1009.紫水晶 Amethyst  (メキシコ産)

 

 

アメシスト(紫水晶) 
−メキシコ、ベラクルス、ラス・ビガス、ピエドラ・パラダ産
柱面同士が向かいあったV字形の複合形が見られる標本

上の画像と反対側から標本を見た像

V字のなす角度は約 66度と思しい
これはサルジニア式(セッラ式)双晶の理論傾軸角(64°50')にごく近い

 

 

メキシコのラス・ビガス(・デ・ラミレス)は長年に亘る紫水晶の名産地として知られる。1960年代から出回り始めて今日に続く。標本が西洋圏(米国)で認知されるには、後にテキサス州エル・パソに店を開いた鉱物商マニュエル・オンティヴェロスと彼の一族のネットワークが大いに貢献した。
マニュエルの回顧談によると、最初の出会いは 1964年のことだ。メキシコのケレタロは当時、この国の貴石細工産業の拠点となっており、有名な細工師だった彼の父の家に、原石を買ってもらおうと湾岸都市ベラクルスから一人の紳士がやって来た。品物が気に入った父は取引きを継続させるため、マニュエルをベラクルスに遣わすことを約した。
約束が実行されたのは 6年後の1970年で、マニュエルは紳士の家を尋ねあてられなかった。が、代わりに紫水晶を扱う別の人物に出会った。男は内陸ラス・ビガスの山岳地、ピエドラ・パラダという小さな集落を毎週訪れてチーズを仕入れてくるチーズ卸商で、ついでにこの付近で採れる紫水晶を運んで母岩から外して売っていた。マニュエルは母岩付のものこそ望ましいと伝えた。翌週、男は持ち帰った石を割り取る前に持ってきた。その素晴らしさに興奮したマニュアルらは現地訪問を計画し、こうしてビジネスが起ち上がったのだった。

当初、紫水晶は地表の漂砂箇所に分離状態で埋もれて産したが、ほどなく採り尽くされて、初生鉱床、すなわち安山岩の懸崖に散らばるき裂状の空隙を探りあてて、採掘されるようになった。産状はアルプスの峡谷に産する透明水晶や煙水晶のそれに似ており、採掘法はアルプスの伝統的な水晶掘り(スターラー)の技法を初歩に戻したようなものだった。現地の水晶掘りたちは、ただ岩塊に自分の体が通るだけの穴を狸掘りして潜り込んでゆき、晶洞を見つけると蝋燭の灯りを頼りに紫水晶を回収して、そのままの姿勢で後じさりして穴の外に出てくるのだった。晶洞を見つけるのは難しかったが、二酸化マンガンを含む黒色の縞状帯が現れると晶洞が傍にある徴であった。紫水晶はたいてい洞壁から剥がれ落ちて底面の堆積物中に埋もれているので、これをそっくり回収する。

初期の頃、ピエドラ・パラダの産地を知る標本商はマニュエルらだけだった。彼らは集落まで足を運んで紫水晶を買い付けたが、やがてラス・ビガスに品物を下してくる仲介業者が入った。 8日ごとに仕入れを行い、価格を交渉した。しばらく独占的な取引きが続き、紫水晶はベラクルス産のラベルをつけて販売された。しかし数年経つと鉱夫たちは別の販売ルートを探すようになって、ラス・ビガス産(ピエドラ・パラダ産)であることが世に露れた。1980年代には他のディーラーも現地に乗り込んできた。cf.No.43 補記
折しも米国ではいわゆるニューエイジ的な世界観が鉱物に投影されて、パワーストーン、ヒーリングストーンが流行し始めていた。霊性の色である紫の美麗水晶はうってつけの商材となった。
当時、地元で働く人々の日当は 3ドルほどだったが、品質のよい紫水晶が埋もれた晶洞を掘りあてると一度に数千ドルの稼ぎになる。紫水晶採掘は彼らのドリームであった。今日、現地の集落には紫水晶採集で生計を立てる一家がいくつもあるという。
(2015年頃のネット上の記事によると、カナダ資本が採掘権を得て、地元鉱夫を鉱区から締め出しているとある。)

ラス・ビガス産の紫水晶には他の産地と違った特徴がいくつかある。 
ブラジルやウルグアイの玄武岩晶洞中に多産する紫水晶は一般に錐面が優り、柱面は殆ど発達しない形状だが、ラス・ビガス産は柱面がすらりと長く伸び、透明度の高い淡い紫味を持つ。紫色はしばしば先端に向かって濃さを増す。(メキシコ、ゲレロ産の結晶は柱面が発達していることは同じでも、内部に濃色核を持ち、表面/先端に近づくと透明になっている。他の産地でもこの傾向を示すものが多い。)
根元の部分はたいてい多くの気泡を含んで白濁している。単晶同士はアルプス産の水晶よろしく複雑な形で交差し合い、エステティックな群晶となって私たちの目を楽しませてくれる。両錐結晶もしばしば見られる(上の画像の標本にも横たわって付いている。)
錐面は r面が大きく z面は小さいものが多い。結晶の先端に向かって三方晶的な形状を示すものがあり、ムソー晶癖に似る。cf. No.957(三角錐形)
r面同士が接する稜線は稀に幅を持って、(0112)面(b面)をなすことがある。柱面には普通水平な条線が出ている。
紫水晶の晶出温度は共産鉱物の安定条件等から 150〜250℃あたりと考えられている。鱗鉄鉱(水和性酸化鉄)を内包することがある(着色要因のひとつ)。その鱗状片は雲母に似て、ルビー・マイカ(雲母)と呼ばれる。微小な緑れん石の結晶を伴う標本も知られる。

画像の標本は 2007年に懇意の標本商さんから入手したもの。ラス・ビガス産の紫水晶は「高級標本」として有名だったが、この年は比較的多量に出回って値頃感があったので仕入れられたという。
即売会場に顔を出すと、「面白いものがあります。」とこの標本を薦めて下さった。V字形を指して、「もしかするとエステレル双晶の可能性があります。」と仰る。「そうなんですか?」「いや、角度を測ってみないと確かでありません。エステレル双晶なら 76.5度で、日本式より少し狭いはずです。でも確認したら、この値段では売れなくなりますから。」
ひとしきり、そんな会話を交わした後、付け値通りでいただいた。後日、「測ってみられましたか?」「測りましたが、違ってました。」「…そうですか…」という成り行き。残念ながら、エステレル式(低温水晶なら R-G式)双晶でないことが分かった。

これで仕舞えば話は少しも面白くないが、私の得た測定値は、精度はそんなキッチリ出せないにせよ、約66度である。実にサルジニア式(セッラ式)の傾軸双晶が持つはずの理論挟角 64°50'度(64.83度)にかなり近い。形状はイエンシュが図示した Fig.3 に似る。 cf. 水晶の双晶形式について3
もしかして…? と思う。
この趣味には夢が必要でしょ。今は堀博士の表現をお借りして、形式未確定の双晶、としておく。

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