300.ファーデン水晶 Faden Quartz (スイス産)

 

 

下部右側の淡褐色の部分は白濁板状になった石英。
これを母岩として六角柱状や平行連晶状の水晶が
発達している様子。

ファーデン・クオーツ -スイス、Leukerbad Wallis産

 

ファーデン水晶の成因について書くのは今回で3度目になる。最初、No.75にオリジナル説(縫糸後成説)を載せていたが、一年ほど経ってよりエクセレントな解法(ブリッジ説)を知ったため、これに差し替えた。ところが最近、この説もまだ不十分だったことを示す標本に出会ったのだ。

上のスイス産母岩付きファーデン水晶がそれ。
画像(上)は平行連晶を横断して縫糸(ファーデン)が走っている様子を撮ったもの、画像下は連晶を側面から眺めたものだ。ご覧のようにファーデン水晶はその下部で母岩とみられる白濁した水晶に接しており、必ずしも縫糸を支えにして成長したのでないことが分かる。また縫い糸の右端をよく見ると山形に尖っていることから、仮にブリッジが形成されかけたとしても、最後まで繋がる前に平行連晶の成長が終わってしまったことも分かる。

というわけで、また別の成因を提案しなければならなくなった。
でオーソドックスに考えてみると、白濁した水晶(石英)自体は別に珍しいものでなく、塊状の石英や、透明な水晶でもその根元〜母岩にはよくあることだと思い当たった。これらは多分成長(または固化)速度が相対的に速くて、気泡が十分に抜け出さないうちに固まってしまった部分であろう。後に温度降下の度合いが緩やかになり、過飽和度とのバランスで水晶がゆっくり成長するようになると、透明な結晶が現れることになる。
同じようにファーデン水晶の場合は、透明な水晶の成長中になんらかの衝撃や急激な温度変化が起こったため、鉱液に含有された揮発成分の過飽和バランスが瞬間的に崩れ、一時的に気泡が発生して白濁したのではないだろうか。気泡の発生が収まると水晶は再び透明になった。双晶した平板水晶にこの現象が多いのは、単結晶より双晶のほうが成長速度が速く、バランスがより不安定だからと思われる。
もっともそう考えると、なぜ縫糸がいつも結晶の中央付近を通るのか、成長後の大きさに対してなぜほぼめいっぱいの長さをもっているのかといった基本的なことが説明出来なくなる…。
結局、今の私には、この問題はかなりの難問だというほかないようだ。

下の画像はブラジル産の水晶。おそらく初めに白濁した石英の板が出来、それを母岩にして両面に透明な水晶が成長したのだと思う。案外こういうものから謎を解く糸口が得られるかもしれないので載せてみた。
謎を解くのは、…そう、あなただよ。

追記:砂川一郎博士は「水晶・瑪瑙・オパール」(2009)で、ファーデン・クオーツの成因について述べられ、縫い糸の部分にはもとは板状の別の鉱物の結晶があり、その稜や隅が水晶の核形成の優先サイトとなって成長が起こり、水晶結晶が一定方位(亜平行連晶的に)並ぶ。隣接する結晶が相互干渉して平板状の結晶となる、としている。母胎となった別の鉱物はその後溶失して、白濁した水晶の糸目が残る、と。私としては、これもちょっとどうかな?と思う。この仮説にはいつ、もとの鉱物が消失したのか、なぜ「必ず」消失するのか、という疑問がついてまわる。
飯田孝一博士は「水晶がわかる本」(2009)で、推測と断りつつ、母岩に生じた直線状の溝に溜まった鉱液から細かな結晶の集合が生じ、連晶的に板状の水晶が垂直方向に伸びたのだろう、と書かれている。鉱液溜まりは白色の糸の形で残った、と。ただ垂直に伸びるというのは要件でなく、むしろ柱面が斜めに伸びているように見える結晶の方が多いように思われる。また結晶は糸の両側に伸びることが多い。列が旋回ないし回転して発生することもある。なので最初に発生した糸は、どこかの時点で宙に浮いた状態になり、水晶は自由空間で成長するように思われる。というわけで、相変わらずの謎である。

ちなみにこれらの著作が出版された2009年は堀博士の「水晶の本」も出ており、出版界に俄かな水晶ブームが起こっていたように思われる。鉱物記の「水晶の話」(2010)はブームに刺激されて書いてみたものです。

白濁した板状石英の両面に成長した水晶 −ブラジル産
詳細 ⇒ No.1013

No.951 (縫い糸の拡大画像など) 

No.1017(ファーデンを起点とする3次元的な連晶)  No.1018 (亜平行的な性質の強い連晶)

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