。
アメシストはそんな貴重品に擬する色の宝石なのだった。「良質の石は、光にかざすとその紫色の中にバラ色が、紅玉からのように、おだやかに輝き出ていなければならない」とプリニウスは言う。
中世ブランスのマルボドスは「宝石誌」(11C?)に、「濃いチュロス紫や、さらに濃い菫色のアメシストは、見る者の眼を楽しませる。また紅玉の色のワインのように輝かしいもの、ほころびはじめたバラのような淡いバラ色のものがあり、泉から静かに流れ出すワインの雫のようなさらに淡い色のものもある。これらのすべては装飾品になってインドの市場から伝わってくる。」と書いた。

テュロス紫(チレニアン・パープル)はやがて廃れ、一方テュロス紫色のアメシストは近代にシベリア産が有名になったので、今日ではシベリアン・カラーと呼んで珍重されている。近山大事典は、(赤みを帯びた)最上質の濃紫色のアメシストを「シベリア・アメシスト」と呼ぶ長い商習慣がある、と述べる。
ちなみに、D.フェダーマンは「色宝石ガイド」(1990)の中で、シベリア産はすでに入手困難で、(80年代に)望み得る最上のものはアフリカ産(ザンビア産)であること、しかし「アフリカン・アメシスト」と標識される宝石の半数はアフリカ産でなく、実はブラジルやウルグアイ産だと教えている。私は 21世紀に出たケニア産がキレイだと思う。

 

さて、アメシストは色ムラ(あるいは色の変化)の大きい宝石として知られる。原石ではしばしば色の濃い領域と淡い(または無色の)領域とが幾何学模様やセクションをなして共存するのが観察される。水晶の六角を対角線で区切った6つの三角セクションに、紫色の領域がひとつおきに現れる標本が古くから知られ、brauns/spencer の鉱物界にブラジル産のスライス標本が載っている。煙水晶と無色の(普通の)水晶とが同様のプロペラ模様をなす例もある。No.984、及び本ページの上二つの画像は類似の標本だが、この形状を基本としてさらに細かくセクション化が進んでいる。また鋭角二等辺三角形のセクションもみられる。(水晶の組織構造には第二柱面に平行する放射形状がしばしば現れ、これらの標本にもみられる。)
ドフィーネ双晶を想わせる着色部の入れ替わりもある。

上から3つ目のアメトリンは、紫水晶と黄水晶(シトリン)の領域が交互に並んで、基本形のプロペラ模様をなすものだ。このタイプの三角形の配置は、 r面と z面の2種の錐面の配置に呼応するとみられる。アメシストの色は、珪素イオンを置き換えて鉄イオンが構造中に入ることで生じた点状欠陥に、放射線が作用して着色中心(カラーセンター)を形成するためだという。この現象は結晶の成長の際 r面セクションで選択的に起こる傾向があるらしい。(補記2)
シトリンの発色は不純物の吸着によるといわれる。ボリビア、アナイ鉱山産のアメトリンでは一般に鉄分の含有量はアメシスト領域よりシトリン領域で有意に多く、また水和状態で含まれる水分子もシトリン領域で多いとの報告が出ている。シトリン領域では鉄分は水酸化物の状態で含まれるのだろうか。(※鉄が3価の状態だと黄色の発色、4価になると紫色に発色するとの説がある。シトリン領域の鉄イオンは4価になりにくいらしい。 cf. No.597 黄水晶, No.596
ちなみに不純物としてヘマタイト(酸化鉄)が結晶面を被覆する場合には r面上に選択的に蓄積する例が報告されている。 cf. No.974
煙水晶や黒水晶は、アルミイオンが珪素イオンを置き換えて、やはり放射線の影響で着色中心を形成して生じる。

No.984で書いたように、イギリスのブリュースターは19世紀の初めにブラジル産のアメシストの輪切り片を偏光で観察して、後にブリュースター・フリンジと呼ばれる縞模様を報告した。また着色色素が濃集する部分と散消する部分とが交互に存在して同様の縞模様をなすことを指摘した(No.984 引用図Xの fig.2, fig.3 の赤色縞が濃着色部)。
縞模様の合間は右手水晶と左手水晶の層が交互にみられた。また縞模様の発達しないひとつおきの三角領域では結晶芯に向かう暗線が中央を切って領域を二分し、一方は左手、他方は右手水晶になっていた。いずれもブラジル式双晶である。その後、多くの研究家が同様の観察を報告した。下の画像は brauns/spencer の鉱物界から引いた。

fig.205 アメシストを柱軸に垂直に切った平板を、
平行光束偏光・クロスニコル条件で観察した像。
プロペラ模様の一方のグループにのみ
細かなブリュースター・フリンジが見られる。

Dana 7th(1963)は、こうした着色部のセクション化、偏光観察時の暗色縞(フリンジ)の出現、及びブラジル式双晶の存在は、アメシストに普遍的に見られるものであり、ブラジル式双晶部を持たないアメシストは報告されていないとまで書いている。また着色部はしばしばごく薄い薄層として存在して、錐面(r面)に平行することが多いとしている。(r面、z面、底面/c面、柱面、柱面と直交する柱軸を通る面などが、左・右手水晶セクションの分画境界となる。)
アメシストに現れる内部の着色ファントム(たな)もまた、しばしば r面に平行な3面で形成されて縞目をなすが、着色領域はブラジル式双晶の左右いずれか一方に生じるとの報告や、双晶の境界部(※構造欠陥の巣である)に生じるとの報告があると併記している。
こうした観察に加えて、アメシストは柱面が出ているものもあるが、むしろ柱面を持たなかったり発達していない産状が多いこと、また r面が大きく z面は相対的に小さい産状がよく見られることも指摘している。この種のアメシストは一般に低温環境で生成したもので、例えば潜晶質のメノウが晶出した後で末期的に自形結晶が現れる類である。cf. めのう01   めのう29

r面が発達した三方晶的な性格のアメシストでは、輪切り片の偏光観察模様は下図のようにブリュースター・フリンジが支配的になる。言い換えれば、(理想的には)ほとんどの領域でブラジル式双晶の各セクションがラメラ(薄板層)状に発達すると考えられる。

Dana 7th fig.90 
r面が支配錐面となる三方晶のアメシストを柱軸に垂直に
輪切りした平板において、直交ニコル偏光で観察される
フリンジのモデル図。ブラジル式双晶のラメラに起因する。

Brauns/spencer 鉱物界 fig.206.
形態的なブラジル双晶の結晶モデルに、アメシストの
錐面に平行に見られるブラジル双晶のフリンジを
対応させた理想図。(P= r面)

三方晶的に成長したアメシストの群晶
着色部は薄い層状に分布している

アメシスト(錐面の頂点から見下ろした状態) − ブラジル産 
三方晶的に成長した群晶  No.52の標本

比較的低温で生成したブラジル産ジオード中に生じるアメシストの、ブリュースター・フリンジで特徴づけられるブラジル式双晶の境界については、砂川博士ら東北大チームの研究があり、ネット上でレビューを見ることが出来る。共立出版「結晶」(2003)その他の著書でも触れられている。柱面または r面に見られるラメラ型の双晶境界が、肉眼的には直線状だが微視的にはジグザグになっていることは 1980年代までに報告されていたが、博士らは r面についてより詳しい観察を行い、ジグザグのパターンと、閉じたラメラが平行に並ぶパターンの2通りの境界があって、両者が交互に繰り返していることを明らかにした。
下の2つの画像はその顕微鏡写真である。 ("Structure of Brazil twin boundaries in amethyst showing Brewter fringes", by Lu Taijing and I.Sunagawa; 1990 より)

r面上のブリュースター干渉縞の構造。
軽くエッチング処理した面を反射顕微鏡で観察したもの。
Aは左右手水晶がジグザグに交錯した境界、Bは左手または
右手水晶の閉じたラメラが平行に並んだ境界。
干渉縞はAとBが交互に連なっている。

Bタイプの境界の拡大画像。

ブリュースター・フリンジの微細構造のモデル。

論文の中で砂川博士らは、ブリュースター・フリンジは従来考えられていたようなブラジル双晶ラメラの単純な境界面でなく、多数のラメラが織りなす複合構造であると結論している。
また柱面に平行な面上での観察によって、フリンジはミクロレベルの左手及び右手水晶が混在したブラジル双晶の巣を発生源とし、結晶が成長するにつれて束ねあって方位秩序を整え、周期・サイズが巨大化した双晶境界と考えられている。彼らはブラジル双晶の起源を安定した結晶核が出現する以前の、石英構造(対掌性)を持つクラスターの存在に求めるが、これについては別の機会に触れることにしたい。

なお、比較的高温で生成したペグマタイトに生じる水晶にはブリュースター・フリンジはほとんど見られないものだと述べており、高温環境では水晶は「予め結晶構造(対掌性)を具えた、安定核以前のクラスター」から発生するのではないと推測されているようだ(すなわち、原子イオンまたは珪酸イオンレベルで安定核の形成が起こるとみる)。ブリュースター・フリンジは天然アメシストに特有のもので、人造宝石との識別に用いることが出来るという。
ちなみにブラジル式双晶構造によって、アメシストには羽根状のインクルージョンが観察されることがある。近山大事典は、他の水晶類に見られない特徴だと指摘している。

最後にボリビア、アナイ鉱山産アメトリンのブラジル式双晶の分布モデルを下図に示す。上述の通り、アメシストの領域は r面セクション、シトリンの領域は z面セクションに分布している。シトリン領域が L(左手水晶)と標識されているが、R(右手水晶)であっても差し支えない。r面セクションはまたブリュースター・フリンジ(濃色の線)の観察される領域であり、フリンジを挟んで L(左手水晶)の領域とR(右手水晶)の領域とが交互に交替している。
本ページに載せたアメトリンのスライス片の(平行光束)偏光観察画像も、概ねこの特徴に則っているようである。

補記1:テュロス紫。この染料を採るツブリボラはアクキガイ科の貝で、鰓下腺に含まれる黄緑色の分泌物を、貝が生きた状態で取り出して日光に当てると、美しい紫色の堅牢な色素を生じる。BC17C頃からフェニキア人が染色に用いたという。
この貝をプリニウスは紫貝と呼び、「最上のアジアの紫貝はテュロスに、最上のアフリカの紫貝はメニンクスと大洋のガエトゥリア沿岸に、最上のヨーロッパのそれはスパルタ地区にいる。」と記した。
「あのすばらしい紫水晶色」に仕上げるには、まず紫貝に浸し、それからホラ貝で完全に変色させるのがノウハウで、「それの一番の素晴らしさは凝結した血の色にある」という。(9巻62)

古代フェニキアのメルカルト神(※後にローマのヘラクレス神と同一視される)は、レバント沿岸地方の海岸を(妃のテュロスと一緒に)犬を連れて散歩していた時、犬が紫貝に噛みついて、口が紫色に染まるのを見た。メルカルトは思いついて(あるいはテュロスにせがまれて)、その色素で布を染めて妃に贈ったという伝説がある。以来、フェニキアの交易品の目玉となった。
宝石の紫水晶には、ギリシャ神ディオニソス神(ローマのバッカス神)に寄せた伝説がある(cf. No.589)。

補記2:「アメシストの紫色は不純物 FeOOH と関係する点欠陥に放射線照射して現れる着色中心、煙水晶や黒水晶の煙色は Siを置換した Al と関係する着色中心で、…色の濃さが成長分域や成長縞に伴われて異なる。」(砂川一郎「結晶」(2003) 10.5節)

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