878.レインボー/アイリス水晶 Rainbow/Iris Quartz (インド産)

 

 

レインボー/アイリス水晶 rainbow/ iris quartz

レインボー/アイリス水晶 rainbow/ iris quartz

レインボー・クオーツ(アナンダライト) 
-インド、マハラシュトラ州(or マディヤプラデシュ州)産
結晶表面よりやや内部の面(z面)に
鏡状の有色反射光が生じていることが分かる。

 

 

ひと口に鉱物趣味と言っても、その世界には多様な立ち位置の(というか愉しみ方をしている)人々がある。私について言えば自称「鉱石(コーセキ)抒情派」。キレイなもの、珍しいモノ、心惹かれるモノ、物語を予感させるモノを、少しばかりの雑学/ナンチャッテ鉱物学を交えて楽しむヒトである。No.552 に書いた通り、「パワーストーン」志向はちょっと苦手だが、鉱物市場を今日在らしめたパワー源として認めることは必ずしもヤブサカでない。
実際、ラリマーチャロアイトスギライトといった石の標本は(なにしろ3大ヒーリングストーンである)、パワーストーン派(派というより、市場シェアの大方を占めるのかもしれないが)の人々がなければ、コレクションに入ることもなかっただろう。公平に言って、私なぞは彼らのおこぼれを頂戴する身なのである。

またカテドラル、デーヴァ、ダウ、エレスチャルガーデン、イシス、レムリアン、ライトニング、セルフヒールド、ソウルメイト、レコードキーパーといった様々に組分けされる個性的なカタカナ・クオーツが市場を賑わせることもなかっただろう。そして、ここに載せる水晶も、おそらくはその類の一つである。

伝説によると 2006年のことだ。ある日本人旅行者が、インドで虹色の内部反射光(光彩)を放つ水晶クラスターに出逢った。神秘的な美しさに感銘を受けたその人は、ニューエイジ市場向けの秘教霊力グッズとして将来性を悟り、インド人ディーラーからすべての商品を買い取った。そして日本市場に一人のコレクターを見出し、コレクターはすべての品を引き取った。その後2年間、インドのディーラーは手伝いを雇ってせっせと採集に励んでかの旅行者に発送し、すべての品がそっくりかのコレクターの手に渡ったという。それは数トンに及び、コレクターはとうとう「もうこれで十分」と言った。
その後 2009年の夏、余剰の「レインボー水晶」が日本のパワーストーン市場に現れて、センセーションを起こした。ほどなくインドの他のディーラーも扱うようになり、採集量は膨大なものとなった。世界各地に販路が広がった。そしてもちろん我々のような鉱物愛好家の耳目をも引くこととなったのである。

日本はおそらく世界的にも大きなパワーストーン市場である。日本人の心性とストーンパワーとは相性バッチグーなのだ。なにしろ神代の昔から神器の一つに勾玉が数えられている。No.787 に、良質のラリマーはほとんど日本に集まっているのじゃないかと書いたが、レインボー水晶は初期の事情によって上級品が日本に集中したそうだ(早い者勝ちで、後年に採掘された品は概して品質-光彩の程度-が劣るらしい)。

水晶(や方解石、ガーネット、オパール、ムーンストーンなど)の光彩効果は、内部のクラックに因るもの、インクルージョンに因るもの、表面被膜に因るもの、構造的なものなどが知られているが、この虹入り水晶は結晶表面よりやや内部の平行面に鏡状の光彩が現れる傾向があり(ほぼ表面に見られることもあるが弱い)、また6つある錐面で一つおき(z面)に現れやすい(効果の現れる錐面のすぐ隣の面(r面)には現れない)。従って結晶構造的な(組織的な)効果と考えられている。

一般にインド産の鉱物標本は19世紀半ばのボンベイ-プーナ間の綿花鉄道建設を契機にヨーロッパ(イギリス)に知られるようになったが(No.441)、虹入り水晶の最初の標本も 1860年までに得られており、英国自然史博物館の所蔵品に入っている。
インドの物理学者チャンドラセカール・V・ラマン(1888-1970)は、ムンバイ(当時ボンベイ)の宝石商から得たこの種の水晶に魅せられ、特徴を詳細に調べて光彩の原因を考察した論文を書いている(1950年)。ラマンは、右水晶と左水晶のごく薄い(しかしほぼ均一の厚さの)層が双晶(ブラジル式双晶)によって繰り返し重なることで生じる干渉光であり、層数がある程度まで達すると肉眼ではっきり見られるほどの光彩を放つに至ると考えている。ただし実験的な確認はしていない。美しい水晶を破壊するに忍びなかったのである。
ラマンの説は、しかし欧米の標本商さんの間で定説となっているらしく、私は米国の標本商さんから画像とは別の標本を購入したときに論文の写しをもらった。

虹入り水晶の産地はインドのどこかで、マハラシュトラ州かマディヤプラデシュ州にあるとみられている。上述の自然史博物館の所蔵品はオーランガバード産と標識されているが、ここはエローラやアジャンタ石窟群への観光拠点となる町である。
画像の標本はアジャンタ産のラベルがついているが、アジャンタは集散地で(観光土産として鉱物を売る業者が集まっている)、おそらく真の産地ではあるまい。2010年に採集された標本に関してある専門誌はマディヤプラデシュ州ブルハンプール産と報告しているが、日本のショーでお馴染みの A.ペトロフがもっとも確からしい情報と支持している。とはいえやはり「インドだから…」と留保がつく。

「レインボー水晶」(虹色水晶、虹入り水晶)の名でブレイクしたこの石は、その光彩効果に拠って、アイリス・クオーツ、シラー・クオーツ、イリデッセンス・クオーツ、オーロラ・クオーツ、アデュラレッセンス・クオーツなどの別称でも呼ばれる。
またパワーストーン世界では、宣伝の巧みな(アゼツライトで知られる)米国業者による商品名アナンダライト Anandalite の名が広まっている。アナンダはサンスクリット(梵語)で至福を意味する。仏弟子の阿難陀でお馴染み。
最近のパワーストーンの能書きは凄まじく、つねに最上級の力と効能が謳われるのが慣いだ。アナンダライトは手に持つだけでビリビリと力が感じられる石で、人体の最下部と最上部の両方のチャクラに響いて心身を浄化し、クンダリーニを覚醒させる。湧き上がる恍惚感と歓喜に身震いする。「水晶史上最大の発見」だという(じゃあ、アゼツライトはどうなったのよ?)
レインボー水晶はすでに数十トン規模で採掘されていると噂される。それが世界にばら撒かれてスピリチュアリストに影響を与えているのだから、この世はもはや王道楽土と化していなければならない。

cf. No.706 (パワーストーン・ビジネス/鉱石抒情派)

補記:Sir. C.V.ラマンは、溶液中の分子による光散乱効果(ラマン効果)を発見した人物。これは量子論に基づく分子振動理論を実験的に証明するものであった。ラマンは1930年にノーベル物理学賞を受賞した。

補記2:「ブック・オブ・ストーン -石のスピリチュアル事典」(ロバート・シモンズ著 2011年)にアナンダライトが載っているが、どういう水晶を指すのか、その説明ではイマイチよく分からない。ただドルージー・クオーツ(玉髄状・鍾乳状を含む)の一種でインドに産し、「結晶表面から多色の反射光を示すもの(レインボー・アナンダライト)もある」。ということは少なくとも 「レインボー水晶⊂アナンダライト」の集合式が成り立つのだろう。しかしすべてのレインボー水晶がアナンダライトというわけでもない、ということか。

補記3:益富「原色岩石図鑑」(1987)によると、デカン高原は多孔質で沸石を含んだソーレアイト質玄武岩と、かんらん石アルカリ質玄武岩の両種で構成されて、最も厚い部分は 2-3,000mに達するという。エローラやアジャンタの石窟は玄武岩が露出した断崖に彫刻された宗教建築物で、AD 3-13C頃にかけて造られた。
ボンベイ付近では(本源マグマと目される)玄武岩マグマが分化して生じる各種の岩石が見られ、一連の反応系列を教科書的に辿ることが出来るという。

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