576.スパンゴライト Spangolite (USA産) |
以前にも書いたが、鉱物蒐集は模倣性の強い趣味である。
図鑑で目にした写真にあてられ、ネットの噂話に興味をそそられ、コレクターの愛蔵品をみて、同じ石が無性に欲しくなるというのはきわめてありがちなことで、誰もに覚えがあるはずだ。
私の場合は、リロコナイト、タグタップ石、ユークロアイト、逸見石などがその代表で、入手するまで寝ても覚めても…という執着がたしかにあった。その頃はまず販売ルートに辿りつくのが難しかった。逸見石は国産新鉱物だから日本の標本商さんで名前を知らない人はなかったが、海外希産鉱物はまず聞いたこともないと門前払いされるケースがほとんどだった。ツーソンに行く標本商さんに、こういう感じのこれこれという鉱物と説明して探してきてもらったりした。最初のユークロアイトやボトリオゲンなどはそうやって手に入れた。
インターネットが発達して情報が簡単に検索出来るようになり、世界各国の希産鉱物専門商に直接アクセス可能な現状はまさに夢のような進化であるが、同様の苦労をしている方は今でも多いはずで、鉱物ショーで図鑑片手に「○○はありますか?」と訊いてまわる同好の士に逢うと、親近感が湧いてくる。
スパンゴライトもまた我が夢にみた鉱物のひとつで、ドイツで買った鉱物図鑑の写真を見てから長いこと念がけていた。そしてある年ツーソンに行って手に入れた。ホテルの部屋を何軒も回った後、「スパンゴライト?」の問いかけに、打てば響いて「すぱあぁんごらいと!」と返されたときは嬉しかった。そして、なあああんと、標本商さんが自分で採集した標本を示され、「これはねえ、スゴイんだ、MR誌に投稿してどうたらで…」と長い薀蓄が始まり、英語なのでよく分からなかったが、なおさらに興奮したものである。
スパンゴライトは組成式 Cu6Al(SO4)Cl(OH)12・3H2O
で、比較的水分の多い銅の二次鉱物である。かなり珍しい種で、原産地はアリゾナ州のツームストーンとされている。どうも正確な出所が伏せられていた気配があるのだが、いずれにせよ本鉱は原標本を提供した愛好家ノーマン・スパン(Spang)氏に因んで
1890年に記載された。数年後にコーンワルからも美品が出て、コーンワル・クラッシックの一つと目されるようになった。
現在流通している標本はニューメキシコ州ビンガムのメクス・テクス鉱山産が筆頭と思われる。青色の蛍石で有名なブランチャード鉱山の北1マイルにあり、ハンソンバーグ鉱業地域としてひとくくりになっている。ハンソンバーグの鉱山業は1870年代に始まり、メクス・テクス鉱山は二次大戦後に本格的な稼動が始まった。MR誌(30-5)によると1987年以降は標本採集鉱山として運営され、マニア御用達の本鉱を始め、ブロシャン銅鉱、クリード石、青針銅鉱、蛍石、青鉛鉱、ツメブ石などを供給している。
上の標本はラベルに鉱山名が記載されていないが、地域的にみて、まずここから出たものだろう。
日本では数年前に有名標本商さんが通販リストに載せて販売したから、愛好家にはすでに馴染みの銘柄標本となっていよう。