927.ひすい輝石 Jadeite (グアテマラ産) |
異なる地域の文化の間に共通項が見出されたとして、互いに文化交流・影響があったかどうかを言うのは難しいことである。逆に(地理的・時間的な理由から)交流がなかったと断言出来るとして、ではなぜ共通項があるかを言うのも難しいことである。
もっとも私なぞは、人間の心はたいてい同じような神的要素で構成されているものだ、の一言で済ませてしまいたい方だが。
播種の時期や場所が違っても、同じ種からは同じ花が咲くというのは一面の真理だが、また環境が違えばまったく同じようには育たないというのも一面の真理であろう。発現確率の低い劣性の特質もある。要するに解釈は現実に合わせた後知恵に止まらざるをえない。
古代の中国世界は(世界の他の地域と同じように)さまざまな動物に自分たちの持つ特定の性格の顕れをみた。一方で自分たちが持ちえない特性を意識して、神獣や怪獣を信仰した。動物と人間の融合した存在(両者が混合した性格)に超越的な理想(神格)をみた。その辺りの消息は以前、ひま話「中国における太陽と鳥の信仰」で述べた。話半ばで続きを書かないまま今に至っているが…。
「巫と怪獣」のモチーフを言えば、怪獣の皮をまとった巫、怪獣の背に乗っている巫の像や絵が残っている。これらは虎や豹といったネコ科の猛獣を想わせる。
メソアメリカにはネコ科のジャガーやピューマをモチーフにした同様の像やレリーフが知られる。オルメカ文化以来の神格である半人半獣の石像や、アステカのジャガー戦士階級(オセロメー)が有名である。太陽信仰のあったマヤ文明ではジャガーは地下世界・夜を司る神であり、西に沈んだ太陽はジャガーに守られて地下を潜って翌朝再び東方から姿を現わすと信じられた。多くの王が「一撃で噛み殺す」殺戮能力を持ったジャガーに由来する名を持った。
中国では西王母の伝説が豹虎に関わっている。玉山あるいは崑崙の丘に穴居する彼女は人面獣身で、ザンバラ髪に虎の歯と豹の尾を持つ。力が強く、大きく吠える。後には美しい仙女の姿で描き直されるが、鬼を鎮め、生死を司る力を持った。「釈名」などの古書に、「歯は始まり」、「子供の歯が落ちて新しく始まるのは寿兆」などとある。尾は終りにくるもので、西王母の歯と尾とは死と再生の循環がネコ科の力を借りてなされることを仄めかしている。
西は太陽の沈む方角で死の世界に(そして死後の永生・来世に)繋がっており、彼女の住む桃源郷には長寿と魔除けの効果を持つ桃があり、また天地に通じ若さと生命力を与える玉があった。白玉が西域から中原にもたらされたのはこの理に適う。
一方、東には東王父が海の向こうの蓬莱の島々に住んだ。
中国では方角に関連する四神獣の信仰が漢代頃から今日の形をとった。すなわち青龍(東)・白虎(西)・朱雀(南)・玄武(北)で、中央(中原)を黄色の麒麟が占めた。西を司る虎は西王母伝説に通じ、白色は死と再生を象徴する色であり、霊験あらたかな玉(ネフライト)の色でもある。
再びメソアメリカに眼を転じれば、羽毛の生えた蛇である龍まがいの太陽神(ガラガラヘビ)があり、戦と死を司る豹神(ジャガーやピューマ)があり、雷を遣う鳥神(ワシやケツアル鳥などのサンダーバード)がある。玄武(亀)はよく分からないが、代わりにワニのモチーフがあるようだ。
超常的な遠見・予知能力を持つ巫師(シャーマン)文化があって、先コロンブス期には高い社会的地位を与えられていた。人はトナールという陰の精霊を魂のうちに持って生まれるが、ナワールと呼ばれる巫師はトナールの力、夢見の力を用いて、さまざまな鳥獣に変身すると考えられていた。カスタネダの著書(呪術師シリーズ)に系譜をみる。変身は神の力の一端でもあり、アステカの主神の一人テスカトリポカ(煙を吐く鏡の意、黒曜石の鏡)は闇と夜空を司り、その変身はジャガーだった。
このように共通した精神文化の古層をもった中華圏とメソアメリカ圏において、玉(ジェード)への愛好が長く続いていたのは面白いことである。(鉱物主義的に見れば、一方の伝統は白ないし青白色の閃石類に軸足をおき、一方は青や緑の輝石類やトルコ石を志向したと分けることが出来るが。)
ギャラリーNo.922〜926、またC20でグアテマラ産のひすい輝石を紹介してきたが、メソアメリカではオルメカ文化から後古典期に至るまで、ジェードに精神的価値を与える文化が存在した。しかしスペイン人による征服を経て、その伝統はすっかり廃れた。
20世紀半ばにモタグア谷にジェード産地が再発見され、旧文化のスタイルを模した土産物や貴石装飾品に加工されて商業的に扱われている。今日の市場規模はけして大きなものでないようだが、一部の高品質ジェーダイトは中華圏にも販路を見出している。(cf.
C20)
グアテマラ産のジェードにはさまざまな見かけ(色・模様)のものがある。鉱物種は一般にジェーダイト(ひすい輝石)、オンファス輝石、タラマ閃石(ソーダ鉄アルカリ角閃石)ほかアンフィボール類、斜灰れん石、灰ばんザクロ石、ローソン石、フェンジャイト(白雲母類)、パンペリー石、曹長石などを含む。チタン成分を含むことがあり、チタン石も混じる。紫色がかったものはマンガン成分を含むという。ジェーダイト(ヒスイ)として扱われているものでも、必ずしもジェーダイト 100%(あるいはそれに近い率)ではない。粗粒のものが多い。
商業的採集が始まってしばらくは、いわゆる東洋のひすいとは趣きを異にするものが多かった。グアテマラ産にしかない土産物として宣伝されたのは暗い緑色の地に淡色の細粒が斑模様に散った石で、その斑紋から「ジャガー」と愛称される。また那智黒のような「マヤ・ブラック」、これに黄鉄鉱の粒が夜空の星々のように散った「ギャラクティック」ジェードがあった。黒色系のジェードは閃石類を含み、磨くと美しい艶を持つ。
チチェン・イッツァの遺跡から出た東洋の翡翠に似た鮮翠色のものはほとんど産出がないが、「インペリアル・マヤ」と愛称される。最近はいわゆる「モス・イン・スノー」タイプの白地に翠筋の混ざるものも出ている。鉄分を含まない端成分に近いジェーダイトは白色で、グアテマラ産にもこのタイプがある。半透明でぼんやりした光を放つものに「ムーン」(「ルナ」)、「アークティカ」がある。
超巨大台風ハリケーン・ミッチが来襲した1998年以降は、他にもさまざまなタイプのジェードが市場に出ている。
オルメカ文化の遺物に見られる青緑色系の(しばしば白斑を伴う)ジェードは「オルメカ・ブルー」という。やはりオルメカ人が好んだと思しい暗めのクロム翠色の透明度の高いジェードは「インペリアル・オルメカ」と称する。産地はベタ・ベルデ(緑の鉱脈)と通称されるので、この名が用いられることもある。オンファス輝石が主体という。
古典期のマヤには「マヤ・ブルー」と呼ばれる暗空色の顔料があったが(cf.No.924
補記)、この色の透明度の高いジェードを後のベンタナ鉱山社の一団が 2000年に発見した。地元では「シエロ・アズール(空の青)」、「プラスティカ」(樹脂のように透明なので)と呼ぶが、彼らは「ベンタナ・ブルー」の名で誇る。前年彼らが発見したより暗い青(インジゴ青)のものは「ミッドナイト・ブルー」と称する。「プリンセッサ」と呼ばれる半透明暗青色のものもある。
ちなみにベンタナ鉱山社は、ハリケーンの被害でモタグア川南岸の未踏の地に露出したジェーダイト資源を探査・開発するために
2001年に設立された組織である。
淡緑色の「ミント」、淡茶系の「コーヒー」、淡いピンク系、オレンジ系、ラベンダー系などパステル調のものもある。ただピンク色やオレンジ色の部分は灰れん石・斜灰れん石(桃れん石)類、または灰ばんザクロ石であるらしい。これらの色が混ざったタイプを「レインボー」というが、着色部分はジェーダイトにあらずと見るべき。ラベンダー色部はジェーダイトのものと、そうでないものがある様子。
画像はスペイン語に「リラ」、英語に「ライラック」という淡紫色タイプ。「ラベンダー」とどう違うのか…。
軽く淡黄桃色と薄紅色が交ざるので「レインボー」とも呼べるが、上述のようにこの部分はジェーダイトでないと見るのが安全。淡紫色部も濃い部分は透明度が高く質感がジェーダイトらしくない。No.923に「ひすい輝石ではない」とのHM標本解説リストの指摘を紹介したが、この標本ではあてはまりそうに思う。
白色の地に淡青、淡ピンクの交ざるタイプには、分析すると曹長石や斜灰れん石ばかりで、まったくジェーダイト成分を含まないもの(変質の進んだもの)もあるという。
一口にグアテマラひすいといって、なかなかバラエティに富んだ世界が広がっているのである。
補記:台湾の伝承によると、豹はその昔、織女として神様に仕えていた。自分で織った美しい衣服で着飾っていた。ある日、美味しいものが食べたくなって山に出かけて、そのまま道に迷って帰れなくなった。そしてその時着ていた服を着たまま獣になったという。
補記2:古代中国(殷代)にあった太陽信仰については上掲ひま話に書いたが、当時の人は太陽が翌日もちゃんと昇ってくるかどうかを心配する心境にあったらしい。太陽の運行を応援する/人間の生存意義を太陽を精神的に援助することに見い出す心性は、アフリカ、北米にも見出すことが出来る。日本では陽気に浮かれ騒いでみせることで太陽が顔を覗かせることを企てた神話が有名(天の岩戸)。「ほらあなたも出ておいで、楽しいよ。」って感じの応援団。