682.ツグツープ石 Tugtupite (グリーンランド産) |
Tugtupite。この石を日本語でなんと表記すべきかは些か煩わしい問題である。もし先覚者優先権みたいなものが認められるならば、おそらくトゥグトゥパイトとすべきだろう。しかしタグトゥパイト、タグツパイト、ツグツパイト等のバリエーションもほぼどんぐりの背比べで並んで流布しているのが実状と思われる。
私自身は以前、英語表音表記の原則に従ってタグタップ石をあてていたが、最近は某標本商さんにならいツグツープ石も併用している。まあ、どれでもいいということで。
Dana 8th(1997) や Minerals and their localities (2004)
では当たり前に種名として記載されているが、いくつか文献をあたるほどに、tugtupite
という名称にはどうも扱いに微妙なところがあるように感じられる。
イリマウサークのツヌリアルフィク沿岸、トゥグトゥプ・アグタコルフィア(となかい岬)で、セーレンセンが白色の本鉱を初めて採集したのは1957年のことである。1960年の報告では暫定的にベリリウムソーダライト
Beryllium sodalite の名が付されたが、追加データを加えた 1963年の報告では産地に因んで
Tugtupite
と呼ばれた。当初は方ソーダ石の含ベリリウム亜種と見られたのが、後に新種と考えられたわけである。(補記)
一方ほぼ同じ頃、コラ半島ロボゼロでもセミョーノフとブイコワによって同様の石が発見されていた。彼らは
1960年の報告に ベリロソーダライト Beryllosodalite
の名を与えた。どちらかというとセーレンセンよりセミョーノフの報告が先であるらしく、Fleisher's
鉱物種便覧の編者マンダリーノ博士は、tugtupite は
Beryllosodalite
と別種であることが明確にされてから記載すべきだったのではないかと述べている。
ペテルセンは本鉱は2つの産地で同時(1960年)に報告されたとしているが、tugtupite
は後から変更された名だとも指摘している。これもまあどうでもいいこととするのが大人の態度か。
発見当初、本鉱はごく少量のサンプルしか得られなかったが、その後複数の場所(いずれもかすみ石閃長岩の貫入地帯)で見い出された。原産地の石は白色で、日光にあてると淡いピンク色に変色すると報告された。
1962年にカンゲルルスサークで見つかったものはピンク色をしていた。1965年にはクヴァネ・フィヨルド(のわずか5x25mの狭いエリア)で濃いクリムゾン赤色の、宝石と呼んでいい石が見つかった。この発見はラピダリー業界の食指を動かし、美しい研磨石が作られ市場に流れた。そのためか宝石関係の本では、(ジェムストーンの)ツグツープ石は1965年に発見されたと述べられることもある。
暫定名が示すようにベリリウムを含む方ソーダ石類似鉱物であり、方ソーダ石(組成式 Na8Al6Si6O24Cl2) のAl-Al ペアが Be-Si のペアに交替した鉱物(Na8Be2Al2Si8O24Cl2)と位置づけられる。熱水脈に特徴的な種で、曹長石、方沸石、エジリン、海王石、パイロクロアなどを伴う。ほぼ塊状で産するのが普通だが、塊中の空隙部に自形結晶を示す例も少量ながら知られている。ただし結晶のサイズは精々2,3mmといったところ。
タグタップ石には色を含め性質に多少のバリエーションが認められるが、赤色の標本は暗闇に保管していると色が褪せてくることがある(色の安定した標本もある)。しかし日光や紫外線にあてるとたいてい元の濃い赤色を取り戻す。
ここに載せた標本はクヴァネ・フィヨルド産で、長く遮光しておくと赤色が薄れ、ピンク色になる。紫外線ランプを照てるとすぐに濃色に戻る。上の画像は長期間暗所に保管して色の薄くなったものを紫外線にあてて戻し、1日おいてから撮影した。その後で紫外線を約30秒間あて、色が濃くなったのを直後に撮影したのが2番目の画像である。
タグタップ石は強烈な美しい蛍光を放つことで知られ、その色は長波UVでオレンジ色〜淡いクリムゾン赤色、短波UVでチェリー赤色〜暗いクリムゾン赤色が一般的。クヴァネ・フィヨルド産には淡い青色に蛍光するものもあるという。ちなみに蛍光鉱物マニアの間では、ツグツープ石とセーレンセン石(いずれも蛍光性)の組み合わせ標本が名品として知られている。
本鉱はイリマウサーク、ロボゼロのほか、モンサンチラールにも産出があり、小ぶりながら美しい結晶が見つかっている。この結晶は淡いピンク色で、日光にあたると色が褪せ、紫外線にあてると回復する性質を持つ。方ソーダ石の類縁種ハックマン石に見られるテネブレッセンスと同様の効果である。
蛍光の要因は、ある種の方ソーダ石やアウイン、ノゼアンのオレンジ色蛍光と同じく硫黄イオンが関与しているとみられるが、クリムゾン赤色の発光をこれだけで説明できるかどうかは未だはっきりしない。(硫黄はこれらの鉱物に塩素成分の一部を交替して含まれる)
cf.タグタップ石 No.56, No.246, ハックマン石 No.73, No.284
補記:発見以来、長く方ソーダ石の亜種として知られていたが、現在はベリリウム珪酸塩としてヘルビン・グループに分類される独立種とされている。(2019.10.8)