ひま話 パリの自然史博物館 その2(2025.6.15)


展示品の紹介の続き。鉱物標本。古い博物館なので歴史上の有名なコレクターや学者さん方に縁りの標本から、現代の銘柄品まで、充実したコレクションが楽しめる。

 

モルガナイト −ブラジル、MG州 Corrego do Urucum、産

モルガナイトはピンク色のベリルで、20世紀初頃に重要なパトロン顧客だった銀行家 J.P.モルガン(1837-1913)に寄せてティファニーが命名した宝石。当時、盛んに宣伝されて知名となった。成分中にセシウムやリチウム等のアルカリ元素を含むことが多く、鉱物学ではアルカリ・ベリルの区分がある(種名ではない)。ロシアではウラル産がウォロビエフ石(バラビョフ石)と、イタリアではエルバ島産がロステライトと呼ばれた。アルカリ・ベリルで括れば、2010年代前半にアフガニスタンに出て当時ウォロビエフ石と呼ばれた濃青色のベリルもこの仲間と目される。21世紀初にマダガスカル島から出た宝石ラズベリルはアルカリ・ベリルの親戚筋でセシウム分がかなり多く、ベリル構造の空位を満たす上位構造に相当することが判って、ほどなく別種ペツォッタイトの名で記載された。画像の標本は透明度が高く、結晶形の整った上モノ。

ベリル(モルガナイト)、クンツアイト、エルバイト、曹長石、水晶
−アフガニスタン、ヌリスタン、ダラ・イ・ペク産

ピンク色のクンツアイトはティファニーの V.P.だった G.クンツ(1837-1932)に因んだ宝石名。鉱物学的にはスポジューミン。当時(20世紀初)アフガニスタン産はまだ知られていなかったが、現在では世界一の大産地と目される。母岩付きの標本が一般市場に出回るようになったのは最近(この四半世紀)のことだ。モルガナイトも一緒についたリッチな品。クンツアイトもモルガナイトも発色は3価のマンガンを含有することに因ると言われ、共産してもおかしくない。それならトルマリンも赤っぽいルベライトになっていそうなものだが、他の因子が作用するのか、青−緑色系が付いている。

アズライトとマラカイト −米国、アリゾナ州モレンシー産
J.P.モルガンのコレクションより 1903年取得

その時の気分(環境条件)でアズライトが出来たり、マラカイトが出来たりすることがよく判る。cf. No.230

石林状のマラカイト −コンゴ、エトワール・デュ・コンゴ鉱山産

このような美品が数十年に亘っていくらでも採れてきたのがコンゴの強味。こんな状態はコンゴいつまで続くだろうか。cf. No.801

 トパーズの柱状結晶 −ロシア、ウラル地方ムルジンカ産
L.ヴェシニー(ベシニエ)のコレクションから 1955年取得

フェルスマンの著書でお馴染み、ウラルの名産地の青色トパーズ。これをパンに包んで熱した窯の中においておくと黄金色になるという。ルイ・ヴェシニー(1870-1954)は軍人・工学技術者。1932年からフランス鉱物ソサイエティの協会長を務めた。cf. No.758

海王石とソーダ沸石 −米国、カリフォルニア州サンベニト産
L.ヴェニシーのコレクションより 1955年

自然史博物館はヴェニシーの晩年、1953年に鉱物標本 5,000点の寄贈を受けた。また後に遺産相続者から 15,000点を購入した。海王石は 1980-90年代頃にはベニト石の添え物的な感じがあったが、ベニト石鉱山が閉山してからは単品で市場価値が認められているようだ。

自然銀 −ノルウェー、コングスベルク産
1770年デンマーク王クリスチャン7世より寄贈

拡大画像。コングスベルク(王の城都)のひげ銀はクラシック中のクラシック。色が緑なら植物の感じがするだろう。cf. No.280

岩塩 −フランス、ムルト=エ=モゼル県、ヴァランジェヴィル産
製塩所からの寄贈品

ナンシーの南東 10km ほどにある塩坑。紀元前すでにケルト人やローマ人が塩を採取していたと伝えられる。19世紀初に近くのロジェール・オ・サリーヌで塩鉱が発見され、 ヴァランジェヴィル鉱山は1855年に開かれた。フランスにおける最後の現役岩塩鉱山で 40人ほどが働いている。この地域は約2億3千万年前には地中海の前身となる内海があった。岩塩、石膏、石灰岩の厚い層が堆積している。層厚は90mに及ぶ。地下 160mの貯鉱場などが見学できるそう。

輝安鉱 −フランス、オート・ロワール県、リュビアック産
1825年ロテルデュモネールの鉱山学校所蔵品

フランスの結晶学者 J.B.L.ロメ・ド・リール(1736-1790)が調べたアンチモン鉱。これがきっかけとなってアンチモンの豊かな鉱山(現在は廃坑)が発見された歴史的標本。

スズ石 −ドイツ、ハルツ産(あるいはチェコ、オルニ・スラコフ産か)
J.B.ロメドリールのコレクション(18世紀)

セランダイト 原標本 −ギニア、ロス諸島、ルーム島
1931年  J.セランより。

フランスの火山学者でパリ植物園の鉱物学教授を務めた A.ラクロワ(1863-1948)がこの標本を調べて、新鉱物セランダイトとして記載した。cf. No.437

ビリオム石 −ギニア、ロス諸島、ルーム島
A.ラクロワのコレクション  cf. No.241

 フランスの探検家で植民地砲兵隊の将校だったシャルル・マキシム・ヴィヨーム(1858-1920)が収集した標本を A.ラクロワが調べて 1908年に新種として報告した。ヴィヨームはギニア鉱山会社の出資者のひとり。マダガスカル島の鉱山資源探査を任務とし、高地ギニア鉱山などの監査役もしていた。

ユークロアイト −スロバキア、バンスカー・ビストリカ、ルビエトワ産
ここまでリッチな標本はなかなかないと思う。 cf. No.109

見事

リロコナイト −イギリス、コーンウォール、(West)Wheal Virgin産

私は欧州の博物館に行くと、この石とユークロアイトとがないか気になって探す。(あれば「さすが!」と唸る。) cf. No.88

蜜ろう石 −ハンガリー、 Fejer、 Csordakuti 産

この石もクラッシック標本の一つだが、キレイなものはあまり見ない。私が見た中ではヨアネウムの蔵品がピカイチかな。

ロードクロサイト −米国、コロラド州アルマ産 
この標本は置いてない博物館はないといっていいくらいの銘柄品。いつも、アルマってどんなご婦人だったのだろう?と思う。誰もがその色艶に迷う。 cf. No.700

水晶上のユークレース −ブラジル、リオ・グランデ・デュ・ノルテ、マニュエル・ジーニョ産

母岩付の(水晶上の)ユークレースが得難いことは、楽しい図鑑2(p.146)を読めばよく分かる。ところが博物館には、ときどきそんな一般人の常識を鼻で笑うような見事な標本が置いてある。キュレーター冥利であろう。cf. No.549

ハイドロボラサイト、コールマン石、天青石
−トルコ、キュタヒャ、ヒサルチュク産

トルコはホウ素鉱物の大産地(埋蔵地)。中西部キュタヒャにはホウ酸分に富んだ地層が大規模に分布し、1959年からエメトの町の近くで鉱山が開かれている。「エメト・ホウ酸塩鉱床」といい、ヒサルチュク鉱山はそのひとつ。本品は同類が 2021年のMR what's new ウェブ版(#60)に紹介されている。記事によると希産のハイドロボラサイトは無色の針状結晶が放射状に集合しており、天青石(硫酸ストロンチウム)は無色の結晶が付随する。天青石は淡い青色がトレードマークだが、ほぼ無色の場合もあるのだ。淡黄褐色の球状体は方解石だそうだが、博物館の標本ラベルには記されていない。ミスリーディングの気がする。代わりにコールマン石(水和硼酸水酸カルシウム)が記されているが、この標本にコールマン石がついているのかどうか私はよく分からない。ちなみにトルコにはコールマン石(無色)と天青石(淡青色)とが共産する標本が出る。 cf. No.784 

拡大画像。  淡黄褐色球状で串刺しになっているのは方解石

 オーピメントと方解石  −中国、湖南省石門産

石門は中華人民共和国の時代に砒素産業が盛んになった土地で、鉱物愛好家の間では見事な鶏冠石やオーピメントが犬牙状方解石に伴って産することで知られた。石門では「鶏冠石とオーピメントとは共産しない」ことを知識として知っていたが、こういう標本を見ると、なるほどなあと思う。cf. No.10

アフガナイト −アフガニスタン、サー・エ・サン産

アフガナイトはこの産地の標本からフランス人のグループが1968年に記載した鉱物で、後にローマ大学の鉱物博物館に収蔵されていた古い標本、ベスビアス火山産の「かすみ石」(davyne)と標識された無色の微結晶が本鉱だったと分かったエピソードがある。ちなみにベスビアスには無色のアウインや方ソーダ石やも産する。cf. No.367No.491
このような標本が陸続と市場に出てくるようになったのは 21世紀に入ってからで、本品もおそらく比較的近年にコレクションに加わったものだろう。 cf. No.604

 

(続く)

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