861.コキンボ石 Coquimbite (ペルー産)

 

 

Coquimbite コキンボ石

コキンボ石(藤色)、 アルノーゲン(コキンボ石上の白色殻) 
−ペルー、アヤクチョ、ハビエル鉱山産

 

世界でもっとも乾燥した土地といわれるアタカマ地方についてはこれまで随所に触れてきたが(No.95, No.129, No.158, No.577)、南アメリカ大陸の西岸に沿って、現在のチリのアリカからコピアポまで南北およそ1,000キロの長さに亘ってアンデス山脈の麓の緩傾斜面に形成された砂礫質の砂漠帯である。
1530年代にこの地方を通過したコンキスタドールたち(スペイン人征服者)は、何も目ぼしいものを見出せず「失望の地」と嘯いたのだったが、実は銀、銅、ホウ砂チリ硝石など、鉱産資源の宝庫であった。

時には数年間一滴の雨も降らないこの砂漠は、薄い塩の皮殻で覆われた土地が随所に見られる。成分はほぼ岩塩であるが、所々に他の塩類が濃集した箇所ないし層が生じている。高濃度のチリ硝石(硝酸ナトリウム)を含む塩の「島」はカリーチェと呼ばれて(補記1)、19世紀から20世紀前半にかけて盛んに採掘された。
1809年、北部のタラパカ地方に大規模な鉱床が発見され、当時、独立の気運が高まった南米の火薬需要を背景に硝石産業が興ったのである。独立したペルーは、戦争が終わって 1830年になるとチリ硝石をイキケ港から海外に輸出することを許可した。そして多量の火薬原料を必要としていたヨーロッパがよい市場となった。(cf. 硝石とチリ硝石について

コキンボ石やコピアポ石は、この時期(1833年)にアタカマの塩原地帯で採集された鉱石標本から、ベルリン大学の鉱物学・分析化学者ハインリッヒ・ローゼが報告した種である。彼は、チリのコキンボ地方からメイエン博士が持ち帰った塩類に強い関心を抱いた。風変りな産状の、酸化鉄を含む塩であった。
母岩は緑色を帯びた長石のような粒状の岩石で、吹管の焔に溶けた。微粒の花崗岩を伴っていた。メイエン博士によると塩類はこの種の母岩中に大きな島をなして堆積するという。その成分はおそらく硫化鉄鉱(パイライト)の風化によって供給されたもので、あたりには巨大な鉄鉱床が存在すると推測された。島の周辺部は黄褐色の酸化鉄で縁どられ、硫酸を含んでいた。あちこちに塩の露頭があるこの土地は、その色のためティエラ・アマリジャ Tierra amarilla (黄色の地)と呼ばれた。標本はおよそ 7mの深さに掘られた縦坑から採集されたという。

ローゼが分析の結果、「結晶水を伴う酸化鉄の中性硫酸塩」と呼んだ両錐・頭面付六角柱状結晶は、白色を基調としアメシストのような淡い紫色の条線が見られた。1841年、ブライトハウプトはこれにコキンボ石の名を与えた。また「結晶水を伴う酸化鉄の塩基性硫酸塩」と呼んだ黄色の塩は、1845年にハイジンガーがコピアポ石と名づけた。

コキンボ石は組成 Fe3+2(SO4)3・9H2O、3価鉄イオン(第二鉄)の硫酸塩で9水和物。鉄の一部はたいていアルミニウムで置換されており、これを考慮すると Fe3+2-xAlx(SO4)3・9H2O, x ~0.5 と書ける。同質異像の相が知られ、パラコキンボ石と呼ばれる。原産は同じチリのティエラ・アマリジャで 1935年に記載された。
水和状態の異なる複数の天然鉱物があり、6水和物はローセン石 Lausenite (1928年)、7水和物はコルネル石(コーネル石) Kornelite (1888年)、11水和物はケンステット石(クェンシュテット石)Quenstedtite (1889年)と呼ばれる。実験室では2水和物から12水和物までさまざまな物質が合成されている。 水和の程度は生成環境によって変わるが、生成後の風化によって変化することもありうる。ほかのさまざまな鉄の硫酸塩鉱物と共産する(コピアポ石のほかにボルタ石、レーマー石、ゾモルノク石等々…)。

希産種だが乾燥気候地域の硫化鉄鉱床の風化帯に普通に見られ、また火山の噴気が盛んな場所にも見られる。鉱山の坑内で、ある温度条件が満たされた箇所に生じていることもある。冷水や酸に溶ける。水に溶かしたものを加熱すると、3価鉄イオンの含水物(水和物や水酸化物)の沈殿を生じる。

2004年の火星着陸探査で地表に鉄ミョウバン石や針鉄鉱が確認され、かつて水が存在していた証拠として話題になった時、コキンボ石やボトリオゲン、コルネル石、そして鉄ミョウバン石を真空・高温環境に曝して(つまり火星の環境を模擬して)変質が起こるかどうかを調べた研究がある(補記3)。予想通り安定していたのは水和性でなく水酸基の形で水分を保持する鉄ミョウバン石だけで、ほかの水和性の鉄硫酸塩はいずれも温度 50℃を超えるあたりから脱水が始まり、100-200℃程度で分解変質した。もっとも低温から変化が始まったのはコキンボ石だった。アモルファス化したコキンボ石を再び常温加湿環境に置くと、再結晶してコルネル石とコピアポ石とを生じた。

コキンボ石の標本は、コピアポ石と同様にチリや米国西部の各地、スペインのリオ・チント産のものが知られるが、近年注目されているのはペルーのアヤクチョにあるハビエル(・オルテガ)鉱山産である。上の画像がそれで、淡紫色の半透明結晶が美しく、世界最良と掛け声がかかっている。
ハビエル鉱山は主に黄銅鉱を、また副産物として閃亜鉛鉱や方鉛鉱を掘る鉱山で、コキンボ石はその酸化帯(二次富鉱帯)に各種の硫酸塩鉱物、アルノーゲン、たんばん、コピアポ石、ハロトリ石、鉄ミョウバン石、クラウス石、レーマー石、また硫黄を伴って産する。よく発達した自形結晶は5cm大に達する。
標本商氏によると、2009年の冬(11-12月)にボナンザがあり、地表から深さ 7mのあたりに厚さ 20cmの硫酸塩鉱物の脈が発見され、少数の鉱夫によって手掘りされたものらしい。翌年のツーソン・ショーやサン・マリオ・ミン・ショーの目玉となった。
私としても大変美しいものと認めるにやぶさかでないが、ただ日本の高温多湿環境で、果たしてどれだけ命脈を保つものか危ぶまれる(いちおうアクリルケースに封じてあり、今のところ元の外観を保っている)。
ちなみにチリのカラマ産と標識された櫻井標本から出た古い品が手元にあるが、これは吸湿してしまって、すでに崩れかけ。酸で痛んだ脱脂綿に、溶けてへばりついている。暑さは仕方がないけれど、湿気対策は心がけたいもの。

補記1:カリチェ、カリシェ caliche: 本来は砂や粘土が石灰分(ラテン語で chalice) によって固化した堆積性の土塊を指すが、アタカマ砂漠ではチリ硝石の鉱床を指す。

補記2:H.ローゼは後に(1846年)、コロンビウム(ニオブ)とタンタルとが別の元素であることを確認したことで知られる。

補記3:火星地表の平均大気圧は地球の 0.75% 程度。有効温度は -56℃だが、夏の日中で25℃前後、冬の極点で -130℃前後とみられて基本的に地球よりかなり寒い。上の実験のように温度50℃を超える環境に晒されるかどうかはよく分からない。もっとも温度については火星内部からの放熱の影響も加わると思われる。

鉱物たちの庭 ホームへ