1031.水晶 鱗形の小面2 Quartz rare faces (マダガスカル産)

 

 

水晶 −マダガスカル、アノシイ、ベトロカ地区産
「肩の小面」(s,x)が大きく現れた長柱状美晶

肩の小面の拡大画像
その下部柱面の稜に鱗形の領域が並んでいる。

上の画像の結晶面の線図。
破線はドフィーネ双晶の境界と思しい線
(境界を挟んで面の光沢に違いが認められる。)
正面の錐面が r面であれば、その左下のs面、x面は正調。
また s面に見られる条線の向きも正調、
結晶は左手水晶と解釈できる。
が、r-z面が交互に存在すると想定するなら、
この面は z面がくる配置にあたる。
(他の錐面の形から推測)
もっともドフィーネ式双晶であるのだから、
r-z の別は必ずしも明瞭でない。
薄赤紫色で示した面には条線があり、
明瞭に鱗形の「面」と認められる。
この配置の面は No.969に示した
z面下の微小面と同類と思しい。
また No.1030に同色で示した左方の面に同類と思しい。
着色面の下部に示した破線は
ドフィーネ双晶の境界と思しく、
これが柱面の稜との間に作る鱗形の領域は
「肩の小面」とまではいえない
(柱面に対して傾斜していない)。
しかし上の鱗形(薄赤紫色)の小面の形成に
ドフィーネ双晶境界が関与している可能性を
示唆しているようだ。

左側の錐面に反射光を見せた状態
(ドフィーネ式双晶境界が明瞭に分かる)

一番上の画像の右隣りの柱面を正面にみた配置

同上 上部を拡大した画像

上の画像の結晶面の線図。
破線はドフィーネ双晶の境界と思しい線。
正面の錐面は z面の形状。
(するとその左右が r面か。)
左の r面と見立てた柱面の稜に
鱗形の小面(薄赤紫で標識)が現れている。
結晶の頭部付近に薄緑色で示した同様の
小面があるが、平坦性に乏しく
境界も明瞭でない。
これらの位置は、ドフィーネ双晶の境界線の
延長上にあるように見える。

根元の結晶にも大きな s面が現れている

拡大画像

肩の小面(s面)に微かに条線がある。
この条線に平行な稜を持つ錐面(s面の右方)は
正調なら r面のはずだが、
他の z面形状の面との交互配置から
考えると z面の順にあたる。
しかしその下方に別の肩の小面(u or x...)があり、
これが正調であるなら上述の錐面はやはり r面。
(もしそうなら左手水晶。)
こうして考えると、ドフィーネ式双晶では
r面と z面の性質を持つ面は必ずしも
交互に並ぶとは限らないのだろう。

ドイツ語圏に美しい鉱物写真を掲載した専門誌 Lapis がある。その英語版扱いで extraLapis English の刊行が始まったのは 2001年のことで、記念すべき初号はマダガスカルが特集された。副題に「鉱物と宝石の天国」とある。実際、それは私たち鉱物愛好家が抱くこの島のイメージでもあった。
昔、北杜夫は「マダガスカル島にはアタオコロイノナという神さまみたいなものがいるが、これは土人の言葉で『何だか変てこりんなもの』というくらいの意味である。」という書き出しの変てこりんな本を書いて大当たりをとった(※「どくとるマンボウ航海記」 1960年 氏の初の商業本)。氏が初めて島を訪れたのはそれから 15年後で、「マンボウ周遊券」(1976)に紀行がある。特に鉱物に触れているわけでないが、フランス人の避暑地である高地アンチラベの宝石店に寄ったり、首都タナナリブの金曜市を見物したことが書かれている。金曜市は「ちゃちな宝石屋、石屋が多い。さまざまな原色の石を並べているのが、けっこう愉しい。」との印象で、どういう客層があるのだか分からないが、なにしろ島では綺麗な石がいろいろ採れたのだろうと思われる。

画像の水晶は同島ベトロカ産と標識されたもの。ベトロカがどういうところか mindat を見てもさして詳しい記事はないが、「ベトロカ産の緑色宝石質の透輝石の結晶が、アンチラベの鉱物市場でコーネルピンの名で出ていることがある」とある(同地にコーネルピンも産する)。産出鉱物リストにはもちろん水晶が載っている。
上掲の extraLapis No.1は、島のスカルン地域はしばしばカット可能な宝石質の鉱物を産すると述べ、代表として硬石膏、燐灰石コランダム透輝石、グランディディエライト、ヒボナイト、コーネルピン正長石金雲母、サフィリン、柱石、スピネル、トリアン鉱、くさび石ジルコンを列記する。

ベトロカは島の南部にある長さ350kmに及ぶスカルン帯(ベトロカ-ベラケタ帯)に属し、金雲母の有名産地だそうだ。片麻岩中にガーネット、珪線石菫青石、サフィリン等が含まれる。変成作用の環境は 850℃以上、7-8kb(地中20kmの圧力に相当)という。金雲母の採掘が始まったのは 1927年で、50年代には 26の企業が 102の鉱山を掘った。52年に1,000トンを超える産量を記録した。その後市場が低迷して鉱山数が激減、 70年代には天然品が合成品との競争に勝つことは至難となった。地表付近の鉱体は 20世紀末までにほぼ採り尽くされたそうだが、透輝石、サフィリン、柱石、金雲母の美麗標本に新産のものもあるらしい。(あいにく水晶については言及がない。)

この標本についての観察は画像の下にコメント扱いで記したが、柱面に大傾斜面を伴う結晶で、傾斜度の変化する位置(柱面高さ方向)を両端点として間に鱗形ないし爪形の小面が稜付近にいくつか見られる。これらの面には条線が現れている。
また結晶全体にドフィーネ式双晶の境界と思しい囲み線が、面を跨って不定形に生じている。これらの境界は面成長の様相が領域の間で異なることを示している。そして境界線が柱面の稜を跨ぐ付近ではこれに呼応するかのように、やはり鱗形の小面ないし緩斜面、あるいは粗度の異なる平面が現れている。鱗形の小面の形成はそもそもこうした結晶構造の不整合(歪み)が推進力となるのかもしれない。
なお画像には明示していないが、柱面にはブラジル式双晶と思われる幾何学的な境界線も含まれている。cf. No.986

なんだか変てこりんな水晶で、さすがにアタオコロイノナの息のかかった島だと思う。
本品は米国の水晶愛好家のコレクションだったが、彼に標本を売った標本商が買い戻しを引き受けて再び市場に出た。今は私の手に。これまたアタオコロイノナのお導きか。

 

補記: Wiki で「アタオコロイノナ」を引くと、北杜夫の言及がほぼすべてで、あまりに暑いので地中に潜ってそのまま行方不明になった神だという趣旨の説明が、氏の昆虫記から転載されている。
上掲のマダガスカル紀行には、在留日本人のパーティーで長く滞在している商社の人にこの神のことを訊ねたが正体が分からなかった、と述べられている。現地語の話せる東食の T青年は「アタオイノナというと『なにか御用ですか?』の意だと言っていたが。」、と。
北氏にもなんだかよく分からない神のようだ。

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