811.金紅石 Rutil (ブラジル産)

 

 

Rutil

ルチル -ブラジル、ノボ・オリゾンテ産

 

1787年に瀝青ウラン鉱から新元素ウランを発見した M.H.クラプロート(1743-1817)は時代を代表する化学者の一人であった。1789年にはジルコンからジルコニア(ジルコン土)を抽出し、クロムを単離した。1798年にテルルを新元素と認め、1803年にはセリウムを発見した。またチタンの鉱石も研究した。
ウィーンのヴュルベン伯から寄贈されたハンガリー、ボイニク産の赤色ショール(金紅石)から未知の酸化物を分離したのは 1793年のことで、この物質に含まれる新元素をチタン(チタニウム/タイタニウム)と名づけた。ギリシャ神話の天空神ウラヌスと大地神ガイアの子らである十二巨神ティータンに因んだのである。古代神の名をもってきたところに誇大妄想的なスケールの大きさを感じさせるが、彼自身は「新鉱物の特徴的な性質を表す名前がないときには、それ自体は意味を持たず、誤解をきたすおそれのない名称を選ぶのがベストである。そこで私はウランのときのように、この金属質の名前をガイアの息子たちから借りた」と述べている。おいおい本気かよ〜、と思う。ウランにしろチタンにしろ、いずれも古代神の名である以上は、神話にまつわる象徴的性格が大いに投影されざるをえないことに、本人は少しも気づかなかったというのだろうか。(補記1)
ちなみに後に彼が命名したテルルはローマ神話のテルスから採った名で、テルスはギリシャ神話のガイアに相当する大地母神である。なぜガイアでなくテルスだったのかも不審なところだが、あるいは彼は少なくとも意識的には、神々の名前に対して本当に記号的興味しか感じていなかったのかもしれない。

1795年にクラプロートは、前年にフンガーが発見した先尖四角柱状の結晶がチタンを含む珪酸カルシウムであることを明らかにし、これをチタナイト (titanite)と名付けた。1797年には数年前にグレガーが発見したメナカナイト(manaccanite/manachanite)の標本を入手し、やはりチタンを含むことを明らかにして、「コーンウォールの散弾状チタナイト」と呼んだ。
グレガー(1761-1817)はイギリス・コーンウォールの牧師で、趣味として化学や鉱物分析を嗜んだ人物である(補記2)。彼の教区にあるメナカンの谷の川床では火薬に似た黒色の、磁石に惹きつけられる砂が採れた。分析してみると、磁性を持つ酸化鉄(磁鉄鉱)と茶色の灰とが主成分であるようだった。茶色の灰は特異な化学的性質を示した。硫酸に溶けて黄色の溶液になり、亜鉛や錫、鉄で還元されて紫〜紅紫色を呈する。灰の粉末を炭塵と混合して坩堝で溶融すると紫色のスラグを形成した。これらは後にチタンの存在を示す指標として知られる反応であった。
グレガーはこの黒砂に未知の金属質(元素)が含まれると考え、メナカナイト(メナチン)の名を提案した。自分の研究は完璧なものではないから、より優れた研究者にその判断を委ねたいと報告した。1791年である。グレガーの論文は当初大陸でもイギリスでも注目されなかったが、クラプロートはメナカナイト(この場合はチタンを含む鉱物としての黒砂=イルメナイトを指す)の第二の主成分が赤色ショールの成分であるチタン酸化物とまったく同じ化学的性質を持つことを指摘した。今日ではチタンを最初に発見したのはグレガーであり、クラプロートは後にこの元素を独立に再発見したということになっている。

クラプロートは金属質(純)チタンを得ようとして果たせなかった。1825年にベルセリウス(1779-1848) は金属質を得たと考えたが、純度はさほど高くなかったようである。吹管分析の名手だった彼は 1820年に吹管に関する著書を出して評判になったが、その2年後にドイツのゲーテを訪ねて鉱物コレクションを鑑定している。ゲーテはチタンを含む鉱物を好み、あらゆる産地の標本を集めていた(cf.No.431/赤色ショール)。ベルセリウスは吹管を使った美しい反応によって簡単にチタンを同定できることを示した。当時73歳だったゲーテは、この技法をマスターするには自分は年を取り過ぎたと嘆いたという。息を調整してうまく吹管を吹くことが出来なかったのかもしれない。(ちなみに彼は半分くらいの年齢の時分から、自分がうまく出来ないことには、年をとりすぎた…と言い訳していた。)

赤色ショールは 1803年にヴェルナーがルチルの名を与えて、ショール(鉄電気石)とは別の鉱物であることを明確にした。ラテン語の Rutilus (赤色、金紅色、輝く赤色)に因む。

 

補記1:現代の元素解説本など開くと、チタンの名の由来について、オリンポスの神々との戦いに敗れて地底に封じ込められた(始原の地球の子)ティータン族に因んで、鉱石の中に封じ込められて(隠されて)いた元素として名づけられた、という意味不明の理屈が載っていたりする(それを言えば、あらゆる元素は鉱石中に封じ込められている)。またチタンは今日では有用金属として巨人(ティータン)であるとか、述べられている。かく名前の持つ象徴的性格は事物に逆投影されるのである。
ついでながらある神話によると、ゼウスの稲妻で焼かれたティータン族の灰から人間が作られた。だから人間には未だ巨人族を特徴づける強力な(破壊的な)感情的衝動があり、フォン・フランツの言葉を借りれば、革命的で不確かな種族であるのだ。
ウラン(ウラニウム/ユーラニウム)は一般には 1781年に発見された惑星、天王星(Uranus)に因んで命名されたとされる。テルルは天神ウラヌスに「対抗して」地神テルスを配したとされるが、これもまたよく分からない理屈である(なぜギリシャ神話の神に対抗してローマ神話の神なのか)。ウラヌス、ティータン、ガイアと並べておけば、父・子・母神の三位一体が完成したのに、と思う。
補記2:グレガーはイギリス産のさまざまな鉱物を調べて、銀星石やウラン雲母(燐銅/燐灰ウラン鉱)、スコロド石などの組成を正確に分析したことで知られる。1804年頃、チベット産のコランダムやコーンウォール・ボタラック鉱山産のショールにチタンが含まれることを示している。1818年に J.A,パリスは、コーンウォールのセント・カヴァーン産のメナカナイト砂にグレガーライト gregorite の名を与えた。
補記3:画像の標本の産地はラベルに従って記載した。この産地は金針状のルチルが水晶の内部に入ったものや、ヘマタイトを核にして金色細柱状のルチルが放射したタイプが有名。cf.No.316