964.水晶(成長丘2)  Quartz Growth hillock  (タンザニア産)

 

 

シトリン −タンザニア産 No.597の標本
r面と思しい錐面上の成長丘 
肉眼でもはっきり分かるほど発達したもの
(通常の照明でも分かるほどの凸部をなす)

光を反射させてみると、錐面は細かいイボのような
凸部が全体に散らばっていることが分かる。

底辺が右上がりの三角形状の成長丘
するとこの領域は右手水晶ということになるのか。

顕微鏡画像(x2) 下の直線は錐面と柱面の間の稜。
底辺は右上がりの線が顕著だが、
左にも緩く上がっている。
また左辺の頂点付近で辺の傾きが鈍る傾向も。

同じ標本の別の r面と思しい面の成長模様
(上に示した錐面と一つおいて隣り)

成長丘には底面が右上がりに見えるものが多いが、
左上がりに見えるものもある
顕微鏡画像(x2) 下の直線は錐面と柱面の間の稜
成長丘の三角形状には、稜線からの全体的な
ステップ成長の影響も含まれるように見える。
r面と思しい錐面
別の錐面(r面と思しい)
水晶 −USA、アーカンソー産 
r面と思しい2つの錐面上の成長模様
(通常の照明では結晶面はほぼ鏡面に見える)
No.134の標本

比較的粗い、無数の局部的な凹凸に覆われた
r面と思しき錐面
(通常の照明では結晶面はほぼ鏡面に見える)
−大分県尾平鉱山コウモリ坑産  No.320の標本

同上 r面と思しき別の錐面
上の錐面と一つおいて隣り。
(ただしこの結晶の錐面は5面しかない) 

 

「微斜面」(vicinal face)という鉱物学の用語は No.947 補記2で引用したように、二つのニュアンスを持って使われている。一つは水晶の錐面と柱面との間の隅に比較的低い頻度で現れる x面や M面のような、高指数の微小な結晶面を呼ぶ語として。
もう一つは水晶の錐面のような層成長によってできる平滑な F面(flat face)に、成長層のステップとして現れる結晶面を呼ぶ語として。 これは F面に対してきわめて微小な(高指数の)傾斜を持つ S面(steped face)に相当する性質の面であり、おおむね F面上のらせん転位を起点として生じ、ときに等高線模様を示す。等高線の盛り上がり領域である「山」はそこから成長層が発生した成長中心の場所で、「成長丘」と呼ばれる。cf. No.963

成長丘の頂点では多数のらせん転位群の束ねあいで生じた「複合渦巻模様」が見つかることが多い。一方、平坦な表面や成長層の表面には、単独のらせん転位から始まった「渦巻成長層」が見られる。というが、高倍率の顕微鏡の助けがないと肉眼ではよく分からない。
秋月「山の結晶」(1993)は、「水晶の菱面体面を光に照らして眺めると、肉眼でも微斜面が見える。らせん転位が数多くあると、成長丘に成長丘が重なり、複雑な成長模様となる。」と述べている。
我々、一般の鉱石愛好家が眺めて楽しめるのは、このようならせん転位の束ねあいが織りなす模様であろう。

秋月博士(1937-2018)は若年の頃、苗木産などいくつかの産地の水晶の錐面に見られる成長丘を反射顕微鏡で観察して考察をなされたが(1961)、上掲書にそのエンセンスを記している。
錐面上には結晶面の稜から発生した(稜に平行な)細かいステップ模様に伴って、その上に小さな三角形が付着したような成長丘が認められた。 r面に見られる成長丘は底面が左上がりのものと右上がりのものとがあって、それらは巨視的な結晶形態から判定した右手・左手水晶の区別に一致しているとされた。例えば形態的な右手水晶の r面には、底辺が右上がりの三角形状の成長丘(だけ)が現れるというのだ。
一方、r面の隣りの z面に生じる成長丘は底面の平らな頂点の高い(鋭角)二等辺三角形であって、「これでは左右の区別はできない」という。しかし、ときには右水晶では底辺の右隅が小さく切れていることがあった。(その場合は区別がつけられるのだろう。)
そして、「x面や s面が存在していなくても、r面上に成長丘が見えれば、右と左の区別はできる」と考察された。そのテの「微斜面」を持たない水晶は形態的には右手水晶でも左手水晶でもないから、つまり光学的性質としての右手水晶か左手水晶かが、成長丘(すなわち別のニュアンスの「微斜面」)の出現によって判定できるというわけである。

次の図は博士が r面上に観察された成長丘の形状の一例である。x40〜x300倍程度の拡大率で見えるようだ。

これは形態的な右手水晶に属するもので、頂点の高い二等辺三角形の左右の凸傾斜は z面になっており( r面に対してきわめて緩い傾斜の微斜面というわけではないようだ)、底辺は右側で2回屈曲して跳ね上がっている。その角度は x面や s面がとる角度にほぼ一致するそうだ。
図は 底辺に m面、x面、s面が現れて mxs型と称されているが、ほかに m面だけのm型、x面だけの x型、同様に ms型、 mx型も現れる。

 

さて、博士の観察は我々が肉眼で見られるような大きさの、束ねられた(複合した)成長丘の形状にも当てはまるのだろうか。
手元の標本を調べてみると、上の画像(1〜7枚目)のタンザニア産のシトリンに類似の形状のものがあった。
いくつかの三角形を観察すると、確かに底辺の一方が上がる傾向があるようだ。1枚目の画像の錐面では右上がりが顕著で、すると右手水晶ということになろう。(あいにく x面や s面が現れていないので、形態から検証出来ないが。)
ただその形状は必ずしも単純でなく、二等辺の頂点の角度はより広く、角部は屈曲がより多くみられる傾向にある。比較すると下図のようで、三角は鋭角二等辺というより、おにぎりに近い形になっており、角が鈍っている。
らせん転位による成長は理想的には渦巻きであるから、集合すると鋭角が鈍角化するのかもしれない。

 

また同じ結晶の別の錐面の成長丘を見ると5〜7枚目の画像のようで、この面では明らかに左上がりと思われる三角形が含まれている。ブラジル双晶の領域であろうか。先の錐面と比べると丘をなす三角形はあまり明瞭でなく、稜からのステップ成長の影響がより強く現れている。

8〜12枚目は別の水晶の画像である。No.963と同じアーカンソー産で、無色透明、結晶面は通常照明ではほぼ鏡面に見える。しかし反射光を当てるとひとつの錐面(r面と思しい)では一方向からのステップ成長模様(層状)が顕著に現れ、その合間に成長丘が発達して見える。成長丘の形は円形に近い粒状で、等高線模様はおにぎり形に近い。錐面と柱面の隅に(r面の右肩に)微斜面が出た形態なので右手水晶と思しいが、左が切れ上がっているように見える丘があって、どうもはっきりしない(8、9枚目)。
別の錐面(r面と思しい)を見ると、その模様は先とは異なり層状模様を帯びない。成長丘は粒状だが大きくなると山形〜三角形状に近づくようだ(10〜12枚目)。底辺の上がりは両方に見られて、やはり左右の別がはっきりしない。

13、14枚目は大分県産の水晶で、r面と思しい2つの錐面の反射模様を示した。おにぎり形の成長丘が魚鱗のように、あるいは青海波のように連続的に連なっている。底辺の片側が上がっているのかどうか、少しも分からない。

以上、3つの結晶の例を示したが、集合的な成長丘模様は標本によって見映えがかなり異なり、同じ結晶でも錐面(r面)によって異なる。秋月博士が指摘されたような鋭角三角形の丘は、肉眼的なサイズでは必ずしも普遍的でなく、むしろより鈍角のおにぎり形状に発達する方が多いのではないだろうか。その形状と形態的な左右水晶の関連はさほど明らかでない。
またブラジル双晶やドフィーネ双晶の領域が交じる可能性を勘案すると、形状の解釈は少しく困難さを増すように思われる。
ついでに言えば、水晶の錐面が r面であるか z面であるかの判断にしても、実はそんなに簡単なこととは言えない。cf. No.942 補記4
ただ、これまで私が見てきたところでは、面上の成長丘模様は z面よりも r面でより発達し、明瞭であるようだ。r面(と思しい面)上に模様が見えて、 z面(と思しい面)には見えないということがしばしばある。

cf. No.953 二番目の標本。錐面上に三角式の縞模様(成長によるものか、溶解によるものか、よく分からないが。)

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