330.蛇紋石 Serpentine (日本産) |
今から3億年ほど昔のことであろうか。
まだ駆け出しだった頃、出張で福岡に行った。相手先の会社の技術の方がなにかとよくして下さり、あれこれ面倒みそ醤油、私が石好きだと知ると、明日は土曜日だから泊まっていけと家に招んで下さった。そして翌日、篠栗周辺の石切り場を案内して下さったのだった。
氏には石の趣味はなかったのだが、どうも風変りなことがお好きらしく(←お前が言うな〜)、初めて来たという石切り場に着くと、なんの躊躇いもなくプレハブ建ての事務所に訪いを入れた。
「ごめんください。岩石の研究をしている者ですが、このあたりは珍しい石が出るので、調査させていただけませんか。もちろん作業の邪魔にならないように気をつけますから」
その堂々とした態度は、まるでこんな調査を10年も続けている専門家のようで、協力してもらうのは当然のことだと言わんばかりであった。
快く許可を戴き(おまけにヘルメットも貸してもらって)、二人して切羽で石を拾った。こういう時おどおどしていると、「危ないからダメ」と簡単に断られてしまうものだ(←経験済み)。自信に満ちた態度は自ずから道を切り開く、と肝に銘じた弱輩者であった。
もっともこの後、現場で作業している方に、「ここはジャノメ(蛇紋岩)ばかりで、珍しい石が出るち聞かんばってん、どげんもんが出ると?」と訊ねられたときは、冷や汗たらたらだったのだが…。
以後、石を採集するとき、私は自然な態度で許可を求めることが出来るようになった。すると不思議なもので、仕事で人前に出る時にもさほど物怖じしなくなったのだから、おかしい。
cf. 蛇紋石を磨いた夜光杯、 No.328 クリソタイル(石綿)、 蛇紋石の分類(No.331補記)
補記:蛇紋石はくすんだ緑色系統の色や滑り面を伴う板状結晶の並行集合をつくりやすい。緑泥石の集合物との区別法として、破片を齧ってみる方法があるという。蛇紋石の方がジャリジャリするそうだ。どちらの種も普通、石英と共存しない。
補記2:「鉱物採集の旅 九州北部編」(1975)に、篠栗町のあたりは「三郡変成岩の分布する三郡山地で、国道の通る谷の両側には、蛇紋岩・かんらん岩・角閃岩などの超塩基性岩が分布し、それらを目的の採石場があちこちに散在しており」、「1961年に篠栗町山王のブルース石が報告されてこの方、ハンマー片手に鉱物をもとめる『篠栗詣で』の姿もふえてまいりました。」とある。
1956年に岡本要八郎博士や鉱物愛好家たちが採石場を訪れたとき、白雲母のような真白い葉片状の鉱物に気づいて、ブルース石ではないかと調べ、1961年に報告したものという。「それから10年たって、日本鉱物趣味の会による九州地方の鉱物の大採集会が行われたとき、ここを訪れた多くの人々がたくさんの鉱物種を得て、篠栗の名はいっそう高くなりました。」
蛇紋岩中の鉱物は
30種をこえて、次のようなものが採れた。緑色鉱物(蛇紋石、緑泥石)、黒色鉱物(クロム鉄鉱、鋭錐石)、紅色鉱物(斜灰れん石=桃れん石)、無色〜白色鉱物(ブルース石、水苦土石、あられ石)、褐色〜黄褐色鉱物(デューイ石、セピオ石)。クロム鉄鉱には淡紫紅色のクロム緑泥石(菫泥石)を伴うことがある。1973年には普通はロウ石鉱床に出るダイアスポアも報告された。
この他、さまざまな含水マグネシウム炭酸塩鉱物が出て、アルチニ石、コーリン石、パイロオーロ石、プラグナテリ石などが確認されている。益富地学「日本の鉱物」(1994)には篠栗産の自形桃れん石、ブルース石(水滑石)、セピオ石の標本が紹介されている。
とはいえ、私は当時そんなこととは露知らず、なんの知識もないまま採石場の砕石の上に立ったのだった。