586.若林鉱 Wakabayashilite (USA産)

 

 

Wakabayashilite 若林鉱

若林鉱(黄色針状、母岩は自然硫黄)
−USA、NV、三日月渓谷、硫黄坑産

 

鉱物の識別にあたって、自形結晶は重要な指標とみなしうる。 
結晶形はふつうその鉱物の分子構造を反映しているので、外形によって結晶系の違い、そして鉱物種の違いを判断出来る場合があるからだ。 例えばその形状から結晶系の違いが見てとれる2つの標本があれば、ほかの性質(色や硬さ、へき開など)が酷似していたとしても、ひとまずそれらは別の種に属するものと考えられよう(仮晶などは別)。 

一方、同じ種(あるいは結晶系)の結晶がつねに一定の形を示すわけでないことも一般的な事実である。 雪の結晶のように針状、六角板状、雪印状、柱状など、生成時の環境条件によって異なる姿をとる例は鉱物にはむしろ普通のことで、特定の面(方向)が優越して成長することによって、理想形から大きく外れた結晶もある。例えば普通は六角柱状である水晶にサイコロ形の珍品がある。結晶の見かけの多様性は非常に大きく、ときには同じ鉱物と信じられないほどだ。赤銅鉱針銅鉱のように。
またひとつの結晶に、すべての結晶面が理想的に出現することは稀であるし(なので、結晶形をみて産地を推測できる場合がある)、双晶も普通に生じる。
 ニコラス・ステノが観察した「面角一定の法則」は自形単結晶に関してほぼ原則的に適用される規則だが、我々の眼に映る結晶の印象は面角よりもむしろプロポーションによって大きく左右される。
結論を言えば、体系的によく訓練されていない限り、形状による種の判別は必ずしも容易でないのだ(実際に面角を評価するのは結構大変だ)。

 若林鉱は砒素とアンチモンの硫化物で、群馬県の西ノ牧(にしのまき)鉱山で発見された。この鉱山は砒素を目的に稼行され、精錬された砒素は花火の原料などに用いられた。産出鉱物は当然砒素を含むものが多く、鶏冠石石黄(Orpiment)輝安鉱などがあった。 若林鉱は石英の晶洞中に針状〜繊維状結晶で産し、石黄と同じ鮮やかな黄色を示すため、針状の石黄(雄黄)と考えられていた。
 鉱山が閉山して随分経ってから「針状雄黄」に疑問が持たれ、成分分析が行われた。そして硫化砒素である石黄と違い、アンチモンをも含む別種の鉱物であることが分かったのだった。
その経緯について私は詳らかにしないが、もともと黄色針状の鉱物を石黄としていた人たちは針状の石黄があってもおかしくないと考えたのだろうし、また別の人たちは、この産状で石黄が針状を示すのはおかしいと考えたのかもしれない。
若林鉱の報告があったのは 1970年のことで、化学分析値や結晶構造のX線粉末解析値などのデータは西ノ牧産の標本でなく、米国ネバダ州 ホワイトキャップ鉱山産の標本に拠ったという。西ノ牧産はそうしたデータを採るには不向き(ばらつきが大きいなど)だったのだろうか。

本鉱の名前の由縁である若林弥一郎博士(1874-1943)は三菱鉱山の技術者で、標本収集家として知られた人物である。氏の標本 1,932点は還暦を機に母校、東京大学理学部鉱物学科へ寄贈された。その後、1966年に総合研究博物館へ移管され、同館で整理・研究が行われたが、そのときになって、コレクション中、西ノ牧鉱山産の「雄黄」のラベルのついた標本が、実は若林鉱だったことが明らかにされた。若林鉱について語られるとき、このエピソードは好んで引用されるので、私も付言しておく次第。

上の標本はネバダ州産のもの。現在出回っている標本はたいてい同地産である。記載にあたって上記の経緯があるためか、アメリカの標本商さんは本鉱に妙に思い入れがある、というか、アメリカ産の新鉱物という(原産地は日本であっても、本場はアメリカ、みたいな)アタマがあるように感じられる。少なくとも珍しいものであり、国際的にアメリカ産しか出回っていないことは確かだが。

若林鉱には弾性(可撓性)があり、曲げても破断しにくいそうだ。が、この標本はあまりそんな気配が感じられない。(ちなみに石黄にも弾性がある)

cf. No.10 鶏冠石

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