887.ベスブ石 Vesuvianite (ロシア産ほか) |
ベスブ石はソロ珪酸塩で、組成式 (Ca,Na)19(Al,Mg,Fe)13(SiO4)10(Si2O7)4(OH,F,O)10 と表される(※IMAリスト
2019-Nov)。式中、第一項のカルシウムは2価の陽イオン、ナトリウムは1価である。置換して3価のアンチモンが入ることもある。第二項のアルミは3価、マグネシウムと鉄とは2価である。アルミニウムの置換で3価の鉄が入ることがあり、ホウ素やベリリウムが入ることもある。マグネシウムや鉄を置換してマンガン、チタン、銅、亜鉛も入る。この項の13ケがすべてアルミのものが合成されている(天然にはない/ふつう10ケくらい)。また最後の第5項の水酸、フッ素は1価の陰イオン、酸素は2価である(※OH,
Fの分析値が不足することがあり、酸素のカタチで電荷補償していると考えられる)。
というわけで、なかなか許容範囲の広い組成を持つ物質群をまとめてベスブ石とする。
組成を単純化するとザクロ石(灰ばん〜灰鉄系: Ca3Al2(SiO4)3〜Ca3Fe3+2(SiO4)3)のそれに近づく(※灰ばんザクロ石には水和性・水酸性のものもある cf. No.498)。実際、ザクロ石と共存することが多く、特徴的な自形結晶を見せないときは区別が困難である。ほかに透輝石、珪灰石、緑れん石、灰れん石、柱石などと共存する。
正方晶系の結晶構造を持つ。擬似的に四角柱状の自形結晶を示すが、角は面取りしたように細い結晶面が見えている。丈の低い錐面を持ち、ふつう先端に頭面が出ている(出ずに尖頭形をとることもある)。ときにジルコンの結晶形に似る。短柱状〜長柱状、繊維状〜細柱状、錐面の大きいもの〜あまり発達しないもの等々、基本は一つでもバリエーションは広い。硬度 6.5。比重3.3〜3.4。ガラス光沢で脆い。
さまざまな名で呼ばれる亜種が報告されてきた。いくつか示すと、
・クサンタイト Xanthite
は黄色〜茶黄色の結晶(黄色に因む)。ニューヨーク州やカナダに産する。
・ローレライト Laurelite
はカナダ、ローレル産の黄色粒状〜緑がかった金色結晶。
・ヘテロメライト Heteromerite
はベスビオ火山に見つかり、当初はベスブ石と別の共存鉱物と考えられていた。
・エゲラン Egeran
はボヘミアのエゲル(シェブ)産の赤茶色、宝石質のもの(ウェルナーが記載
1817/ ウェルナーはベスブ石の命名者 1795)。
・フルゴルダイト Frugårdite
はフィンランドのフルゴード産でマンガンを含む(ノルデンショルドが記載
1820)。
・イェクマイト Gökumite はスウェーデンのイェクム産、緑色でマンガンを含む(トムソンが記載
1828)。ロボ石、ガーン石と同じ。
・ロボ石 Loboite は発見者のロボ・ダ・シルヴェイラに因む。(ベルセリウス
1815)
・ガーン石 Gahnite
は上記シルヴィエラが 1810年に先行して付けた名。スウェーデンの化学者ガーンに因むが、すでに別の鉱物に同じ名があった(1807)。
・デュパルクアイト Duparcite はスイスの研究者 L.デュパルクに因む。
・ジュネヴァイト Genevite はスイスのジュネーブに産したもの。
・チタンベスブ石 Titanvesuvianite
はチタンを含む赤茶色のもの。
・クロムベスブ石 Chrome-vesuvianite
はクロムを含んだエメラルド緑色のもの。エカテリンブルクに近いクルチェフスコエ鉱山産が知られる。
・シプリン Cyprine
は銅を含む空色〜緑青色のもの。ノルウェー、キルギス、タンザニア、フランクリン鉱山など。亜種名として長く親しまれてきたが、2015年に南ア産が同名の独立種として記載された。 cf.
No.888 シプリン
・マンガンベスブ石 Manganvesuvianite
はマンガンを含む赤茶色のもの。南ア産が 2000年に新種として承認された(Ca19Mn3+Al10Mg2(SiO4)10(Si2O7)4O(OH)9:
マンガンは3価)。
・ビリュイ石 Viluite
はロシア、ヤクーティアのビリュイ川に産し、ホウ素を1%程度含んで光学2軸性のもの。
・ビリュイ・エメラルド Viluian emerald
はビリュイ川流域産の緑色宝石質のもの。
・灰ばんザクロ石と緻密に混合した塊状のものはベスビアナイト・ジェードと呼ばれ、各地に産する。カリフォルニア産のこの種のジェードをカリフォルナイト
Californite と呼ぶ。
種名定義だけが鉱物の分類方法ではない。
標本の紹介。
1番目。ロシア、アスベスト産。その名の通りアスベスト(石綿)の大産地で、世界最大の鉱床と言われ、鉱物学的特徴はカナダ、ケベック州のアスベストに酷似する。石綿類、灰ばんザクロ石(グロッシュラー)、透輝石、クリノクロア等と共存。この標本はベスブ石が薄い脈状になって母岩に挟まっており、自形結晶は細柱状。
2番目。ペルー産。10年ほど前に出回った時期があった美しい草緑色の標本。黄色がかったり、茶色がかったりした部分があるが、いずれもベスブ石らしい色あい。結晶形はやや扁平で板状にも見える。ベスブ石には珍しい形で、ホリ標本リスト No.136 (2009-1)には、「本来の特徴がどこにも現れていないので」、肉眼でベスブ石と断定するのは難しいと指摘されている。
3番目。シエラ・デ・クルス(十字架の地)は、巨大なベスブ石やグロッシュラーの結晶産地として有名で(cf.
No.248)、90年代にはラズベリー色の美麗グロッシュラーを多産して一世を風靡した。同じ接触変成スカルンから、この辛子色のベスブ石が出たという。文献に短波紫外線で淡橙色に蛍光するとあるが、この標本は光らない。
4番目。上述のビリュイ石と呼ばれるもの。光学2軸性とされるが、あまり透明感がないので、薄片にしないと分からないと思う。市場でよく見かける。ベスブ石の結晶形が整っており、グロッシュラーを伴っているところが好印象。1790年、鉱物学者エリク・ラクスマンが発見した。蛇紋岩帯の白色岩石中に両頭付の結晶が含まれるという。
5番目。甲武信(こぶし)産。藤原「日本の鉱物」(1994)に「ベスブ石は石灰岩の接触帯に普通に産出する」とあり、3つの産地が紹介されているが、甲武信の名はない。堀「楽しい図鑑」(1992)は秩父産の標本を紹介し、その他の産地に甲武信を挙げている。このヘンは好みが分かれるのだろう。
戦国時代からザクロ石に混じる金を目当てにスカルンを掘ったという古い歴史の鉱山で、各種スカルン鉱物の「日本離れした」結晶が見つかることで人気の産地。以前テレビ番組で、堀博士が女優さんを連れて水晶掘りに来てたのが、ここだったと記憶している。口説き文句めいた言葉を連発して甘えてみせる女優さんに、どう反応していいやら分からないふうの博士の表情が印象に残る。
鉱物蒐集男は「女の人には完全に申し訳ない生き物」だったりするが、なかにはそうでない人もあるのかもしれない。
補記:「鉱物採集の旅 九州南部編」(1977)は、日本では大分県藤河内(木浦犬流れ)のものが(明治期に)もっとも有名だったが、あまりにも不便な土地柄のため昭和に入ってしだいに忘れられがちになった、と書いている。(後に林道がついて便利になった。)