ひま話  ヘオミネロ博物館 その2  (2022.7.24)


設立の経緯からして当然ながら、スペイン産の鉱物標本が大変に充実している。
メインホール(レベル0)に系統分類に従った展示があり、レベル1、レベル2では地域ごとに仕分けた展示がある。
目に留まった銘柄品をいくつか紹介する。

まずは黄鉄鉱
スペイン北部のラ・リオハ州産のこのテの標本は今日世界中の市場にごくポピュラーで、鉱物愛好家のみならず、一般の人たちの眼に触れる機会も多い。地元では昔から知られており、崖に露出した岩石中にサイコロ形の結晶が連なって埋もれている産状が、16世紀の文献にすでに記されている。
上の標本の産地は Navajun の Ampliacion a Victoria鉱山とあるが、Navajun産の美麗標本が夥しく世界市場に出てきたのは 1970年代以降と言われる。その以前にはソリア州 Valdenegrillos 産が知られて、Navajun産に対してクラシックとされた時期があった。ほかにもいくつかの産地(鉱山)がある。鉱区が設定されているが、たいてい標本・装飾オブジェとしての需要を賄うだけの採掘である。

結晶はジュラ紀に堆積した砂岩及びマール(泥灰土)中にほぼ自由成長したとみられる。マール成分の 50%は粘土で、黄鉄鉱の結晶核が生じると、周囲の物質を押しのけながら立方体形で肥大してゆくものらしい。しばしば相互に貫入したような複雑な形状になっていることがあるが、おそらく別の核から成長したものが成長中に接触して一体化したのだろう。高じると多数のサイコロをアンバランスに繋ぎ合わせた芸術的な集合体となる。
天然のモノだと言っても、たいていの人は信じないで「うそ〜」と言う。人の手で加工したに違いないと言う。いくつものサイコロが連なった標本は、実はたいてい外れたサイコロを接着して再生したものだから、確かに人の手が加わっていないこともない。というのも、連結して見えるサイコロ同士の間はごくごく薄い粘土層が挟まっているのが普通で、採掘の際にサイコロ同士がたやすく分かれてしまうからだ。母岩の砂岩やマールは存外に堅い。
時には直方体形をした結晶もある。結晶軸の方向によって成長速度に差が生じたのか、あるいは(たまたま)ほぼ同軸上に発生した複数の結晶核が連結したものだろう。

黄鉄鉱は鉄と硫黄の化合物だが、スペイン北部産の場合、硫黄分はマールに含まれていた生物起源の化合物が還元的な環境下で分解して放出されたものとみられ、その後周囲の鉄分と再び結合して黄鉄鉱になったと考えられている。この地域に産する硫化鉱物はほぼ黄鉄鉱だけであるらしい。Navajun産の結晶は殆どがサイコロ形で、ほかの形状は稀。普通は辺長 5cm以下だが、稀に20cmに達する。
ラ・リオハ州やソリア州産のこのテの標本は一般に安定で保存性がよく(産地では黄鉄鉱仮晶の褐鉄鉱も報告されているが)、購入後も長く楽しむことが出来る。ただしアンバサガス産のあるタイプのものは例外。中心の核が不安定で、多湿環境下で膨張し結晶を割る。アンバサガスにはパイライトヘドロン(5角12面体)形の結晶がよく出る。 cf. No.283
 

Pirita Macla "Crus de Hierro" すなわち、黄鉄鉱の双晶 "鉄十字"。
ラ・リオハ州の Barranco de la Toba産とある。私の理解では黄鉄鉱の十字双晶は比較的珍しいものだが、あるところには大量に出る。しかし一般にサイズが小さい。この博物館の展示でもガラス皿の上に小さな分離品が載せてあった。
双晶というと、単結晶と共産する時は単結晶より大きくなる場合が多いのが経験則だが(例えば水晶や石膏)、黄鉄鉱ではそうでもないのかもしれない。 cf. No.170

参考までにスペインの州区分の地図を示しておく。

 

アンダルサイト_キアストライト  紅柱石_空晶石

この鉱物の名前は、アンダルシア地方に産した(と信じた)ものを記載したデラメテリエが 1789年に与えた。直訳すればアンダルシア石だが、和名は紅柱石(こうちゅうせき)が普通。たいてい淡紅色〜淡ベージュ色の柱状結晶で、成分は珪酸アルミニウム。
アンダルシアはスペイン南岸部のグラナダやセビーリャを含む地方で、最近ではコルドバ県のシエラ・アルバラーニャに美品が出たが、実は本鉱の産地に乏しい。むしろ他の地方に良品がある。上の標本は北西部のアストリアス(アストゥリアス)州産。柱状の結晶を柱軸に垂直に切断すると、このような分画模様が現れることがあり、十字架形に見えるのでキアストライト(十字石の意/和名:空晶石)の名がある。 初期キリスト教徒はこの石をお守りにしたと言われる。cf. No.416 空晶石

ちなみにスペインは(かつて)敬虔なキリスト教国で、その信仰を旗印にイベリア半島からイスラム教徒を駆逐し、新大陸を征服し領有し、先住民を苛烈に搾取しキリスト教化した実績を誇る。重装騎士たちは突進の時に「サンチアーゴー!(聖ヤコブ)」と雄叫びを上げて蛮勇を奮った。死生共に神と在り。今日でも人口の7割ほどがローマン・カトリックの信仰を持っている。

キアストライトの黒色部分は炭素または炭化物が濃集した領域で、特定の結晶構造面に選択的に付着して結晶を分画するとみられる。中心の核の部分にも濃集する傾向があり、変成作用を受けた母岩から生成する時に、おそらくは炭化物の援けを借りて結晶核が発生し、その後も炭化物の介在により成長がリードされるものと考えられる。(もちろん、すべての紅柱石がこうした分画作用を享けているわけではない。) 先の黄鉄鉱は異物の粘土成分を排除しつつ結晶が成長していたが、こちらはむしろ異物との相性がよく、共生的に成長が続いたようだ。分画模様は結晶柱軸のどこを切るかで漸次変化する。

いずれもアストリアス州産で、産地名に Froseira,  Boal, Doiras, Sierra de Penouta等が読める。
切断面の模様のうち、黒色正方形のコアの大きさがさまざまあることに注意。
十字架信仰の中心に闇が在る。

Jacinto de Compostera ヤチント・デ・コンポステーラ(コンポステーラのヒアシンス)と呼ばれる水晶。
赤褐色のヘマタイトを含有するため、明るいチョコレート色を呈する。しばしば多数の結晶頭部が放射状に密集して、松ぼっくりやヒアシンスを想わせる形をなすため、こんな名がついたと考えられる。コンポステーラは、聖ヤコブに縁の巡礼地サンチアゴ・デ・コンポステーラのことで、かつてこの地方に産した赤水晶を巡礼たちがお守りに身に着けたといわれる。博物館には松ぼっくりタイプを含めて多数の「コンポステーラのヒアシンス」が展示されていた。 cf. No.552 鉄水晶。 

画像に写っていないが、標本ラベルに Localidad desconocida とあり、実は産地がよく分からないといった感じである。今日、石膏中に生じたバレンシア県産の美品がよく流通している。

cf. 大英博物館の標本、  ヨアネウムの標本

こちらはモロッコのアトラス山脈中に出た赤水晶。ラベルは単に「水晶 ヘマタイト入り」とあり、コンポステーラの名は与えられていない。

 

煙水晶。これもまた海胆(ウニ)か松ぼっくりを想わせる形状。中心の結晶核からあらゆる方向に多数の結晶が放射状に成長したもののようだ。

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