989.水晶(発振子3) Quartz Osillator 3 (ブラジル産) |
対掌性(キラリティ)をもつ結晶が示す圧電現象・逆圧電現象の発見と、これを利用した水晶振動子・発振子の初期技術史を No.979〜No.982
にかけて紹介した。無線通信の発達につれて性能のよい水晶発振子へのニーズは急速に高まり、ブラジル産の水晶から選別した良質の素材が重用された。アメリカでは
1930年代前半までに実用的な選別手法が見出されていた。
原則は
No.986に記した通りで、まずは各種の含有物やキズ、光学双晶(ブラジル式双晶)を含む度合いが比較的低い透明結晶(塊)をピックアップし、等級付けを行う。そのために下図のような光学検査槽(オイルバス)が利用された。プロトタイプはベル研究所がウェスタン・エレクトリック社の依頼によって開発した「インスペクトスコープ」で、これは水銀灯と各種コーニング・フィルターを組み合わせた照明装置だった。
典型的な選別機は、2つの照明機構を持っている。ひとつはオイルバスの側面奥側から手前に向けて水平に照射されるスポットライトで、オイルを満たしたバスに透明な水晶を漬け込んで手で保持し、位置や角度を変えながら、内部のキズや割れ、包含物の有無、位置、その程度を確認するのに用いる。
もうひとつはオイルバスの左側面から右側面に向けて照射される照明で、偏光板を挟んでオイルバスに偏光を送り出す。検査する水晶塊を透過した光は、右側面に配置した偏光板を通過してから、45度に傾けて配置したミラーによって上方に反射されるようになっている。観察者は上から像を覗き込んで、光学双晶に特有な偏光色の変化領域を確認することが出来る。リング状の干渉縞によって結晶塊の光軸(柱軸)方向を概ね把握することも出来る。照明は光源からオイルバスに入るときに擦りガラスやオパール・ガラスを使って拡散光になっている。二つの直線偏光板は直交配置になっている。
ちなみにアメリカの E.H.ランドが人工の偏光板(ポラロイド)を発明したのは
1929年のことで、それまで良質で大きな方解石の結晶を必要とした高額な精密装置を置き換えて、簡素薄型で耐久性が高く、しかも安価な偏光照明を実現した。
図の装置は電気照明を用いたモデルだが、野外でも使えるように太陽光を利用するフィールド・モデルも製作された。
このような照明装置を利用する理由は、水晶には一見すると無色透明に見えても、スポットライトをあてると現れてくる欠陥がしばしば含まれているからであり、また偏光によって初めて識別できるタイプの欠陥(双晶境界)を排除する必要があるからである。
水晶をオイルに浸すのは結晶塊の表面での屈折・反射を抑えて、内部の状況を正確に把握するためで、なるべく水晶に近い屈折率をもつオイルが適当である。
使用方法をもう少し詳しく述べると、一見して分かる含有物やキズ、曇りの個所は、(可能なら)予めトリミングして除去しておく。例えば水晶はしばしば柱軸方向の根元の部分が白濁して、先端に近い部分で透明になっているが、このような場合、根元の白濁部は取り除いてから検査にかける(白濁部はどのみち振動子に適さない)。こうすると柱軸方向に透過する偏光を観察することが出来る。柱面上(結晶表面)の曇り個所も完全に除いておく。(補記1)
ブラジル産の水晶では、光学双晶の領域は普通、三角形状ないしラメラ(薄片)状の異色偏光領域として認められる。
cf. No.986
結晶塊を光軸から少し傾けて調べると、どの程度の領域が双晶境界を含まず振動子に適するか、歩留りを評価することが出来る。結晶の光軸が偏光光束の方向に一致するよう結晶塊をオイルバス中に保持して、まずリング状の干渉縞を確認し、次いで光軸周りに回転させて双晶境界を確認するのだが、コツを掴むには少しく慣れが必要だそうだ。
オイルバス中のスポットライト照明の効果は、ちょうど暗い映画館の中で映写機からスクリーンに投影される光の道筋が空間に浮かび上がり、経路に漂う細かなチリをきらきら光らせるのと同様である。
観察される欠陥は次のように分類される。
(1)バブル: 泡状(水泡・気泡状)の空隙。サイズによって、大・小に区分する。
(2)ベール: 微小な泡状の空隙が、多少なり連続してシート状(ベール状)になった領域。重度・軽度に区分。
(3)クラウド/ヘイズ:微小な泡状の空隙が集合して、モヤがかかったような曇った領域。
(4)ゴースト(虚像): 鉱物愛好家の言うファントム。スポットライトを当てたとき、ゴーストの箇所はしばしば反射光によって微小なき裂や分断面の存在を示す。ときに無色の領域と煙色の領域が交互に連なった状態を現すこともある。
(5)ブルーニードル/ブルーフェザー:名状しがたい直線状の曇りで、光スペクトルの選択的な吸収によって青色を呈する欠陥。V字形に組み合わさっていることもある。
(ちなみに微小な泡状帯が連続した白色のニードルを、ブラジルの現地人たちはチューバと呼んだ。ポルトガル語で「白い雨」の意。)
こうした欠陥がまったく存在しない結晶塊は稀で、ある程度は許容して振動子の加工原石に採用する。欠陥が少ないものほど振動子として高性能なことは言うまでもなく、欠陥の程度によって等級付けがなされる。
サミュエル・G.ゴードン「水晶の検査と等級付」(1933)では、原石の重量サイズによる等級(100-200gクラス、200-300gクラス、300-500gクラス etc.)が示されている。また(結晶)面あり(faced
quartz)、面なし(boulder)の区別がある。結晶軸(切り出し角度)を定めるプロセスの容易さに影響する。
オプティカル・クオーツ(光学水晶)は 500g以上の無傷の塊で、光学的な歪みを持たない素材をいう。電気的双晶を含むかどうかは問わない。
オッシレータ・クオーツ(振動子水晶)は振動子に適した素材のものをいい、利用可能な領域の多寡、構造欠陥の多寡によって等級が分かれる。グレード1は無傷のもの、グレード2は欠陥としてブルーニードルだけを許容するもの、グレード3はき裂やバブル・内包物などを含まない肉眼的にクリアな領域を(部分的に)持つものを言う。各グレードは歩留り評価によってさらに区分される。
光学検査の段階ですでに多くの原石がハネられるが、その後の過程でさらにふるい分けがなされる。電気的双晶(ドフィーネ双晶)は、ブランクを切り出す前段で腐食光学検査によって排除する。最終的に製品となる水晶の重量は加工原石の 20%以下である。
補記1:米国では主にブラジル産の水晶が用いられたが、アーカンソー州産の高品質の水晶もある程度用いられた。ただ同州産は根本が白濁しているものが多く、上記のトリム作業が必須だった。