990.水晶(発振子4) Quartz  Oscillator  (ブラジル産)

 

 

 

水晶 -ブラジル産
肩の微小傾斜面(s面)に条線が現れた結晶
この条線は r面との間の稜線に平行とされるので、
画像の右側の錐面が r面と思しい
(1番目の画像の左右の錐面は z面となろう)

※cf. No.983  No.992

同じ標本の別の結晶面
正面の柱面には溶食によって
盛大な食像が生じている。
隣りの柱面にはほとんど溶食が見られない。
同じ標本のさらに別の結晶面
食像が見られるが、先の面の食像とは形状が異なる

 

水晶圧電子・発振子の関連ページ: No.979、 No.980 No.981No.982No.989

米国では 1920年代後半から水晶発振子が無線通信に用いられるようになり、30年代半ばにかけて商業ラジオ市場が急速に立ちあがった。広い温度範囲で安定に動作するカットが見い出され、量産が始まっていた。

水晶発振子製造の要諦は、1)いかに良質の素材を確保するか(材料取りをするか)、 2)いかに精確にカットするか(カットする方位・角度を決定するか)、 3)いかに適切な板厚に仕上げるか(精確な発振周波数に調整するか)、にあり、二次大戦に参入した 40年代初にかけてノウハウが蓄積された。
1)は偏光の利用を含む光学検査法やフッ酸による腐食(エッチング)像に関する知見が役に立った。
2)は光学検査、エッチング検査、水晶の自然な結晶面を援用した結晶軸の決定が基本手法で、30年代にはピンホール・オリアスコープやコノスコープなど各種光学機器の利用が工夫された。しかし結晶面を持つ原石の確保が難しくなったこともあり、 42年までに X線回折装置を援用した手法が開発された。
3)は鋸切断・ラッピング(機械擦り)・エッチングによる漸進的な手法が採用され、場合によってはX線照射を利用した改質も行われた。

1930年代中頃の米国は、一次大戦に巻き込まれた反省を踏まえて軍事中立の立場を固めていたが、ドイツによる欧州侵攻が起こると世論は分かれ、集団防衛にむけた政治的な動きが進行していった。 連邦議会では 40年に巨額の再軍備予算が通り、平時選抜徴兵法案が可決された。41年に武器貸与法が成立し、大西洋憲章が発表されて、中立は名目に過ぎなくなった。そして年の終わりの、日本による真珠湾攻撃と宣戦布告によって世論がまとまった。米国は総動員体制の構築に向かい、全面戦争へ舵を切った。
二次大戦中の米国の兵士動員数は 1,635万人(総数)と言われるが、国内で不足した男性労働者を補うために、政府は家庭主婦の就労/職場回帰を積極的に呼びかけた(1940年代の総人口は 1.3-1.4億人)。大勢の女性が工場や造船所で弾薬や軍事物資の製造に従事した。彼女らの姿は宣伝ポスターや楽曲を通して称揚され、「鋲打ちロージー」(ロージー・ザ・リベッター)が文化的アイコンとなった。

米軍は 1939年以降、水晶発振器を使った無線通信機を全面採用し、水晶原石を軍事物資として扱った。43年に製作された宣伝映画「水晶は戦争へ」(Crystals go to WAR) は、無線用水晶発振器の重要性を説き、製造工程を紹介した 40分ほどのドキュメンタリーで、大勢の女性が作業に携わった様子が覗える。
内容をサブページ 1943年当時の米国の発振子製造にかいつまんで紹介するが、随分多くの工程を要したことが分かる。発振子(プレート)の板厚の仕上げ調整を担当した女性らは、「100万分の1 インチ・ガール」と通称された。微妙な板厚の落とし込みに、高度な熟練を要する技だったのだろう。切り出されるのは温度安定性にもっとも優れた GTカットであり、さすが軍用品と思わされる。

Y カットの派生形
YカットはY軸に垂直な直角形で X,Z軸に平行な辺を持つ
AT カットは YカットをX軸回りに -35.25度傾けた形
GTカットは Y カットをX軸回りに -51.5度傾けて、
さらにその面上で 45度回した形
このほか BT, CT, DT カットも Yカットの回転形
水晶の自形結晶軸との関連は No.980の図参照。

工程について若干の補足をすると、発振子に用いる材料板は双晶境界を含まないように注意を払う。光学検査によって目視可能な双晶部は早い段階で除いておくのがベターである(工程が進んでからでは無駄手間になるので)。
ブラジル産の光学グレードの原石では、光学双晶(ブラジル双晶)の領域が結晶周縁部に生じていることが多いので、初期のトリムでハネることが比較的容易である。この領域は一般に互層する薄片層ないし小さな幾何学的ブロックをなすため、発振子を切り出すのに適さない。

電気双晶(ドフィーネ双晶)は切り出した平板(ウェハー)の表面を軽く腐食させたものを光学検査することで、境界領域を識別することが出来る。光学双晶と比べて比較的大きな単一領域をなすので、その箇所を発振子サイズに切り出す。この時、初期に除去されなかった光学双晶境界も排除する。なお、ウェハーに気泡やクラック、夾雑物が残っていると、その部分から腐食が激しく進み、品質を損なう。また後のラッピング(機械擦り)工程で不測の損傷/割れを惹き起こすリスクがある。予め欠陥領域をよく見定め、排除しておくことが大切である。

次の3つの画像は柱軸(光軸)に垂直に輪切りした水晶板の表面をフッ酸で腐食し、表面反射光を観察した例である。光学双晶と電気双晶の分布がよく分かる。さまざまなカットを発見したベル研の G.W.ウィラードの報文(腐食法による水晶の結晶方位と双晶の識別/ 1944年)から引用した。

光学双晶(ブラジル双晶)と電気双晶(ドフィーネ双晶)の両方を含む例

光学双晶(ブラジル双晶)のみを含む例
比較的周辺部に集まっていることが分かる

電気双晶(ドフィーネ双晶)のみを含む例

 

発振子の板厚の調整に、ラッピングは(当時は)不可欠な作業だったが、結晶表面を 0.25〜0.5ミクロンの深さまで機械的に荒し、粉砕状態にするものである。1940年頃は設計発振周波数が得られるまでラッピングによって板厚を削ることが行われていた。製造した発振子は当初は問題なく使えたが、半年、一年経つと発振しなくなるトラブルを生じた。表層のミクロな割れが、時間の経過とともに内部まで進行するためで、小型の高周波数プレートで顕著だった。ラッピング後に腐食処理をして粉砕状態の表層を取り除くプロセスを加えるようになり、問題が解決された。

このように水晶発振子の製造はさまざまなノウハウの上に成立したが、戦後、構造欠陥がきわめて少ない人工水晶(単結晶)が合成され、また発振子のサイズが極端に小型化されたことで、そのプロセスはさらに精妙となり、化学的となり、品質ははるかに向上した。

 

補記:用語について

ウェハー:加工原石をスライスした板。

バー:結晶方位とサイズを定めて切り出した四角柱状の中間品。

ブランク:振動子のサイズに切り出された板。当初はラッピング加工をしていないものを指した。

プレート:発振周波数まで仕上げた振動子。

補記2:柱軸に垂直に輪切りしたスライス片を加熱して、冷水に落とすと亀裂が入る。その向きは通常X軸に平行となる傾向がある。結晶面を持たない水晶原石で X軸方向を判定するのに予備的に利用された。
より精度の高い方法として、X窓を切り出す前に、Zブロックの Z窓をまず 30%フッ化水素の槽に浸けてエッチングすることが行われた。ピンホール・オリアスコープ(点光源)を用いて、Zブロックの下側の窓をピンホール上におくと、三角形の像がXY窓の上に観察される。三角の両側はほぼX軸に平行となる。

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