904.レビ沸石とオフレ沸石 Levyne&Offretite (USA産) |
今日沸石類の標本といえばインドのデカン高原(玄武岩地帯)が一大産地である。インド産の沸石標本は
19世紀中頃から欧州に入り、1831年に早くもブルックがプーナ産のスコレス沸石をプーナ石として報告している。cf.
No.445
ネットで調べると北インドのヒマラヤ山麓には寺院と温泉がセットの名所がいくつかあるようだが、西インドの高原地帯に温泉があるかどうか私にはよく分からない。しかしあっても驚きはない。
19世紀のヨーロッパではドイツやイタリア、またスコットランドなどから沸石種が記載されているが、アイスランドやフェロー諸島もまた沸石の産地として知られていた。東西グリーンランドの沿岸、アイスランド、ヤン・マイエン島、フェロー諸島、そしてスコットランドや北アイルランドといった北大西洋海域の陸部は、海底の地盤を挟んで広い範囲が玄武岩に覆われており、各地に沸石の歴史的産地があるのだ。
殊にアイスランドやフェロー諸島には良標本が多産したため、欧州各地の古い博物館にその残響がとどまっている。コペンハーゲンの地質博物館は逸品揃いだそうな(主に19世紀後半〜末期にかけて採集されたもの)。
アイスランドはヘクラ火山などを有する「火と氷の島」で、北米プレートとユーラシアプレートの境界をなす海嶺と活火山とが重なる、新しい大地の現れるところである。島には7つの地熱発電所があり、ブルーラグーンは発電所の排水を利用した世界最大の露天温泉として観光地化されている。レイキャダールル(煙と蒸気の谷の意)も景勝の温泉地であるらしい。
イギリス本島の北部にはオークニー諸島、シェトランド諸島といった島嶼群が点在するが、フェロー諸島はさらにその北西、北緯61-62度あたりのアイスランドとの中間海域にある。約18の島からなり、緯度のわりに温暖な気候で夏涼しく冬暖かい。
9世紀頃からノルウェー人(ノース人)の入植が始まり、やがてノルウェー領になり、デンマーク領となった。羊の放牧が行われてきた。温泉はないようだ。沸石が出来たのは大分昔のことなのだろう。
アイスランド産の鉱物については、すでに 1669年にエラスムス・バルトリヌスが論じて、いわゆるアイスランド・スパー(氷州石/透明方解石)の二重屈折性を語った。(※18世紀半ばにはドッペル・スパー(二重のスパー)とも呼ばれた。)
フェロー諸島産の鉱物も同じ頃から文献に現れ、18世紀半ばには(クルンステットが
zeolite :沸石の語を作って以降)沸石に関する記述が見られるそうだ。1801年に C.F.シューマッハーは両産地の沸石を形状で区分して、粉状沸石、粒状沸石、塊状沸石、繊維状沸石、放射状沸石、放射葉状沸石、葉片状沸石と列記した。
1806年にグリーンランドへ向かった標本商 L.ギーゼッケは前年フェロー諸島を訪れており、
G.S.マッケンジー卿は 1810年に西アイスランドを訪れた際にフェロー諸島にも上陸して岩石・鉱物を採集した。同行した
T.アランは 1815年にフェロー諸島の鉱物産地について報告している。
このように19世紀にはいくたりかの博物学者が夏のシーズンにアイスランドやフェロー諸島を訪れて、心躍る時間を持ったのだが、それは随分費用のかかる旅だったので、多くの人々は標本商から標本を入手することで善しとした。そして標本を調べてデータを発表し、また新種を発見した。
1818年にハイジンガーは両産地の束沸石 Desmin
の化学分析を報告している。Desmin(Desmine)
はこの年ブライトハウプトがつけた名で、束状の意。
ちなみに Stilbite
は鏡のように輝く石の意で、訳せば輝沸石とか鏡沸石になる。当時の束沸石 Stilbiteはまだ輝沸石 Heulandite (1822年)と細分されていなかった。
1825年に D.ブルースターはフェロー諸島のダルスニッペン Dalsnypen産の沸石標本から新種を識別して、レヴィ沸石と名づけた。前年、彼は標本商ヒューランドから「新種ではないか?」と添え書きされた標本を受け取り、光学特性を調べて(一軸のみ複屈折性)新種であることを確信したのだった。それは母岩の杏仁状晶洞に晶出した物質で、菱沸石や方沸石を伴っていた。六角薄板状の結晶には陥入角がみられた。 ドイツの W.ハイジンガーが面角を測定し、吹管試験による特性を示した。ブルースターはまた J.ベルセリウスに化学分析を依頼していたが、この発表には間に合わなかった。その後、ベルセリウスは化学成分が菱沸石となんら変わりないことを報告したが、ブルースターは共産する菱沸石と混同して分析したのではないかと疑義を呈している。(※菱沸石-Caの理想組成はCa2[Al4Si8O24]·13H2Oで、実際レヴィ沸石の組成比率と差はない。)
レヴィ沸石(レビ沸石)は、結晶学者・数学者の A.レヴィに因む。彼の結晶学への貢献と、いくつかの新種の発見に敬意を表したものだ。cf.
ターナーコレクション
組成 (Ca,Na,□)3(Si12Al6)O36·18H2O、六方晶系(三方晶系)。特徴的な六角薄板状の結晶形は、たいてい二つの結晶が貫入双晶したもので、よく見るとわずかに凹んだ部分がある(上の画像然り)。
今日ではカルシウム優越種を灰レヴィ沸石
Levyne-Caと、ナトリウム優越種を曹達レヴィ沸石 Levyne-Na
と標識する。ただし純粋な端成分種はまだ知られていない。日本では島根県隠岐西ノ島に産する前者、長崎県壱岐島に産する後者が有名で、後者はこの産地のものが原標本となっている(1972年に報告がある)。
わりと希産の沸石だが、アイスランドやフェロー諸島には各地に多産する。しばしばレビ沸石上に、繊維状のオフレ沸石
Offretite やエリオン沸石 Erionite がエピタキシャルに(結晶構造の類似により特定の結晶面に規則的な角度を保って)晶出するという。
オフレ沸石は 1890年に F.ゴンナルドにより
フランス・ロアール地方セミヨル山産のものが報告され、リヨン大学教授の
A.J.J.Offret に献名された種。エリオン沸石は 1898年に A.S.Eakle
により、オレゴン州ベーカー郡のオパール鉱山産のものが報告され、ギリシャ語の綿に因んで(白色繊維状で綿に似る)命名された種である。いずれも六方晶系。
画像の標本はオレゴン州ビーチクリークの玄武岩採石場に出たもの。同州では今日、本産地とウィーラー郡スプレイ近郊の切り通しが、レヴィ沸石の美晶産地として知られる。ビーチクリークでは70年代から 6mmに達する結晶が知られ、1980年代初に多くの標本が出た。実際はオフレ沸石との連晶だそうだ。
No.901に書いたように、フェロー諸島産の沸石からは
1816年にメソタイプから中沸石が、1822年にメソール(トムソン沸石の亜種)が細分されている。
1826年には剥沸石/エピスティルバイト Epistilbite が G.ローゼによって細分されている(アイスランド産及びフェロー諸島産)。
Stilbite に性質が近く、これに付着して産することに拠る。
1857年にはトムソン沸石の亜種にフェロー沸石の名が与えられた。
補記:日本では、日本海沿岸部や沖合の島々が環日本海アルカリ玄武岩類と呼ぶ玄武岩溶岩の噴出した地質となっている。佐賀県の唐津はこの種の玄武岩が広く露出して、さまざまな沸石類が晶洞中に観察される。
長崎県壱岐島も同じアルカリ岩区に含まれて、大陸系火山活動の場として古くから有名な島である。長者原ではグリーンタフ変質に伴った各種の沸石類が見られ、レビ沸石、エリオン沸石、菱沸石、束沸石、灰十字沸石、トムソン沸石、ソーダ沸石などが報告されている。レビ沸石は「冬の木の枝が凍ったような貫入双晶」をなすと、「鉱物採集の旅 九州北部編」(1975)は描写している。1971年に日本で初めて報告されたもの、とある。
ついでに書くと、「鉱物採集の旅 四国・瀬戸内編」(1975)は、「沸石といえば、新潟県の間瀬が第一の産地とされ、ついで山形県の五十川や静岡県の徳倉山などがあげられ」ると述べ、ここ数年で愛媛県久万町槇の川も日本有数の産地になったと紹介している。「鉱物採集の旅 関東地方とその周辺」(1972)に徳倉山の産地紹介がある。