672.ナルサルスク石 Narsarsukite (カナダ産ほか)

 

 

Narsarsukite ナルサルスク石

ナルサルスク石 -カナダ、モンサンチラール産

Narsarsukite ナルサルスク石

ナルサルスク石 −ロシア、コラ半島、フローラ山産

 

No.668の海王石No.671のエピジジム石はグリーンランドのナルサルスクが原産で、1893年にフリンク博士によって記載された、と書いたが、その経緯はなかなか面白い。
グスターヴ・フリンク(1849-1932) はスウェーデンの鉱物学者であった。彼はこの年、大量のグリーンランド産岩石標本を調査する機会を得たのだが、それらは現地のエスキモーによって採集されて、デンマーク人入植者の手でスウェーデンに送られ、市場に出たものだった。売り主の名は伏せられていた。
同じ年のうちに彼はグリーンランド産鉱物に関する最初の論文を発表するが、その中には新種として上記の2種が、またほかにカタプレイ石、エジリンアルベゾン閃石ユージアル石、蛍石などが記載されていた。ただこれらがグリーンランドのどこで採れたものか、はっきりしたことは述べようがなかった。
彼は晶洞中に成長したと思しいいくつかの鉱物種から判断して、有名なイルモーサク(イリマサク)・コンプレックスのカンゲルラールスック(Kangerluarsuk) かツヌーリアフィク(Tunulliarfik) か、いずれかのペグマタイトに出たものだろうとの見解を与えたが、実際にはいずれの地でもそんな晶洞は報告されていなかった…

ほどなくデンマークの鉱物学者ウシンやステーンストロップが、彼の産地説に疑義を示し、イガリコ近郊のナルサシクと呼ばれる土地に出たものではないかとコメントした。
フリンクはグリーンランドに自ら赴いて実地調査することを考えたが、ようやくその機会を得たのは4年後の1897年だった。彼はグリーンランドで氷晶石を採掘・販売する会社の船に便乗してコペンハーゲンを発った。2週間の順調な航海を経て、6月15日、アルスク・フィヨルドに上陸した。そこで手漕ぎの小さなボートを雇ってカッシミウトまで進み、さらにウミアクに乗り換えてユリアーネ・ホープ(現カコトック)へ向かった。そこで彼は、イガリコの人々が定期的に監督官のところに鉱物を持ってきていたこと、当時の監督官はライツェンという人物だったことを聞いた。彼はイガリコに行ってみることにして4人の漕ぎ手を雇うと、またボート上の人となった。(後にフリンクは、1893年に調査した標本群をライツェン・コレクションと呼ぶ)

イガリコではヨブという名の年老いた入植者に会った。彼が探しているような鉱物(エジリンの巨晶)は、イグドレルフィッサリク山のあたりで見つかるだろうという。こうして6月27日の朝、フリンクはその男の案内でイガリコを発ち、2時間ほど徒歩で進んで約300mほど勾配を上り、ナルサールスック(ナルサルスアーク)・カカーと呼ばれる台地に出た。台地の東側は標高1800mのイグドレルフィッサリク山で、西に向かってなだからに下っていた。南と北側は切り立った崖(フィヨルド)になっていた。それぞれイガリコ・フィヨルドとツヌーリアフィク・フィヨルドである。
彼らは花崗岩帯の縁に沿って南から北に向かって歩き、ほどなく閃長岩の破砕帯にいきあたった。すぐにアルベゾン閃石や長石類の巨大なカケラが見え始めた。やがてエジリンや石英のカケラが混じりはじめ、気がつくと風化した結晶や結晶片の只中に入り込んでいた。こうしてフリンクはエジリンエピジジム石エルピド石や、かつてライツェン・コレクションに見た鉱物たちに、再びこの地で巡りあったのだった。これらの特殊な鉱物を産するエリアはごく狭く、20分もあれば一周して回れるほどだった。
彼は大量の標本を採集したが、その多くは後にコペンハーゲンの地質博物館とストックホルムの国立自然史博物館に収蔵されたという。

ナルサルスク石は 組成 Na2(Ti,Fe3+,Zr)[Si4O10](OH,F) 、ナトリウムやチタンなどを含みシリカ成分に乏しい鉱物である。その名の通り、ナルサルスクが原産地。フリンクは1893年の時点ですでにこの石の標本を扱っていたが、「黄色い板」状の結晶と述べるにとどまり、のちに詳しい検討を行って 1900年に新種として記載した。
ナルサルスクの霞石閃長岩ペグマタイトでは比較的大量に産するが、世界的には希産種である。普遍的に見られるエジリンや長石などのペグマタイト鉱物と共存し、またほぼ必ず石英を伴っているという。四角板状の結晶。ガラス光沢を呈し、色は蜂蜜色から灰褐色(風化時)である。
私は原産地標本を持ち合わせないので、カナダ産とロシア産とを載せておくが、モンサンチラール産は本鉱としては比較的サイズが大きく、結晶性がよいとされているから、もって瞑すべしであろう。この産地ではときにジェム品質のものが採れ、カットされることもある。ただし最大のカット石が 0.31ct というから、随分と小さなものしか得られないようだ。

付記:グリーンランドの地名は読みも発音も難しく、正しく日本語表記できている、とは自分でも思えないことをお断りしておく。

cf.イギリス自然史博物館の標本(ナルサルスク産)

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