866.ナトロカルサイト Natrochalcite (チリ産)

 

 

Natrochalcite

ナトロカルサイト (アントラー石やアタカマ石と比べると明るい鮮やかな緑色)
-チリ、アントファガスタ、チュキカマタ産

 

 チリのアントファガスタ県北部に位置するチュキカマタは、港湾都市アントファガスタから内陸へ 250km、鉱山町カラマの北約20km の距離にある。アンデス山脈西麓にあたり標高およそ2,800m、降雨に乏しいきわめて乾燥した土地柄によって、他所ではほとんど見られない水溶性の希産鉱物が、かつて膨大に存在し銅鉱石として採掘された(cf. No.577 アタカマ石)(チリ北部地図 No.862)。

いわゆる斑岩銅鉱床で、露天掘りが始まった1915年から1970年代中頃までに採掘された鉱石は 8.57 億トン、また別に5.2億トンの表土が剥ぎ取られたという。
この銅山の美点のひとつは、硫化鉱の上部に厚さ 3-400mに及ぶ酸化帯(二次富鉱帯)が形成されていたことで、品位15-20% の二次硫化銅鉱が潤沢に得られた。この種の富鉱は1951年までに概ね採り尽くされたが、その後、低品位鉱(銅 min. 1~2% )の大規模処理へプロセスを移行して、開口部を広く深く穿ち続けていった。21世紀に入る頃には開口径は 4km を超え、少し離れて設営された住宅地域は崩落が懸念されて 2008年に放棄され、ゴーストタウン化した(チリは地震の多い国である)。
一方その頃には本体鉱床を掘り下げても銅品位が著しく落ちるばかりなことがはっきりし、周辺の新たな鉱床に向けて坑道採掘へのシフトが計画されていた。
そして昨 2018年9月、坑底で最後の爆破作業が行われたとのニュースがあった。露天掘りを始めて 103年、本体開坑は深さ 1,100mに達した。今年中には地中採掘が始まる見込みで、品位や採算性はいくらか落ちるものの現状の銅産量(33万トン/年)をほぼ維持して、鉱山寿命はもう半世紀保ちそうだとのこと。また副産物として(石英脈に伴う)モリブデンも年産 1.5万トンが見込まれている。

ところでチュキカマタ産の標本で愛好家の興味を引くのは、やはり上部酸化帯に生じた珍しい銅の二次鉱物であろう。鉱物学的な収穫期は酸化帯が盛んに採掘されていた1930-40年代に遡り、この時期にリンドグレン石 Lindgrenite (1935) : Cu3(MoO4)2(OH)2、レイトン石 Leightonite (1938) :K2CuCa2(SO4)4・2H2O、ベリンジャー石 Bellingerite (1940) :Cu3(IO3)6・2H2Oセイルズ石 Salesite (1939):Cu(IO3)(OH)サンプル石 Sampleite (1942):NaCaCu5(PO4)4Cl・5H2O が報告された。これらの標本は1970年代にはまだよく出回っていたが、現在はあまり市場に見ない。
また硝酸塩鉱物の一種ウンゲマッハ石 Umgemachite: K3Na8Fe3+(SO4)6(NO3)2・6H2O が1936年に報告されたが、上部酸化帯の表層部にはダラプスキー石、硝石、チリ硝石が産し、特にチリ硝石は多量に出てその起源を火山性(無機性)と観る根拠とされた(硝化菌は銅イオン存在下に活動出来ないという観方 −しかしシーロフ石のような例もある)。

ナトロカルサイト Natrochalcite もまたチュキカマタ原産の希産種で、上部酸化帯の最上層に特徴的に産した。アントラー石 Antlerite Cu2+3(SO4)(OH)4 クレンケ石 Kroenkite Na2Cu(SO4)2・2H2O などと同様、母岩の空隙を埋めて脈状鉱石をなし、早くも 1908年に報告されている。1930年代には主要銅鉱石のひとつに数えられていた。標本は 40年代頃まで容易に入手出来たそうだが、20世紀後半には珍品と化した。その名の通りナトリウム(natro)と銅(chalco)の鉱物で、組成 NaCu2(SO4)2(OH)・H2O の水和硫酸水酸塩。鮮やかな明るい緑色が美しい。水にわずかに溶ける。

画像の標本は古い標本ラベルがついた市場還流品で、入手困難との触れ込みだった。自形結晶のない小さなカケラだが、それでもクラッシック標本と思って手を出した。ところがその後、 2008年に信じがたいハイレベルの美結晶標本が突然市場に出回ったのである。ある鉱夫が昔に採り貯めていたものという。ちょうどチュキカマタの町が放棄された時期なので、あるいは引っ越しの際に埋もれていたガラクタの中から、子孫の手で拾い出されたのかもしれない。(おじいちゃん、こんなの沢山持っててどうするの、お墓には持っていけないのよ。)
欲しいと思ったが諸般の事情で指をくわえて見送り、今では後悔の一つである(よくあることダ)。もちろんお金を積めば手に入る、んだけれど。

cf. ひま話 デンバー自然科学博物館

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