923.ひすい輝石  Jadeite (グアテマラ産)

 

 

Jadeite Guatemalan

ラベンダー色のひすい(ジェーダイト) −グアテマラ、エル・プログレッソ県産

 

 

グアテマラのジェーダイト産地であるモタグア川流域(モタグア峡谷)は東西に走る幅の広い断層帯の一部で、北側の北米プレートと南側のカリブプレートとが接し、相互に横ずれ運動を起こしている。そしてこれらのプレートに対して、西側からココスプレートが沈み込む。
つまりプレートの沈み込み帯の先方の横ずれ断層帯に位置しており、日本のジェーダイト産地と状況が似ているといえる。(cf. No.921)

モタグア断層の北側はマヤ岩塊(ブロック)と呼ばれる珪長質岩体、南側はチョルティス岩塊と呼ばれる塩基性岩体で、基本の地質はまったく異なっているが、これらに混じって蛇紋岩のメランジェが分布しており、ジェーダイトは蛇紋岩(主にアンチゴライト)に関連して存在している。
北側の蛇紋岩帯は断層に沿って東西に長く伸び、ジェーダイタイト(ひすい輝岩)のほか、ざくろ石アンフィボーライト(角閃岩)、オンファサイト-タラマイト(オンファス輝石-タラマ閃石)、曹長石等を含み、最近は西側地域に斜灰れん石やエクロジャイト等の風化物も報告されている。
ジェーダイトは東西200kmの広い範囲で産出が知られるが、概ね西半分(中流〜上流域)に産地がかたまっている。それぞれの鉱床は精々2-300m幅である。ジェーダイトの生成条件は比較的幅広く、産地によって異なる。グリーンシスト〜ブルーシスト域にまたがる("200-400℃/ <=1,000MPa" 〜"500-600℃/~2,000MPa")。多かれ少なかれ曹長石成分を含む(分解して曹長石化している)。

比べると南側の蛇紋岩帯は今のところモタグア川中流域でのみ知られ、ジェーダイト産地として(少なくとも)3ケ所が報告されているが、相互に10km 程度の狭い範囲に集中する。生成条件は比較的高圧(~2,600MPa)、中温(~470℃)とみられ、ローソン石、エクロジャイトブルーシストなど高圧かつ含水性の環境を示唆する岩類を伴う。
言い換えると、南側のジェーダイトは沈み込み帯のより深い領域で、かつ含水により比較的低温が維持された環境で生成したものと考えられる。ローソン石は含水性の珪酸塩 CaAl2(Si2O7)(OH)2・H2Oで、地底深深部で(周囲より)低温の環境を提供する役割を担うのではないかと推測される。
20世紀半ば以降 90年代半ばまでの主力産地は概ねマンザナル付近にあった。ほかの地域に産地が発見されたのは 1998年秋に中米諸国を襲った超大型ハリケーン、ミッチによる被害が契機という。密林に覆われていた山肌に新たに岩石が露出し、カリザル・グランデの谷はローソン石やエクロジャイト等の砕石片で埋め尽くされた。
地元の「ひすい」ハンターたちが、これらに混ざったジェーダイトを見逃すはずはなかった。そして彼らからの情報を元に地質学者たちが谷に入り込み、地球科学的な構想を大いにかきたてられたのは 21世紀に入る頃だったそうだ(※AMNHの G.E.ハーロウらが訪れたのは2001年)。下にモタグア断層周辺のジェーダイト産地の分布図を示す(※場所がよく分からない産地は省略した)

ハーロウらによると、世界各地のジェーダイトは概ね熱水環境から析出結晶して生成したもので、プレート沈み込み帯で蛇紋岩化したかんらん岩に由来するという。変成作用による成分交代を成因とするケースは少なく、イタリア西部アルプスのモンテ・ヴィーゾはその一例だが(cf.No.911)、ギリシャのシロス島や、ロシア・カーカシアのボールス帯はエクロジャイト・メランジュ中に懐胎されたものである。グアテマラ産も熱水性晶出物と考えられている。

画像の標本は白色地に淡紫色が入った「ラベンダーひすい」。入手したのは 2004年だが、前年末のHM標本解説リスト115号で紹介されたものと同種と思しい(同店で入手)。エル・プログレッソはマンザナルを含みやや西方に広がる県域でモタグア川の南北にまたがるので、どちらで採れたものかは定かでない。ラベンダーひすいは双方で産出する。
ただ解説によると、「X線回折の結果、少量の曹長石をまじえる」とのことであるから、北側産である可能性が高い。北側のジェーダイトは一般に曹長石化(アルビタイゼーション)を特徴とし、南側のものは石英のインクルージョンを特徴とする。(南側のジェーダイトも曹長石混じりのものがあるそうだが)
ちなみにハーロウらによれば、北のサルタン産と南のラ・エンセナーダ産のラベンダーひすいとはグアテマラ産の中でもジェーダイトの純度が高く、もっとも鉄分に乏しいタイプである。後者はオンファス輝石やパンペリー石、ローソン石と共存する。

解説リストに「ラベンダーの部分は透明で、少し硬度が低くひすい輝石ではない」と指摘があるが、これについては私はそうとも限らないと思っている。というより、どうやって硬度を評価したのだろうか。
標本は淡紫部が比較的粗粒で透明度が高く、明瞭なへき開面が観察出来る。やや脆い。一方、白色箇所はより微粒で透明度が低い。単結晶あるいは結晶面(〜へき開面)は判然としない。同じ条件で硬度を計測するのはかなり困難なように思われる。
堀博士の「楽しい鉱物学」は教えている。「もろい鉱物や割れやすい鉱物は、実際よりも硬度を低くまちがえることがあるし、微少な粒子が集まった多結晶集合体の場合には、一個の結晶の場合より、ずっと硬く感じられる。」(p.20)と。
ついでに言えば、ひすいは「鋼のハンマーを受けつけない」堅さを持つとよく描写されるが、これは微小粒集合体としての緻密さ・欠けにくさを述べているのであり、鉱物としての硬度や結晶の堅さ/脆さとは別のお話である。

cf. C20 グアテマラ産青色ヒスイ彫、 No.922